第11章 交差点に立つ者たち
荒野の中に設営された仮設会議テント。
中には、カルラたち調査チームと、財団代表のレイ・カーヴァー、地理研究所の責任者ガルシア博士が対峙していた。
「君たちが発見した“無限六芒星”の位置データ、我々としても正式に保護リストへ登録を進めたい」
ガルシア博士が言った。
「その“保護”って、誰のためのものなんですか?」
カルラはまっすぐ彼を見た。
博士は言葉を詰まらせた。
代わりに、財団のカーヴァーが前に出る。
「我々の提案はこうだ。
この地点の三次元地形データおよび文化伝承情報をNFT化し、世界中の出資者に分散所有してもらう。
現地保存・観光インフラ・教育事業にも再投資される」
「それって、“私たちが歩いた線”も、所有の対象になるんですか?」
イサベルが言った。
「もちろん、現地の協力があってこそ。
ですが、“線”は情報です。
情報には、価値がある。
価値があるものには、資本の論理が必要になる」
ルーカスが、静かに立ち上がった。
「……僕たちは、“価値があるから歩いた”んじゃない。
歩いたから、“意味が生まれた”んです」
「感情では星図は守れない」
博士が言い返す。
「科学と法律のフレームの中でしか、文化は残らないんですよ」
そのとき、AI《ORBIS》が発言した。
《提案モード起動。
既存データベース・文化保全・発見者権利の三要素を踏まえた新分類:
“交差型共有地図(Cross Resonance Map)”を提示します》
全員の視線が、ホログラムに集まった。
《本星図は、
・科学的観測線
・人間の歩行軌跡
・神話的記憶語彙
を並列記録し、相互に否定しない構造で保持されます。
分類タグ・再生順・重ね合わせ表示が可能です》
カルラが、そっとつぶやいた。
「誰かの星図を消さずに、
“わたしたちの星図”として残す……ってこと?」
ユウタがゆっくりうなずく。
「線を奪い合うんじゃなくて、
線を“重ねる”という選択肢」
ナイラ(語り部)から預かった星皿の六角が、そっと彼女のポケットで震えた気がした。
「線は、交差するとき、意味を持つ」
その言葉に、博士もカーヴァーも黙った。
だがその沈黙には、否定よりも“考え始めた気配”が宿っていた。
その夜、カルラたちは星空の下で再び円を描くように集まった。
まだ星図は完成していない。
でも、今はもう“奪われること”を恐れていなかった。
なぜなら、彼らは自分たちの線を、
歩き、語り、そして誰かと交差させる覚悟を手に入れたのだから。
第2巻・第11章 用語解説
◆ 交差型共有地図(こうさがたきょうゆうちず/Cross Resonance Map)
AI《ORBIS》が提案した、星図の新しい分類・保存・共有方式。
科学データ・人間の歩行軌跡・神話的記憶という異なる情報ソースを並列に扱い、相互に否定せず重ねて記録・再生する構造をもつ。
◆ 科学的観測線(かがくてきかんそくせん)
ORBISがドローン、衛星、LiDARなどを通して取得した、物理的・幾何学的に“最も正確とされる”地図線情報。
測量・解析・反射率・地磁気・赤外線などに基づいている。
◆ 人間の歩行軌跡(にんげんのほこうきせき)
カルラたちが現地を移動・探索・迷走した身体の軌跡とその中に含まれる経験・感情・選択の集積。
科学的には非効率でも、“物語としての意味”を帯びる。
◆ 神話的記憶語彙(しんわてききおくごい)
ナイラ(語り部)やルーカスが集めた、先住民の語り・歌・口伝などに含まれる文化的文脈や象徴的意味を持つ語彙・概念の集合。
数値では表せないが、“どの線に魂があるか”を語る手がかりになる。
◆ 重ね合わせ表示(かさねあわせひょうじ)
交差型共有地図の機能のひとつで、上記の3つのラインを色・音・振動・層構造などを用いて同時に視覚化・切替表示できるシステム。
閲覧者は、科学・感情・記憶を自在に組み合わせて“自分の星図の読み方”を構築できる。
◆ 意味の交差点(いみのこうさてん)
AIが三重構造を再統合する中で発見される、異なる記録ラインが重なり合う地点。
単なる位置情報ではなく、“この線には物語がある”という感覚的共鳴が発生する場所。
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