第10章 星図の断片は語る
避難した山陰の拠点は、砂嵐の轟音からは守られていた。
だが、仲間たちの間には、言葉にならない沈黙が流れていた。
ユウタは焚き火のそばで、《ORBIS》のデータバックアップをチェックしていた。
レンズ越しに浮かび上がるのは、ぶつ切りの軌跡、途中で切れた断面図、座標の欠損。
「……壊れた、ってこと?」
カルラがそっと聞いた。
「壊れてはない。
でも、もう“ひとつの星図”としては出力できない。
断片ばっかりで、意味にならない。
地図にはならないよ、これじゃ」
そのとき、《ORBIS》が低く、駆動音を鳴らした。
《補助解析モード起動。記録断片を“語りの順”に再構成中。
パラメータ:Narrative Index(ナラティブ・インデックス)優先》
「ナラティブ・インデックス?」
ミーナがリモートから食いついた。
「それって、“論理的な正確さ”じゃなくて、
“誰がどの順番で体験したか”を軸に、再構成するアルゴリズム」
「まるで、物語の断片をつなぐみたいに……」
投影された映像は、星図ではなかった。
それは、仲間たちが歩いた小道。
イサベルの風景の中の笑い声。
ルーカスが録音した語り部の声。
ミーナが夜間に検出したノイズパターン。
「これって……“星図の断片”じゃない」
カルラがつぶやく。
「“わたしたち”が、見たもの、聞いたもの、そのままの記録」
その瞬間、ある線が重なった。
地図上では不連続だったふたつのラインが、語り部の声と、音の化石の振動データを通じて、ゆるやかに結び合った。
《共鳴発生。意味軸再構成中。
補助語彙:「空白を埋めるのは、記憶です」》
誰も言葉を返せなかった。
だが、その空白の中に、“答えのような静けさ”があった。
「地図に描かれていなくても、
たしかに、そこに線があった。
誰かが歩いた線。
誰かが忘れたくなかった線」
カルラの言葉に、ORBISが応答した。
《保存完了。
ファイル名:VoiceTrace_00α
識別ラベル:未定義線(Unmapped Line)》
チームの間に、再び静かな視線が交わる。
それぞれの断片は、まだバラバラだ。
でも、語り直すことで“つながり”になる――そんな確信が生まれ始めていた。
その夜、カルラは小さくメモを残した。
“私たちが地図にできなかった線は、
きっと、誰かが未来で“語る線”になる”
第2巻・第10章 用語解説
◆ ナラティブ・インデックス(Narrative Index)
AI《ORBIS》の補助解析モードのひとつ。
論理的な正確性や幾何構造ではなく、使用者の“体験の順序”や“感情的流れ”に基づいて記録を再構成するアルゴリズム。
◆ 星図の断片(せいずのだんぺん)
砂嵐や信号障害などによって《ORBIS》のメイン星図データが欠損し、不完全で連続性のない小規模データ片として残された記録群。
本来の座標軸や幾何構造とは異なるが、それぞれが「誰かの経験に結びついた線」である点に意味がある。
◆ VoiceTrace(ボイストレース)
《ORBIS》が命名した、記録の再分類ファイル名。
“誰かの語り・声・体験に由来する線”としての記録を指す新しいデータカテゴリ。
◆ 未定義線(みていぎせん/Unmapped Line)
既存の星図構造や座標パターンには含まれない、“だれかが歩いたけれど記録されていない”線。
ミスやノイズではなく、「物語を語るために必要な線」として、初めて価値を持ち始める。
◆ 意味軸再構成(いみじくさいこうせい)
ナラティブ・インデックスにより、《ORBIS》が数値や図形に代わって“意味”や“共鳴”を基準に星図を再構成する処理プロセス。
その結果、“語り”によって点と点がつながり、“空白”が文脈として機能するようになる。
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