第4話 静かな日曜日

日曜の朝は、仕事のある日よりも早く目が覚める。


6時を少し過ぎた頃、遼はいつものようにカーテンを開けて、リビングに降りる。モカが窓際で丸まっていて、こちらをちらりと見ると、また眠るように目を閉じた。ラテの姿は見えない。どこかの椅子の下か、寝室の隅か。日曜の朝は、ねこたちもいつもより静かだ。


コーヒーを淹れ、新聞アプリを開く。興味のある記事は特にないが、指は画面を滑らせていく。画面の明かりが手のひらに反射して、リビングの空気をわずかに照らしている。


キッチンからは、ごくかすかな水音。妻が目を覚ましたようだった。


「おはよう」


「……おはよう」


そのやりとりだけで、しばらくの沈黙が続いた。悪い空気ではない。ただ、特別なことがない朝の、会話の隙間。


ふたりは朝食の準備を手分けして、トーストと目玉焼きとサラダを並べる。言葉はあまり交わさない。それでも、何をどうするかは、もう互いにわかっている。


「今日は何か予定ある?」


「ううん、特にないよ。あなたは?」


「俺も、特には」


「買い物、行っとく?日用品とか、食品とか。冷蔵庫、けっこう空いてるし」


「ああ、いいね。午前中に行っちゃおうか」


「うん。人が多くなる前に済ませたいし」


朝食を終えると、遼はモカを抱き上げて、ベランダに出る。ベランダ越しに見える近所の家々、その屋根の上で羽を休めている鳩。静かで、風だけが動いている。


モカは少しのあいだだけ外の匂いを嗅いで、また眠たそうに目を細めた。


遼は思う。この日常は、きっと悪くない。

何も起きないことが、時にはありがたいことでもある。


けれど心のどこかで、何かが足りていない気がするのもまた事実だった。


静かな日曜。ねこと、妻と、自分。

その並びに、ふと誰かの気配が混ざるような錯覚。


例えば、ふとした瞬間に思い浮かぶ誰か。職場で交わした視線、短い会話。何でもない記憶のはずなのに、それが日常に差し込む光のように、あるいは影のように、思考に溶け込んでくることがある。


気のせいだと、自分に言い聞かせてリビングに戻った。

ソファに腰を下ろすと、ラテがどこからともなく現れて、妻の足元に身体を預ける。


そういう役割分担も、もうすっかり馴染んでいる。


午前10時を過ぎた頃、ふたりは連れ立って近くのショッピングモールへ出かけた。


エコバッグを持って、まずは日用品売り場を回る。洗剤、ティッシュ、キッチン用品。


「この詰め替え用、前よりちょっと安くなってる」


「じゃあ、2つ買っとこうか」


食品売り場では、週末用のまとめ買い。冷凍うどん、ヨーグルト、野菜。妻は手際よくカゴに入れていき、遼はその後ろを歩く。


「このあいだ買ったおつまみ、美味しかった?」


「うん、あれは当たりだった」


「また買っておくね」


そんなやり取りが、静かに続いていく。


レジを済ませ、駐車場までの帰り道。買い物袋の重みが、手にじんわり伝わる。


「こういうのも、けっこう好きだな」


遼がぽつりとつぶやくと、妻は少し驚いたような顔をしてから、ふっと笑った。


「珍しいね。そう言うの」


「たまにはね」


日常は、変わらないことの中にこそ、何かが宿っている。

そう思いながら、車に荷物を積んだ。


帰宅後、昼食を簡単に済ませ、午後はそれぞれが静かに過ごす時間。妻は録画していたドラマを観ていて、遼はリビングの隅で読みかけの本を開いていた。


午後の光が、カーテン越しに柔らかく部屋を照らしている。


何も起きない日曜。けれど、その静けさの中に、何かがじっと横たわっている気がした。

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