第2話
「雨で濡れてるから乾かさないと……、よければ家に寄ってく? あっ、別に変な意味じゃなくて、妹もいるから大丈夫だよ」
何を言ってるのか自分さえ分からなかった。ただ、ピンクのブラジャーが完全に透けていたから、このまま帰すわけには行かないと思ったのだ。
「お邪魔じゃないかな!?」
唯は躊躇して、いま来た道を帰ろうとする。返すわけには行かない。流石に鈍感な俺でも唯がさっき言ってくれた意味は分かる。俺はなけなしの勇気を振り絞り、唯の手を握った。ここで帰したら、男じゃない。
俺たちは無言でマンションのエレベーターに乗り込み五階のボタンを押した。
「大丈夫だよ! 変なことしないからね。さっきも言ったけど、妹がいるから……」
「わたし、さっき言ったこと嘘じゃないからね。……和馬くんが嫌じゃなかったらだけど……」
唯はそう言うと真っ赤になって俯いてしまった。俺はあまりの急展開に何が起こってるのかさえ分からない。とりあえず、制服を乾かさないとダメだし、身体を温めないと風邪を引いてしまう。
唯を帰すにしても俺の家から唯の家まで歩かないとならない。歓楽街を透けたブラウスのまま歩かせるなんて出来るはずがない。
エレベーターが五階で止まり、俺はどうぞと唯の肩に軽く触れて先に降りてもらう。そして、俺はその後ろを歩いた。心臓が割れそうなくらいドクドクと鳴り響き、部屋まで数メートルの距離なのに、相当な距離を歩いているような気がした。いつもは明るく話しかけてくるお隣の叔母さんに、その時だけは絶対に会いたくないと思った。
鍵を差し込み扉を開け、唯の肩をそっと押してあげる。とりあえず、濡れたままじゃダメだ。
「ちょっと待っていて、妹呼んでくるからね」
流石に俺の服を貸すわけには行かない。俺は玄関先で唯を待たせたまま、妹の瑠璃の部屋を開けた。
「ちょっと、なぜ勝手に入ってくるのよ!」
妹は部屋着でベッドに横になりながら、お気に入りの猫のYouTube動画を見ていた。
「そんなことより、ちょっと助けて欲しいんだよ」
「助けて……欲しい!?」
キョトンとした表情で、びしょ濡れの俺をじっと見つめる。
「ちょっと! 雨に濡れてるなら、着替えてから入って来てよ!」
「ごめん、後で拭くからさ。それよりも玄関に来てよ!」
俺は不審な顔をしている瑠璃の手を引いた。
「ちょっと! なにするのよ!」
「わたしは大丈夫ですから、あの迷惑だと思うので、帰りますね」
「はあ!?」
玄関からの唯の声と、俺を不審者のような目で見る瑠璃の声が重なった。玄関扉の開く音を聞いた俺は慌てて呼び止めようと玄関に向かった。
「大丈夫! 迷惑じゃないからさ。相澤さんが雨に濡れたの俺のせいだしさ」
「ちょっと、これはどう言うことなのかな!?」
「話は後だよ! その前に相澤さんをシャワーまで案内してあげて、それと制服濡れてるから、着替え用意してあげてよ」
俺の言葉に瑠璃は唯の濡れた姿を見て風呂場に連れて行ってくれた。
「ごめんね。兄貴が何かとんでもないことしたようで……。もしセクハラまがいの事をされたなら、わたしに言ってね。ちゃんと警察に突き出すからね。慰謝料も必要なら言ってね」
「違う、違うんだよ。むしろ、わたしが悪いくらいで……」
「事情は後で兄貴に聞くわ。風邪引くといけないから、とりあえずシャワー浴びてね。服はわたしの少し小さいかもしれないけど、用意するね。洗って乾燥するまで少しかかるから、ごめんだけど、ちょっと待ってね」
瑠璃は唯を風呂に入れると、暫くして着替えている俺のところにやって来た。
「で、どういう事なの!? あの娘、学園一有名な、相澤唯さんだよね」
その目は不審者を見るような目で全く笑っていなかった。ここまで冷たい瑠璃の目を見たのは初めてだ。俺は慌ててこれまでの経緯を説明した。流石に唯が話したおっぱい揉んだら、つき合えるのくだりは絶対に聞かれたくないと思ったので、追いかけて来たところまでしか言わなかったが……。
「本当かなあ!? だって、あの唯さんだよ! 天使様とか女神様とか呼ばれてる唯さんだよ。一年の中でも唯さん目当てに告白して断られた男子生徒が何人もいるんだよ。なぜ、兄貴が好かれてるの!?」
「俺のこと好きかはこの際置いておいてだな。とりあえず今日あったことはそれだけだ」
「うーん、分からないなあ。少なくとも兄貴の説明からすれば、嫌われてない。いや、むしろ好きの可能性が高いと言うか。そもそも、好きでもないのに、追いかけたりしないよね」
「それは分からないけど、ただあの姿で家に返す訳には行かなかった」
「まあ、そりゃそうだよね。もし、そんなことしたら兄貴のこと一生軽蔑する」
瑠璃は俺にそう言うと自分の部屋に戻って、いそいそと自分の部屋着を持って風呂場で声をかけていた。
「相澤さん、湯加減大丈夫!? 熱くない?」
「ありがとう。大丈夫だよ。それと本当に迷惑かけてごめんなさい。妹さんがいるのに家まで着いて来て……」
「ああ、いいのいいの。うち、わたしと兄貴だけだからね」
「えっ、そうなの!? えと、ごめんなさい」
「ああ違う違う! 父親も母親もピンピンしてるよ。ただね、わたしも兄貴も田舎の中学でね。兄貴、東京行くって言うから、じゃあ、わたしも行くってね。兄貴だけしかいなかった一年前はここ相当酷かったんだよ」
なんか、風呂場で女子トークが繰り広げられてるが。ただ、瑠璃も少し事情が飲み込めたようで、安心した声で話してるのが分かる。俺は自分の濡れた制服を乾燥機に突っ込み、部屋着に着替えて、唯が風呂から出てくるまで部屋でくつろいでいた。風呂場の女子トークはいまだ続いているようだ。女の子って本当に話すの好きだよな。
今思えばとんでもない一日だったよな。まさか、学年一の美少女から胸を揉んでもいいとお許しをもらえるなんて思わなかった。流石に本当に揉んだら嫌われるだろうがね。そんな風にさっきのことを思い出していると妹の大きな声が聞こえた。
「ねえ、唯ちゃんって、兄貴のどこが好きなの!?」
はあ! その爆弾発言、今するか!!
⭐︎⭐︎⭐︎
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