第42話 魔鶏の親子丼⑤
アリアは大きく口を開けて、最初の一口を放り込んだ。
少しばかり熱かったので、ハフハフしながら肉を噛む。
一口大に切った肉は、出汁汁を良く吸っていて味が染みて美味しかった。
肉に絡んだ卵も濃厚で、存在感が途轍もない。
トロリとした半熟部分と、しっかりと火の通った部分の食感の差が、より味に深みを持たせている。
(はぁ〜…疲れた時の親子丼、とんでもなく心に染みるなぁ…。)
様々な部位の肉を入れたが、アリアはどこの部分も全て美味しく頂けた。
胸肉は強い弾力がありその歯応えが魅力的だし、ササミはあっさりとしていてスッと胃に入ってくるから負担を感じない。
腿肉は脂がしっかりと乗っていて、一口噛む度に中からじゅわりと旨みが溢れ出した。
脂も濃いがくどくなく、さらりとした脂は固まっておらず飲み物のように流れ込んで来るのだ。
この魔鶏が産まれてあまり時間が経っていないという予想は、間違ってはいないのだろうと思う。
この魔鶏は野生種だというのに、その肉は引き締まっている割には柔らかく、それにも関わらず、よくある野生動物の肉のような臭みが一切ないのだ。
「アドル、味の方はどう?
ある意味有り合わせで作ったし、
好みじゃなかったら申し訳ないんだけど…。」
アリアはフッと横を見て、座った目をして黙々と親子丼を口に運ぶアドルファスに尋ねてみる事にした。
あまりにも『無』の状態に見えたので、どういう心境からきた無我の境地なのかが気になってしまったからだ。
やはり直接触れ合っていたわけじゃなかったとは言え、御者と数日過ごしたであろう卵が気になったりしたのだろうか。
今になってやっと少し心配になったアリアである。
「——アリア、これ……。
め…っちゃくちゃ、美味い。
定期的に食べたくなるやつだよ。
これで米が干し飯じゃなくて、炊き立てほかほかの白米だったらと思うと、そこだけが本当に残念でならない…。」
アドルファスがスプーンを握りしめ、この上なく悔しそうに呟いた。
そんなアドルファスに向かってフランクが口を出す。
「いや、これはこれじゃん?
ちっとお粥に近い状態になってっけど、むしろそれが雑炊っぽくて、魔鶏の出汁吸った米が美味い。
俺は風邪ひいた時とかにコレ喰いたい。」
「お前、風邪引いたことあったか?フランク。」
「いや、ねーけども。」
甲斐甲斐しくもヴェロニカの世話をしているフランクが「癒されるなーつう話をしてんの、俺は!」と一人吠えている横で、少しぼんやりしながらも、ヴェロニカもちゃんとスプーンを口へ運んでいるのを見て、アリアはホッと息を吐いた。
薦めれば食べてくれるようだから、少なくとも倒れるような事にはならないだろう。
精神的にも身体的にも疲れ果ててしまっていて、ぼうっとしているように見えるから、今は栄養をたくさん摂って、何も考えず身体を休めて欲しいと思う。
きっとこの後は色々あるに違いなかった。
アドルファスはここまでで判明した事を、自分の連絡鳥を使って報告していたようだったし、「シェイファー侯爵は絶対に逃さん」と言っていた。
今頃はひょっとしたら、身柄の確保に動いている騎士たちが居たりするのかも知れない。
例の書類の在処は未だ分からないが、それを含めてやらなければならない事が山積みになっている。
ハッキリとした事が分かり次第、アドルファスたちも激務となるのは予想がついた。
これまでの詳しい経緯はアリアには分からない。
アドルファスも、ある程度終わるまでは口に出すことはないだろう。
これは機密情報にあたるだろうと思うので。
相手は大物の高位貴族家当主である。
恐らくは様々な犯罪行為に手を染めていて、関係者だってとんでもない人数になるに違いなかった。
それを一つ一つ調査するだけでも、大変な事だろうというのは理解できる。
アリアにも、何か協力できる事があれば良いのだが。
ブレインは未だに口を割らないのだという。
あれだけ長期間、地下牢に捕まっていて、その上賊たちからの拷問にも耐え抜いた男だ。
あれで案外暴力に屈する事のない根性と、自分の状況を冷静に判断する頭があるようだった。
書類の在処を吐いた時点で口封じされるのがわかって居れば、自身の命が掛かっているのに話す愚は犯さないという事なんだろう。
そんな相手の口を割らせるのは並大抵のものじゃないと思うのだ。
付き合っていたヴェロニカに対しての態度から見ても、ブレイン自身が親しく大切だと感じている人間はいないんじゃないかと思う程だし、懐柔するのは難しそうだ。
ならばここは、魔導師らしく強制するというのはどうだろうか。
そう考えてみるものの、今のところ語らせたい文章を強制的に語らせることは可能だが、それは操って術者が考えたセリフを言わせているだけであって、その人間の頭の中にある情報を語らせているわけではないのだ。
脳内の情報をそのまま抜き出す魔術というものは存在しない。
自白させる魔術など、あったとしても禁呪に当たるのは間違いないが。
一度、考えてみても良いかもな、とアリアは思う。
アドルファスはそうした職務を与えられている部署の騎士隊だそうだから、その魔術はきっと役にたつ。
図らずともアリアは国が認める王宮魔導師というやつである。
ちゃんと上にお伺いを立てて、ひっそり研究するのなら、陛下からは許可が降りそうな気がしなくもない。
国としても便利だろうし、当代陛下は悪人ではなくしっかりしていらっしゃるから、無闇矢鱈に魔術を行使させるようなことはしないだろう。
問題は、そんな難しそうな魔術研究が、平魔導師のアリアに進められるか分からんなということと、今すぐここで使えないことにあるのだが。
アリアはもう一口と、親子丼を頬張った。
色々具材が足りないながら作ったものにしては、かなり上等な味だと思う。
惜しむらくはトッピングに揉み海苔がない事だ。
アドルファスは既に二杯目に突入している。
そうなるだろうと思っていたので、かなり多めに作ったのが功を奏した形である。
抜かりはない、と強く頷くアリアである。
周辺にはどこか懐かしい気持ちにさせる優しい匂いが漂っている。
心の奥から温まるような、家庭的な香りの湯気が立ち昇る。
そんな幸せな空間において、荷馬車の荷台に乗せられたブレインと賊たちには、当然分配などされるはずがなかった。
飢えるような期間ずっと食事を摂っていないなら兎も角、死なないように最低限の食事を摂っていたことは分かっている。
わざわざこれから尋問する人間の分まで作る必要性を感じなかった。
アドルファスが三杯目のおかわりをしようとお玉に手をかけた時、荷馬車の横で食事を摂っていた見張り役の騎士の一人が、アリアとアドルファスに話にきた。
「あー、アリア嬢、ブレイン・クラーク容疑者が、自分にも食わせろつって五月蝿いんだが…。」
どうやら料理中の肉の焼ける匂いや、温かい煮汁の香りがまるで拷問のようで、食べさせてくれるなら書類の場所を喋ってもいいと思ってしまったらしかった。
長くパンと水しか与えられていなかった男は、暴力こそは耐え切ったが、暖かく美味しい食事を前に、その膝を折ったのである。
ご飯とは時に、思わぬ効力を発揮するようであった。
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