N階の夢アパート
松ノ枝
誰かになってる夢
毎日同じ夢を見る。とあるアパートの一室にいる夢を。
僕は最近大学に通うことになった大学生で、新しい環境にまだ慣れないが楽しく過ごしている。
この夢をいつから見ているのか、僕はもう覚えていない。半年前だか、一年前だか、もしかするともっと前かもしれない。それくらい昔から見ている夢だ。
夢はアパートの一室から始まり、アパートの一室で終わる。アパートの外には出たことが無い。
出ようとしたことはある。ベランダや玄関の外から。しかし夢は出る瞬間に終わる。ガラス越しの外は見えるのに手を伸ばせない。これはまるで空の様だと思う。
こんなもどかしい夢を見ることに不思議と恐怖や不安を感じることはなかった。何故なら個人的に面白いことがあるからだ。
この夢、面白いことに夢での姿は僕自身でなく、知らない誰かになっているのだ。毎日同じ夢で知らない誰かの姿、考えればなんとも不思議で怖さすら感じるが普段はそんなことは考えすらしない。
今日もアパートの夢に僕はいる。
幾度となく見て来た知らない誰かの姿で僕は何気なくテレビを付ける。この夢は意識がはっきりしているので、大学のレポートなんかがあるときはここで構想を練っていたりする、僕なりの時間術だ。
番組は当然僕の夢だから僕の知る番組だけだ。たまに知らない情報も流れるが、無意識のうちに覚えた記憶からの情報だろう。つくづく人間の夢は面白いものだなと感じる。
テレビは昼間だからか、そこまでエンターテイメントに富んでいるものは無い。やっているのはニュースと時代劇くらいだ。
付けてはしたが面白くなかったので消すことにした。
僕は気分を変えたくて窓の外を眺める。空は青く、とても澄んでいる。
窓の外からは街並みを俯瞰するように見ることが出来た。マンションやビル群、遠くの山に海も少し顔を覗かせる。
その景色を見て僕はいつもすることがある。
目を瞑り、あの空を思い浮かべる。
体は浮遊し、アパートの外に出る。空中を浮き上がり続け、僕は空に漂う。
しかし僕の浮遊は突然止まる。これの原因は分かっている。ひとえに僕の想像力不足だろう。もっと僕に想像力があるのならあの空を越えて天の川銀河すら越えられるのに。
僕はこの想像を楽しく思い、また悔しく思う。
夢で僕は外に出たことが無いので、この部屋が何階の何番号の一室なのか知らない。壁に耳を当てれば微かに物音がする。この音は部屋の両方向の壁から聞こえるから、僕のいる部屋は角部屋ではない。こんなことが分かっても、だからなんだというところだが。
床も叩けば軽い音がする。下にも部屋はあるらしい。上も同様である。
ここで僕の中に一つ試してみたいことを思いついた。そうして僕は台所に包丁、文房具セットからカッターナイフを持ってくる。部屋の冷蔵庫を動かし、その上に上る。
僕がやりたいこと、それは天井を通ってやろうというものだ。外に出ても夢が覚めるならアパート内を移動するのはどうなのだろう。陳腐な発想だがやってみる価値はある。
気づけば僕の体は僕そのものの姿に戻っていた。しかし依然僕はアパートの中。
「よぉーし、頑張るぞ」
こうして僕、神崎はアパート内で小さな旅を始めた。
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