第1話 お父さんが帰ってくる
1章 雪藤家の日曜日
晴れやかな5月の日曜日。
雪藤家のダイニングでは、姉妹たちが朝食をとっていた。
けれど、誰もがなんとなくそわそわしている。
リビングの仏壇からは、誰かがつけたお線香の香りがただよってくる。
日常だけれど、少し背筋が伸びるような休日だ。
そこに階段をおりてきたのは三女の秋穂(あきほ)。
「おっはよー」
スプーンをくわえたまま、冷蔵庫の中をのぞき込む。
「ねえねえ、昨日の夜、父さんからさ、帰国するってメール来てたよね?」
一番に反応したのは、すでにトーストを頬張っていた四女の花梨(かりん)。
「あったあった!今日帰ってくるんだよね!」
長女の瑠璃(るり)はそれを聞いてもスマホから目を離さず、気のない返事。
「ぬ・か・喜・び」
「以前にもあったやろ?現地の交渉難航で延期ってやつ」
「そうよねえ」
バターを塗りながら、次女の瑞穂(みずほ)がうなずく。
「小さな会社の社長さんなんて立場弱いもんねー。高級家具だってそう売れやしないし」
「あの人は家具オタクやからな。帰国の日程よりええ商品が手に入る方が大事なんやろ」
花梨はがっくりと肩を落として、トーストをみている。
「えー、延期……。あき姉ちゃん、ホントに延期かな?」
リビングには父の直行が以前の出張で買ってきたアンティーク時計がかかっている。
それを見ながら、つぶやく秋穂。
「今が八時半でしょ?今は乗り継ぎのスキマで連絡できるはずなんだけど。延期だったらやだな」
そのとき。
テーブル上のスマホたちが一斉に電子音を鳴らす。
全員が手を伸ばすが、真っ先に反応したのは、手元にスマホを持っていた瑠璃だった。
「お、噂をすればってやつやな」
秋穂もジャムを塗ったパンをくわえたまま画面をのぞき込む。
「きたーっ。予定の便に乗れたって。関空着は十六時!かりん!父さん帰ってくるって!」
「やったー!じゃあ夕ご飯は、みんな揃ってだね!」
父・雪藤直之のヨーロッパ出張は日常の一部だが、今回はかなり長かった。
お父さん大好きな四姉妹にとって、ようやくの帰宅は何よりもうれしいニュースだったのだ。
「お父さんが帰ってくる!」
そう考えるだけで家の中が明るくなる。
不思議なもので、仏壇の遺影ですら違って見えてくる。
2章 仕切り屋さん、瑞穂
早速、仕切り屋の瑞穂が段取りを考えて指示を始める。
「じゃ、分担しようか。午前中は掃除。午後は、私とるり姉さんが空港までお迎えに行く。あきほとかりんは夕ご飯の準備。いいかな?」
「おーけー」「うん」「わかった」
「で、るり姉さんは水回りとリビングの片付けをお願い」
「わかった」
「秋穂はね――」
「あ、私は掃除をするよ。父さんの書斎も私がやっとくから」
「お願いするわ。あの部屋はどうも苦手…」
「かりんは――」
「おふとん干すー!今日はお天気いいもん。ぬいぐるみさんも日光浴させたいし」
「じゃあ、かりんはお布団とお洗濯をよろしくね」
「私はキッチンをするね。油汚れが気になってたから」
なんといっても、お父さんが帰ってくるんだから。
少しくらい背伸びしてでも、綺麗にしないとね!
そう思うと、面倒な家事だって楽しくなってくる。
こうして、いつもよりちょっと賑やかな雪藤家の一日が始まった。
3章 全員でお掃除!
「ジャッ!」
秋穂が書斎のカーテンと窓を開けると、うっすらとたまったほこりがキラキラと舞う。
父、直之の書斎にはウォールナットの本棚、チーク材の机といった高級家具が置かれている。こういった家具の多くは試用として買った品だ。
「使ったこともないモンを売れるわけないやろ」これは彼の口癖だ。
書斎の隣には大きな収納があり、ガラクタにしか見えないようなアイテムが大量に眠っている。
この二部屋は直之の趣味とこだわりの空間だ。
他の姉妹は尻込みするが、秋穂はこの二部屋の空気が好きだ。
意図不明なアイテムたちのほこりを丁寧にはたき、ワックスを付けたウエスで机をふくと、ほのかに脂の匂いがする。
「ほら。あんたたちもきれいになった。これで父さんのお迎えもできるね」
瑠履は水回りの掃除を早々と終え、リビングの仕上げとして仏壇を整えている。
中に女性の遺影がある。50歳ほどだろうか。穏やかに微笑んでいる。
「よしっと。後はお仏壇のお花だけかな。」
その横にある大きなコルクボードを見て、思いだしたように言う」
「そや。写真を新しいのに変えんとな」
ダイニングの向こうのキッチンでは、瑞穂が大苦戦中のようだ。
「レンジフードの油汚れって最悪よね。こんなの取れやしないわよ」
「そらしょーがないわ。料理に油は必要やで」
「じゃあ、油を使わない料理を作ってよ。お姉ちゃん」
「みずほ……、もうちょい料理やろな」
「だってぇ。私が作ったらみんなに迷惑だもん……」
「そんなの場数やって。あ、みずほもリビングのコルクボード更新しとき」
「そうだね。最近いい詩に出会ったから貼っておくね」
4章 お布団担当、花梨
一方、花梨はみんなの布団を集めて回っている。
だが、直之の寝室に入ろうとする様子が変だ。
きょろきょろと見渡し、誰もいないことを何度も確認している。
こっそりと部屋に入ると、ベッドに「ぼふん」と飛び込み枕に顔をうずめる。
「はあー、おとうさんの匂い大好き。うふーん」
なるほど、おとうさんを満喫したかったわけね。
水回りとリビングの片付けを終えた瑠璃は、庭に出て仏壇にお供えする花を切る。
「お母さん、マーガレット好きやったな」
「そうや。夕ご飯に使えそうな野菜もチェックしとこ」
「ぽふん、ぽふん」
庭の家庭菜園に向かう瑠璃の耳に二階でふとんを干す音が聞こえる。
花梨は自室のぬいぐるみもいっしょに干している。
「ふんふんふーん、おふとんはここでいいかな。お部屋のぬいぐるみさんたちも、お日様でほこほこになろうね。あっ、みずほ姉ちゃんの子もね」
「こりゃ今晩は布団ぬくぬくやな」
5章 お迎え班と夕ご飯班
おおむね掃除や片付けも終わり、お昼になった。
そろそろお父さんのお迎え班である瑠履と瑞穂の出発時刻だ。
車に向かいながら瑞穂がルート説明をしているが、ドライバーの瑠璃はまるで身が入っていない。うなずくだけの人形のようだ。
そこにバケツを持った秋穂が通る。瑠璃はこれ幸いとそちらに話を振る。
「あきほ、悪いけど夕ご飯は頼むな。菜園のオクラとピーマンがいけそうやったで」
「おっけー。じゃ、ピーマンの肉詰めにしようか。まっかせて」
「げー。私あれダメなのに」
「みずほって、妙なところでおこちゃまだよな」
二人が車に乗った瞬間、「ぶおん」と急発進する車。
「お姉ちゃん、いきなり何よ!危ないじゃない」
「ごめんねー。踏みすぎちゃった」
「違う違う、右だってば。ガレージ出る時の方向ぐらい覚えてよ」
「いや、そんな怒らんと…」
「こっち見ないでいいから、前見て!前!」
「毎度だけど、みずほ、あれでよく血管切れないよな」
「みずほ姉ちゃん、我慢強いからねー」
お迎え班を見送ると、秋穂と花梨は食材調達のためスーパーに向かう。
その帰り、大量の荷物を持ちながら、秋穂の顔色をうかがう花梨。
「あき姉ちゃん……、まだ元気出せるの?大丈夫?」
「ちょっと疲れたかな。でも大丈夫だよ!」
その返事を聞いて、ちょっと考え込む花梨。
「あき姉ちゃん。私、お手伝いたくさんする!何でも言って」
キッチンにレジ袋を置くと、秋穂はリビングに移動する。
「かりん、私はレシピを確認するから、材料を出して洗いはじめて」
「おっけー」
秋穂は本棚のレシピファイルを開きながらリビングのソファに座る。
「ざー」
キッチンでは花梨が野菜を洗っている。
こころなし涼しくなりはじめた穏やかな午後。
風がそっと秋穂の頬をなでる。
「ふわぁ、さすがに疲れたあ。でも、レシピは確認しとかないと....」
花梨がリビングのソファに近寄ってくる。
「おねえちゃん、水洗い終わったよ。レシピのチェックは終わっ...」
すっかり寝込んでしまっている秋穂をみて、花梨は足音をひそめて棉毛布を持ってきて、そっとかけてあげる。
リビングのアンティークな掛け時計が「かーん、かーん、かーん、かーん」と4時を告げる。
秋穂の手からすべり落ちたレシピファイルを花梨は熱心に見ている。
6章 右?左?それともどっちでもいい?
宝塚の自宅から関空(関西国際空港)までは高速道路をつかえば2時間程度の距離。
自宅を出た瑠璃と瑞穂の二人はまず高速道路の入り口を目指す。
「みずほ、次の交差点を右、やったよね」
「左。さっきも言ったけど、次の交差点は左」
「え、標識は“中国道こっち”って。あ、車線がちがう。右折専用に入ってしもた」
車は料金所を通過して、インターチェンジに入るが、ここでも瑠璃はパニックに陥る。
「あ、道路が二つに分かれてるで!え?どっち?広島?大阪?」
「大阪!大阪!大阪だよ。(なんで関空行くのに広島なのよ!)」
「もう私、関空にたどり着けん気がしてきたよ。帰ってかりんの干してくれたお布団に入りたい」
「だめ!お父さんが待ってるんだから」
7章 果てしなく遠い関空
今日はよく晴れている。自宅から湾岸線を走っていると大阪湾を越して対岸の淡路島までも見えているのが美しい。
だが、車内の二人にはその風景を楽しむ余裕などない。
瑠璃の顔には汗が浮かび、手を震わしている。
「なあ、ものは相談なんやけど」
明らかにヤバそうな弱々しい声に瑞穂は構えている。
「な……なあに?」
「運転かわってくれへん?ハンドル渡すから」
まさかの発言にあわてる瑞穂。
「な、何言ってるの。私、免許ないってば!」
もはや錯乱状態の瑠璃。
「そんなこと言わんと。お願い」
「ちょっと、ハンドルから手を離さないで!泣いてもダメよ!前みて!前!」
「ぐす、みずほが怖いよー」
8章 静かなロビーで
緊張が連続する二時間強のドライブを経て、どうにか関空にたどり着いた二人。
瑞穂は歩きながらも、瑠璃への文句が止まらない。
「ホントにお姉ちゃんて車に乗ってると子供みたいだよね!」
「そうは言うけどな、今日は私ほんまに頑張ったと思うんよ」
到着ロビーに着いたが、平日よりも何となく寂しく冷たく感じる。
エアコンが効きすぎているのもあるのだろうか。
ロビーを見渡すが、直之の姿は見えない。
掲示板を見ると、直之の搭乗便はもう20分も前に到着していることになっている。
唇をかみながら、到着口をにらむ瑞穂。
「…まだかなあ。お父さん」
「もう、とっくに出てきてええ時間やけどな。乗ったんは間違いないんやし」
「でも、同じ便の人はもうみんな出て行っちゃったみたいだよ…」
到着口からはぽつぽつと人が現れ、それぞれの再開を喜び合っている。
が、その中に直之の姿はない。
9章 えがおの帰国
空気が重く感じる中、遠くから台車をガラガラと押す音が聞こえる。
台車には細長い段ボール箱が1つのっている。
満面の笑みでこちらに向かってくる男性。柔和で小柄な中年だが、背筋を伸ばして歩いており、上背があるように見える。
「おーい!みずほ!るり!おつかれさーん!わざわざすまんなー。税関で時間くってなー」
税関で使ったらしい書類が、ふとしたはずみで床にこぼれ落ちる。
書類を拾うのを手伝う瑞穂の目に、古びた小物入れが目に入る。
「お父さん、これは?……」
「こいつは、ずっとワシといっしょなんや」
「それってお母さんが……」
「覚えてたか。」
直之は頭をかきながらも嬉しそうにつぶやく。
「父ちゃん忘れもの多いやろ、母さんがそれを見かねて作ってくれたんや。ワシの一番大事な道具や」
照れ隠しのように直之は瑠璃に声をかける。
「るりもすまんな。車の運転は慣れたか?」
「あはは。そりゃもう、今では一人でも大丈夫やで」
「うそばっかり」
10章 ナイショの段ボール
瑠璃と瑞穂が異口同音に、台車を指差す。
「なにそのデカい箱。なに買ってきたん?」
「で、それはなんなの?」
直之はいたずらっ子のようにニヤリとして、
「ナイショや」
瑠璃と瑞穂は互いに顔を合わせる。
「ま、ええわ。あの書斎におくガラクタが増えるだけやろ。好きにし」
それを聞いた直之はむきになって反論する。
「あ、何ゆーてんねん。お前らが喜ぶと思ってしんどい想いしてでも持って帰って来たんやぞ」
二人の声が完全にハモる。
「だから中身はなんなのよ!」
直之はますますニヤニヤが止まらない。
「そやから……、ナイショや」
顔を見合わせえて苦笑いする瑠璃と瑞穂。
「……ほんま、変わらんわ、この人」
「そこがお父さんなんだけどね」
11章 じゃれつく者、瑞穂
「じゃ、車に持っていこうか。台車は借りられるんだよね」
瑠璃と瑞穂が台車と大きなスーツケースを分担して運ぼうとすると、直之は不満そうに唇をとがらす。
「おーい、おむかえのハグはないんかい。ここはそういうシーンやろ」
あきれ返る二人。
「はいはい。それはみずほ担当ね」
瑠璃は言った瞬間「しまった」と気づいたがもう遅い。
瑞穂の目がキラリと光り、直之の方に走っていき、飛びついて喜ぶ。
「おっかえりなさーい!お父さん!(はーと)」
「お、これやこれ、これがあってこそ我が家に帰ってきた感じがするわ」
瑠璃はギロリと瑞穂をにらみつける。
瑞穂にそれを意に介した様子はない。
父に抱き着きながら、挑発するようにぺろりと舌を出す。
「ちっ。」
三人で駐車場に向かう時も、瑠璃だけはそっぽを向いていた。
12章 あき姉ちゃんは、すごい人
帰宅した秋穂と花梨。キッチンでにぎやかに夕ご飯の準備を………、のはずだったが、キッチンは静かなまま。
リビングでは、秋穂は綿毛布にくるまって寝込んでいる。
え?夕ご飯の準備しなくて間に合うの?
「かーん、かーん、かーん、かーん、かーん」リビングの掛け時計が5時を告げる。
「はー、あ……、寝ちゃったのか。もう始めないとね……。え?え?えーーーーー?ウソ!もうこんな時間?」
みる間に青ざめていく秋穂。
「あき姉ちゃん、起きたのー?」花梨はキッチンから屈託なく声をかける。
秋穂は歯を食いしばるが、ほほを涙がつたう。
「ね…寝込んじゃった。私。ぐす。時間…足りない」
「大丈夫だよ。あき姉ちゃんは、時間をぎゅーって短くする魔法使えるもん。」
それでも、腕で涙をぬぐい、自分を奮い立たせる秋穂。
「うん!泣いたって何も変わらないんだ!かりん!ありがと」
キッチンに乗り込み、周りを見渡しながら、使えそうなツールを探す。
「そうだ、考えろ、考えるんだ!私!」
「るり姉さんのフードプロセッサ使えるな。レンチンも時短に使おう」
その時、キッチンに良い香りがしていることに気付く。
いびつな形をしたジャガイモたちが、お鍋で踊っている
「え?かりん、作ろうとしてた…の?」
「うん、あき姉ちゃんをびっくりさせようと思って。でも難しくて……」
「何言ってんだよ!すごい!すごいや、かりん、おかげで間に合うよ!」
花梨はとても誇らしげだ。
「じゃあ、始めようね」
「あいあいさー!…やっぱり、あき姉ちゃんはすごい人」
12章 戦い過ぎて、日が暮れて
キッチンカウンターの上には今日の夕ご飯が湯気をあげている。
「疲れたー」と言いながら、キッチンの床に座り込む二人。
秋穂は默ったまま、こぶしを握って手を差し出すと、花梨もにっこりまねをする。
戦友のグーパンチだ。
しばらく、ひやりとした床に座っていると、ようやく体を動かす元気が出てきた。
その瞬間、ガレージの方から車の音がする。
「あ、おとうさんたちだ!」
13章 家族の肖像
「ガチャ」
大きな荷物を持ちながら、直之が玄関から入ってくる。
「ただいまー。やっぱり家はええなぁ」
たったったっと走ってくると、お父さんに飛びつく花梨。
かりん「おとうさーん、おかえりー!!」
直之は至福の表情で、花梨をだきしめる。
「おお、どこのワンコかいな。このかわいいちびちゃんは」
秋穂はその後ろで、はにかみながら直之を迎える。
「お帰り。父さん」
直之はやはりニコニコが止まらないまま、秋穂の頭を強くなでる。
「ただいま。元気やったか?」
「うん!」
「握手や!」
「うん!」
直之は、段ボール箱を抱えたままリビングに入ると、奥の仏壇に向かう。
段ボールを横に置き、正座して、遺影に手を合わせる。
「ただいま。帰ってきたで。今回も無事うまいこといった。それにな、みんなほんまにええ子に育ってる。それもこれも全部、君のおかげや」
仏壇の横、遺影からよく見える場所に大きなコルクボードがある。
ここには、娘たちの「推し活」の場だ。瑠璃は職場での写真、瑞穂は最近のお気に入りの詩といった具合だ。直之にとっては娘成分の補給場所でもある。
とんとんとん。
二階で着替えを終えた瑠璃と瑞穂も降りてくる。
「みずほー、生きて帰ってこれてよかったねー」
「『ねー』じゃないわよ。まったく」
「なあ、みずほ、コルクボードの「6月」って詩、お前が貼ったんやろ?」
「そうだよ。茨木のり子って人。知ってる?」
「その人はしらんけど、この詩はええ。繊細やのに強い詩や」
14章 全員揃っての夕ご飯
ダイニングに皆が集まる。
食卓にはピーマンの肉詰め、ポテトサラダ、オクラのおひたしが並んでいる。
肉詰めはオーブンに入れてあったので、まだ十分に温かい。
「いただきまーす」
「今日のピーマンとオクラは雪藤産でーす」
「めっちゃええ匂いや。」
かりんが上目遣いで直之に言う。
「あのね、ポテトサラダはね、私が作ったの」
「ほんまか!それは食べなあかんな……。はむ…、うまい!ほんまにうまいで。かりん」
直之は嬉しさのあまり、感極まってしまう。
「贅沢な食事もたしかにうまい。それでも家のメシには絶対に勝てん。何よりも、みんなが揃ってるんが最高のスパイスや」
キッチンでごそごそしていた秋穂が大きなガラスボウルを持ってくる。
「今日のデザートは、あきほ特製フルーツポンチでーす」
「おお、まだあるんか。あきほは父ちゃん喜ばせる天才やな!」
………
あれだけあった肉詰めももうほんの少し。
みんなの箸の動きも鈍くなっている。
「ああ、満足やー。ほんまにおいしかったわ。」
直之は花梨に親指を立ててみせる。
「かりんのポテサラは特によかったで」
「えへへ」
15章 まったく同じラグ
食事が終わり、皆の視線がナイショの段ボールに集まる。
「お父さん、あのナイショの荷物って結局何なの?」
「そやそや、あれを開けんとな」
段ボールからは丸めた大きなラグが出てくる。
青空のような透明感のあるラグだ。東欧あたりのデザインだろうか。
「新しいラグ?。でも今使ってるのと同じ柄だ……。どうして?」
「今のやつ、かなりくたびれてるやろ。でもなぁ、お母さんが一目ぼれしたやつやから捨てられんでな。同じのなんかそう出会わんしな」
「それが見つかったんだ…」
「ほんまの偶然や。知り合いの絨毯屋にたまたま残ってたんや。見つけた時はもう息止まるかと思たで」
みんなが黙り込んだ時、花梨と瑞穂が声をあげる。
「私は好き!お母さんの前にひろげようよ。お母さんもきっとうれしいよ」
「私もいいと思う。お母さん、喜ぶよね」
「うん、ありがとう。おおきにやで。ウチの子はみんなええ子ばっかりや」
新品のラグは広げると少し異国の香りがした。
16章 父の想い
四姉妹はそれぞの自室に移動し、直之だけがリビングに入ってくる。
壁の関接照明を付けると、柔かなオレンジの光が部屋を満たす。
カップボードから、スコッチウイスキーとショットグラスを取り出すと、仏壇の前のソファに腰を下ろす。
窓からは、涼しい風が吹き込んでいる。
床には新品のラグが敷かれ、コルクボードには今日の食事の写真が加えられている。
遺影は今も優しい笑顔を直之に返す。
その遺影をみながら、直之がひとりごちる。
「……ほんま、幸せやな。こんな夜が一番ええわ」
ほんの束の間、遺影を見上げる直之だったが、すぐに首を横に振りながら、こぶしに力を込める。
「……いや、君もそう思うやろ」
満月がリビングのラグに柔かな光を投げかけていた。
-
読んでくださって、ありがとうございます。
雪藤家の日常 しみずとしひこ @Toshishi555
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