第18話 犠牲者
未踏の大陸では、何があってもおかしくはない。
つい先ほどまで生きていた探索者が、死亡する事は珍しいことではないのだ。
凄惨な現場を見てその事実を改めて思い知ったシャックス達は、気持ちを切り替える。
「立ち止まっていてもしょうがない。何か異変があったら情報を共有するように心がけよう」
シャックスがそう言って、一同は再び進む。
少し歩いていくと、比較的温厚なモンスターや、戦闘意欲の少ないモンスターを見つける。
シャックス達は、モンスターを観察しながら進む。
たまに温厚なモンスターでも襲い掛かってくる事があった。
そういったモンスターは怪我をしている。
冷静ではなく、目が血走っていたり、口から泡を吹いているものもいた。
シャックスはそれを、他の探検隊が戦闘したせいだと推測する。
シャックスは好戦的な個体と、どうみても瀕死のモンスターだけ倒していく。
逃げるだけのモンスターは追いかけなかった。
アーリーが「倒さないの?」と聞く。
シャックスは「体力温存」と簡潔に答えた。
未知が多いこの大陸で、体力を消耗すべきではないと判断したからだ。
初見のモンスターとはなるべく戦わない事を心がけているが、そうもいかない事がある。
アーリーが巨大なカエル型モンスターを見て呟く。
ジャイアントフロッグと呼ばれるそのモンスターはこちらと戦う気満々だった。
「すごい大きなカエル。田舎道で見かけても、間違えて踏んづける心配なさそうね」
実際にカエルを踏んづけまくってそうだなと思いながら、シャックス達は戦闘の準備をする。
カエルの周囲を囲って、慎重に攻撃を加えて倒した。
巨体で皮膚が分厚いため、物理攻撃では致命傷にならなかったので、シャックスやナギが炎魔法で倒す事になった。
ハクやノース達が囮になってモンスターの注意をそらしてくれたため、戦闘は比較的楽であった。
日暮れの少し前になったため、シャックス達は野営の準備に入る。
シャックス達は小さな洞窟を見つけた。
その洞窟は内側に緑色の苔がびっしり生えていた。
内部は薄暗く湿っていたが、ほんのり光っていたため、明かりには困らなかった。
シャックス達は洞窟の内部に、テントを設営する。
しかし食事の準備を内部で行うわけにはいかない。
洞窟から少し離れた所で火をおこして、食事当番が食事を作った。
ナギとロックが得意だったため、今日の所は持参した食材で食事を作っていく。
できたのは肉と野菜をいためた物と、お湯で煮込んだ野菜のスープだった。
加えて、硬めの黒いパンとチーズがある。
シャックス達は全員それなりに料理ができるメンバーだったため、準備では困らなかった。
しかし、探索隊に推薦された者達の中には、自分で食事の用意をした事のない貴族も存在していた。
そういった者達は他のメンバーに炊事をやらせていたのだった。
翌日以降は、持参した食材の割合を減らしながら、現地で得た食材を増やしていく予定だった。
急に食べなれない物を口にすると、腹を壊す可能性があったからだ。
シャックスはこちらに来る前、グリードに未開大陸の食材がないか聞いていたが、都には持ちこまれていなかった。
夕食後は、ノース達と少し会話をした。
ハクは有名な魔法使いになるという夢があり、魔法の研究をしていると判明。
勉強家であるナギと気が合った。
ハクは魂に干渉する魔法について興味があった。
ノースは田舎出身でカエルがよく大量発生する地域に住んでいたため、同じような地域に住んでいるアーリーと話が盛り上がっていた。
それから数時間後。
星がまたたく時間。
周囲では不思議な胞子が漂い、七色に光っていた。
その胞子は七色キノコの胞子らしく人体に害はない。
たまに宙を飛び交う胞子に向かって、普通サイズのカエルが跳びついて食べている事があった。
未踏大陸にいる生物は巨大なものが多いが、シャックス達が慣れ親しんだサイズのものもある。
それらは、情報冊子にまとめられていた情報だ。
そんな中、見張りをするのはシャックスとアーリーだ。
アーリーが住んでいたのは田舎町だったため、懐かしいと話をする。
その内、交代の時間になったため、ノースやハクと代わる。
シャックスとアーリーは洞窟内のテントへ向かった。
テントの中では、ナギとロックがすでに眠っていた。
シャックス達の気配で起きるが、すぐにまた眠ってしまう。
アーリーも横になるとすぐに眠ったが、シャックスはしばらく起きていた。
すると洞窟の外から悲鳴が聞こえてきた。
「助けてくれ!」
数分前、火を恐れない小型モンスターが悪戯をして、メンバーの荷物を持っていった。
それを追いかけて離れたメンバーが巨大な何かに襲われたのだ。
空から巨大な何かが舞い降りて、彼らを翻弄する。
それは暗闇でノース達にはよく見えなかったが、ドラゴンだった。
シャックス達はそれらを知らなかったが、ノース達に何かがあった事は察した。
ノースのパーティーのメンバー達は、連帯感が強く、人の良い者達ばかりだった。
そのため、仲間を見捨てられずに、眠っていた者達も助けに行ってしまう。
そして、二度と彼等は戻ってこなかった。
探しに行きたいと言うアーリーを制して眠るように言うシャックス。
ナギとロックが火の見張り番をする事になった。
アーリーは心配げな表情をしていたが、シャックスが睡眠時間を確保するべきだと説得した。
シャックスは、夜の闇を見つめたが、何も聞こえてこなかった。
同時刻。
クロニカ家の屋敷の内部。
使用人として働いていたカーラは、シャックスの部屋を掃除していた。
シャックスの部屋はすでに片付けられており、内部は何もなかった。
しかしカーラは、こまめにこの部屋に来て部屋の掃除をしていたのだ。
シャックス達は亡くなったと聞いているが、今もどこかで生きているかもしれないと思っていたためだ。
生きていたシャックスがこの屋敷に戻ってくる可能性は低いとカーラは思っている。
しかし、何もしないのも落ち着かず、たまに気持ちの整理をするためにその部屋を訪れた。
カーラはいつものように床や窓ガラスを掃除していく。
こまめに掃除しているため、埃や汚れなどは少なく、あっという間に終わってしまった。
掃除をやり終えたカーラは一息ついて、何気なく天井を見上げた。
すると、天井に違和感を覚える。
経年劣化でひび割れた天井の隙間に、紙切れのようなものが挟まっているように見えたからだ。
その部屋を出たカーラは、脚立を持ってきて、天井の隙間に挟まっていた紙切れを手に取る。
広げてみると、そこには文字が書かれていた。
それは、シャックスにあてた贖罪の言葉だ。
「大切な家族の体をこんな形で借りるべきではないと分かっているけど、あの時はこうするしかなかったんだ。ゴロの死を無駄にしないために、君を転生させるために。だけど、私がいるせいで君の剣の才能は秘められたままになってしまっている。本当にごめんなさい。私がもっとうまくやれたら、英雄のように剣を振るえていたかもしれないのに」
他にも文字は書かれていたが、内容は似たようなものだった。
それは、秘密の日記のようなもので、書いたものの後悔が綴られていた。
カーラはその手紙を読み終わってから驚く。
「シャックス様、あなたは一体」
とんでもない事を知ってしまったと思ったカーラは、動揺で胸を押さえる。
そんなカーラに声をかける者がいた。
他の使用人の男性が、部屋に入ってきたのだ。
見回りをしていたらしく、部屋から気配を感じたため、確認したのだと言う。
「不審者かと思ったぞ、落ちこぼれの部屋なんかで何をしていたんだ」
カーラは手紙をとっさにかくして、嘘を吐く。
「えっと、一人で考え事をしたくて。誰かに個人的な時間を邪魔されたくなかったんです」
「何もこんなところでしなくても良いだろうに」
相手は不審そうな顔をしたが、それ以上は追及しなかった。
「早く寝ろよ。俺達の朝は早いんだから」
それだけ言って、その場を去っていく。
ほっとしたカーラは、ひそかな希望を抱いた。
英雄ゴロ。
大昔の英雄とシャックスが関係しているといのなら、やはりどこかで生きているかもしれないと思った。
もしも生きているのなら、カーラはシャックスの力になりたいと考えた。
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