第15話 未踏大陸へ
翌日、シャックスは自分の姿を偽るための魔道具を探す。
仮面が、取れたとき危険だと思ったからだ。
だから仮面が取れた時に見せる、自分の仮の姿のために、魔道具を探す。
姿を偽る魔道具の使用は許可されている。
アリーナで試験が終わった後、グリードに質問して許可をもらっていた。
様々な店を巡っていると、とある小さな店の前で泣きわめく男性店主ローゲと出会う。
50代で少しふくよかなその男性は、顔を手で覆いながら、ブツブツと何かを呟いていた。
シャックスの耳に時折り、女性の名前が聞こえてくるので、女性関係で何かのトラブルを起こしたのだろうと推測した。
事実、ローゲは女性に騙されて、お金を盗み取られていた。
シャックスは関わらない方が良いと判断し、横を素通りしようとした。
しかし、彼が呟いていた名前が「アンナ・クロニカ」だったため、足を止めてしまった。
自分の前で立ち止まった人間がいる事に気付いたローゲが顔を上げる。
ローゲはあまり人に壁を作らないタイプだったため、「聞いてくれよ」と言いながら勝手に話を始める。
アンナの名前で気になっていたシャックスは嫌な予感がしつつも、渋々耳を傾ける。
数時間前のローゲは、いけすかない女性貴族が来店した事に警戒をしたらしい。
しかし、機嫌が良かったのかアンナはローゲに甘い言葉を吐いて、値引きを迫った。
騙されたローゲは、アンナの言う事を聞いて魔道具のいくつかを割引して売ろうとした。
しかし、魔道具を見せている時にうっかり目を離してしまったのだ。
そのせいで、魔道具を盗まれてしまったと言う。
その金額は、店の半年分の平均の売上金額だった。
シャックスは悩んだ末、姿を偽る魔道具を紹介してほしいと告げる。
気落ちした顔で魔道具を紹介したローゲに、シャックスは三倍の値段で魔道具を買い取った。
ローゲは先ほどとは打って変わって、顔を赤くして興奮しながら、シャックスにお礼を言った。
シャックスは、自分がアンナの尻拭いをする必要性はないと思っていたが、見捨てるのも可愛そうだと思ったためお金を余分に払う事にしたのだ。
裏路地で試しに使ってみたら、魔道具の性能は良かった。
シャックスは別人の顔に変わったのだった。
その顔は金色の髪に茶色の瞳の、ありふれた顔つきだった。
その後、町を歩いていると広場でちょっとした小競り合いが起きていた。
荒れくれ者達が女性に難癖をつけて、自分達の要求を突き付けている所だった。
女性は、首から紐のついた大きなカメラをさげている。
さっぱりとした恰好で、動きやすい服装だ。
髪の毛は非常に短く、見ている者にボーイッシュな印象を与える。
分厚いビン底のような眼鏡をしているのが特徴的だ。
その女性はそのような目に遭う事が多いらしく、「また?」とため息を付いている。
「私って、本当運がないわよね。ついこの間だってお貴族様の前で男どもに声を掛けられたってだけで、嫉妬されるんだから」
女性は男を睨みつけながら、追い払うような仕草をする。
「どっか、行って。機嫌が悪いの。本当にあんた見たいな男、好みじゃないんだってば」
すると、荒れくれ者達は逆上して、顔を真っ赤にした。
「この女、丁寧に誘ってやれば良い気になりやがって!」
シャックスがよく観察すると、それはサーズの頼みで襲ってきた人間達だった。
荒れくれ者達にすごまれている女性は、アンナの名前を出しながら、呆れた声を発する。
「アンナだか何だか知らないけど、あっちに声をかければ良かったじゃない」
近くにアンナがいたらしいが、周囲を見回してもその姿はなかった。
その言葉を聞いた荒れくれ者達は、顔面蒼白になりながら挙動不審になった。
「クロニカ家の人間になんか、関われるわけねーだろ!」
どうやら、シャックスにやられた事が尾を引いているらしかった。
アンナがまいた種というには、微妙であったが、名前を聞いた以上は他人事には思えなかった。
そのためシャックスは荒れくれ者達の前に出る。
魔道具で見た目を変えたままで。
そのため、荒れくれ者達はシャックスの正体が分からなかったらしい。
「何だ? 邪魔をすんな!」
荒れくれ者達はシャックスに拳を見舞おうとした。
しかし、シャックスは相手の腕をとって、投げ飛ばす。
続いて間髪入れずに、他の者達も投げ飛ばしたり、顎に一撃を入れたり、腹部から拳で突き上げたりと、軽々と気絶させていく。
助けられた女性は「ありがとうございます」とお礼を言ったが、アンナの身内であったシャックスは素直にその言葉を受け取れなかった。
女性はシャックスにお礼だと言って、メモを渡した。
それは、腕の良い鍛冶師がいる店の名前と場所だった。
セブンの様な子供の落書きレベルではなく、きちんと書かれている事にシャックスは少しだけほっとした。
「ここに行けば良い事ありますよ。どんな仕事をしているのか分かりませんが、あなたは荒っぽい事を日頃からこなしているみたいですし」
荒事に臨んで突っ込んでいくわけではないが、シャックスの身の回りでそう言った事が頻繁に起きるのは事実だった。
否定できなかったため、有難くメモを受け取る。
その後、向かった店の商品は質がよくシャックスはさらに女性に感謝する事になった。
翌日、王都の町を歩いていたシャックスは、思わぬものと再会する。
それは数年前に森で出会った光石族の少女、プラムレだ。
道に迷ったシャックスが裏路地を通ったところ、奴隷商人に連れていかれるプラムレを見つけたのだ。
秘密のオークション会場にでも連れていくつもりなのか、あやしげな建物の中へ入っていく。
どうしたものかと悩んでいると、そこに帽子をかぶった少年がやってきた。
「もしかしてあなたも奴隷オークションを調査しているんですか? わかります。今、王都でうわさになっていますもんね。飛びつかないわけにはいきませんよ」
早口でまくし立てたその少年は新聞記者と名乗り、見習いとして手柄をあげようとしているのだという。
「れりーーお師匠様にも仕事を手伝わせるのは記事を一枚ちゃんとかきあげてからだって言われてるんです。お互い大変ですよね」
シャックスは何も言っていないが、相手は同業者だと勘違いしているらしい。
「同じ見習いとしてここは力を合わせませんか。実は潜入するためのアイテムはもう持ってるんです。一つしかないので、ここでつかみ合い人になって体力を消耗するのは不毛でしょう?」
その場合、おそらくシャックスのほうが勝つのだろうが、相手はなぜか得意げな顔をしている。
彼ーーレッドが懐から取り出したのは赤と黒の招待状だ。
「では、さっそくいきましょう」
シャックスが何かを言う間もない。
レッドに腕をとられて、強引にオークション会場に連れていかれてしまった。
内部ではみんなフードをかぶったり、仮面をつけて顔をかくしていた。
その点シャックスやレッドは浮かなくてすんでいるようだ。
周囲を見回しているとオークションが始まった。
周囲でぽんぽん金額がつりあがっていくので、ここにいるのは金持ちで間違いないだろう。
「王都にはこういった闇がまだまだあるんですよね。数年前からましになってきているとはいえ。クロニカの当主様がしっかり悪者を捕まえてくれるおかげです」
ワンドの名前が出たのでシャックスがレッドの顔を見るが、彼は何も正体などには気が付いていない。
「ワンド様がいなくなったら大打撃ですよ。おっと話がそれました。さて、証拠を集めなければ」
ワンドたちに仕返しをすることばかり考えていたが、シャックスはその後のことをまだまだ考えていなかった。
ワンドがいなくなって困る人たちもいるということを忘れないでおこうと思ったのだった。
そのあと、いくつかの証拠を魔道具で集めて、会場を後にする。
レッドとはその場で別れたが、シャックスにはやることがあった。
会場で「ご主人様」に買われていったプラムレの行方が気になる。
そこから数日間、シャックスは王都の貴族について改めて調査をした。
離れている間に、没落した貴族も入れば、反対に莫大な財産と名誉を気づいたものもいる。
プラムレのご主人様は後者で、非常に裕福なようだった。
オークション会場でもいくつもの品を購入していたからだ。
対象を絞ったシャックスは夜の時間にその帰属の屋敷へ向かった。
警備の目をかいくぐって、家の中に侵入するのは至難のわざなので、無理そうであれば一度帰るつもりでいたが、その必要はなかった。
プラムレは人も寄り付かないぼろ小屋に追いやられていた。
シャックスが建物の中に入ると、プラムレが驚く。
「誰!?」
警戒した様子の彼女と話をするのは大変だったが、苦心して昔あった少年だと伝える。
するとほっとしたプラムレはこれまでのことを説明。
プラムレは光石族の中で病にかかったため、一族から捨てられたらしい。
それで一人でさまよっていたところを奴隷商人につかまったのだという。
新しいご主人に買われたが、病気持ちときいて小屋に追いやられたのだ。
奴隷といえども殺人や買ってに捨てることはよしとされていない。
だからこうした扱いをされているのだった。
幸いーーとは言えないが、厄介者扱いされているのなら、消えたところでわざわざ捜索されないだろう。
しかしプラムレはやせ細り自力では動けそうにない。
助けるならシャックスがこれからの面倒を見る必要がある。
それに助けても病気の問題がある。
プラムレの罹患した病はシズシ病といって徐々に言葉が出なくなり、呼吸が難しくなるものだという。
治療の薬は未踏大陸から持ち帰れなかった植物でできるのではないかと言われているが、確証はない。
悩んだ末シャックスは伝える。
「不確定な希望と約束、もしくは今すぐに安らかに眠る選択肢、どちらがいい」
プラムレは前者を選んだ。
ならばシャックスは必ず未踏大陸踏破を成し遂げて、薬となり植物を落ち狩ろうと誓ったのだった。
それから一週間が経過した。
シャックスは港へ向かう。
その日は、未開の大陸へ出発する日だからだ。
すると、港には合格者の百人が集まっていた。
集まっていたのは合格者達だけではなかった。
見送りのために一般市民も大勢来ていた。
彼らは未踏大陸の探索成功を心から願っているようだった。
シャックス達のために、応援や励ましの言葉を掛けてくれる。
おいしそうなご飯を差し入れてくれたり、魔道具などをくれる者達もいた。
シャックスも、小さな少年から手作りのクッキーを貰った。
アーリーを見ると、彼女は花屋らしいおばさんから、お花をもらっていた。
サーズも市民の女性から、何かを差し出されていたが、彼は断わっていた。
アンナはサーズの見送りに来ていた。
サーズに「みっともない姿を見せないでちょうだい」、「当主である私の恥になるから」と小言を言っている。
時間になると、グリード達数人の騎士や船乗り達がやってきて、これからの説明をする。
船の日程や、船内での過ごし方などなどだ。
説明が終わった後、大きな木造の船にシャックス達は乗船する。
その船は、魔道具で動いている。
必要なら、空を飛ぶ事も可能だという。
船は出航し、飛沫をあげる。
頭上では、白い鳥が空を飛びながら海の魚を狙っていた。
離れていく陸地を眺めるシャックスはアーリーに話しかけられる。
アーリーはこの一週間で気の合う友人を見つけていたらしい。
「シャックス、紹介したい友達がいるんだけどちょっと良いかな」
シャックスは、ナギやロックと言う男性を自己紹介した。
「私の名前はナギ。魔法使いです。よろしく」
ナギは青色の髪に、水色の瞳だ。
「俺の名前はロック。拳で戦う格闘家だ。これからよろしくな」
ロックは緑色の髪に、黄緑色の瞳。
シャックスもテレパシーで自己紹介した。
ナギとロックはその会話方法に目を丸くしたが、すぐに受け入れた。
ナギとシャックスは握手を交わす。
ロックはシャックスの肩を叩いた。
その後、アリーナでのテストの事や、ここ一週間の事など雑談しながら時間を過ごす。
話をしていると、別のメンバーがちょっかいをかけてきた。
シャックス達よりもお金のかかった装備品を身に纏っている。
アーリーがその男性の名前を小声で教えてくれる。
「その人の名前は、ロレンス。貴族よ。感じ悪いわよね」
アーリーは相手の名前は教えたが、家の名前までは言わなかった。
覚える必要などないと思ったからだ。
ロレンス達はあからさまにシャックスを見下していた。
ナギとロックに向かって、シャックスよりも自分達とつるまないかと言う。
「試験で逃げるだけだったそんなへっぽこよりも、俺達といた方が良いぜ」
しかし二人は断った。
ナギとロックがそれぞれ答える。
「お断りします。あなたは信用できなさそうですから」
「人の悪口を言うような奴に、背中は預けられねぇな」
ロレンスは額に青筋を立てながら「その選択、後悔しないと良いな」と言ってその場を去っていく。
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