第3話 排除のルール

 店の熱気はまだ冷めていなかった。酔った客が饒舌に語り、それをうまく受け流すスタッフの声が空気に混じっていた。

 友人は女装を解くために化粧台へと向かい、スタッフの一人を連れていった。残された僕は、自然と客の相手を引き継ぐことになった。

 「失礼かもしれないけど、お兄さん、いくつ?」

 「えっと、二十三です」

 「そうよね、お肌きれいだもの。ちなみに、私いくつに見える?」

 たぶん、四十くらい。けれど、それを口に出せるはずもなかった。

 「三十くらい、ですかね」

 「ね、そう見えるでしょう? でもね、あなたの倍なのよ」

 「え、すごい……全然見えないです、本当に」

 気を使った言葉で、彼の調子に合わせていく。

 「何か秘訣とか、あるんですか?」

 この質問が的中したらしく、彼は化粧水だの美容液だのといった話を楽しげに語り始めた。

 僕は空になったドンペリの瓶を見つめながら、これが「仕事」かもしれないと思った。相手の気分を保つこと。酒を飲んだ以上、もう付き合わざるを得ない。

 やがて化粧を落とした友人が戻ってきて、すっと会話に入ってきた。

 「たしかに化粧水すごいですね~。僕も気をつけないと。努力、大事ですよね~」

 「そうでしょ、そうでしょ」

 愛想よく合わせる友人の機転によって、僕たちは自然な流れで店を出ることができた。

 だが飲み放題のもとを取ろうと、やたらと飲みすぎたせいで、体の自由がきかなかった。友人は早々に「もう終電なくなっちゃったから泊まってくわ~」と笑った。

 「じゃあ、ネットカフェとかでいいかな」

 一人で帰るという選択肢は、なぜか最初から考えられなかった。

 歌舞伎町の雑居ビル。

 ネオンと喧騒をすり抜けて、僕らはエレベーターに乗り、ネットカフェの受付へとたどり着いた。

 しかし、会員カードを忘れた僕は再発行の手続きをしようと受付で話し始めたとき、店員が言った。

 「酔ってる方は、お断りなんですが」

 酔った友人はソファに沈み込み、別の店員が起こしていた。

 僕自身も吐き気を感じて、袋をもらえないかと頼んだ。しかし、店員は袋を差し出すふりをして、手を引っ込めた。

 「酔ってますよね?」

 「……酔ってないです」

 「じゃあ袋、いらないですよね?」

 冷ややかな微笑みを浮かべながら、店員は僕の再発行カードを無言で渡した。

 僕は機械の前に立ち、入力を進めようとしたが、腹の底から怒りがじわじわと湧いてきた。

 ここでは、金を払うことが“存在の証明”なのだ。

 酔っているかどうかではなく、トラブルを起こさず、金を落とすかどうか。それだけが問題だった。

 それなのに、吐き気に耐えてまで利用しようとする自分が、滑稽に思えた。

 友人はすでにいなかった。

 僕は再発行されたカードを置いて、その場を立ち去った。

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