春が来て、そして、

「桜がきれいね」


 そうだね。


「それにしてもあなた、随分来なかったわね! 私を放っておいてなにをしていたの?」


 ごめんね。ずっと仕事だったんだ。会社に泊まりっぱなしで、帰れなかった。


「待ってたのよ。あなたと食べたくて取っておいた魚、しなびちゃったわ」


 ごめんって……。


「まあいいわ。今はこの時を楽しみましょう。鳥は過去や先のことはあんまり気にしないの」


 春だね。カラスの仲間たちは繁殖期だ。


「ええ。私は、新しい家族を作るなら、あなたとがいいわ」


 ごめんね。君にたまごを抱かせてあげられなくて。


「いいのよ。愛は形に囚われないわ。新しい家族も素敵だけれど、私にはあなたひとりいれば充分」


 本当に?


「正直、自分でも分からない。私たち野生の生き物は、命の箱舟。自分さえよければいいんじゃなくて、次を生かしていかないといけない。そういう精神が根付いているの」


 そうだよね。本来は、しゅを残すというのが、生き物が生きる目的なんだろうね。


「本能的に分かってはいるけど、今はあなたしか見えないの」


 僕がカラスだったらよかったのに。人間だったばかりに、君を満たしてあげられなくてごめんね。


「あなたはあなたのままでいいわ。そのままのあなたがいいの」


 くちばしにキスしてもいい?


「なあに、これ。よく分からないけど愛情を感じるわ」


 人間の愛情表現だよ。


「ああ、どうりで。ちゃんと伝わってきたわ」


 カラスはどうやって愛情表現するの?


「私たちは歌で。カアカアカア」


 いい声だね。空まで響き渡ってる。僕も真似して歌ってみようかな。カアカア。


「面白い! 歌合戦でもしてみる?」


 愛情表現の歌を交換しよう。


「まずは私からね。カアカアカアカア」


 僕は人間のラブソングを。


「あら、素敵な歌ね」


 結ばれないけど繋がっている、切ない恋の歌だよ。


「悲しくて、美しい歌ね」


 カラス、君の番だよ。もっと歌って聴かせて。


「カアカア……ねえ、私たちだけの秘密の歌、作らない?」


 いいね。どんなメロディーにする?


「シンプルで覚えやすいのがいいわ」


 君の歌声に合うメロディーにしよう。カアカアだけでも歌える歌。


「あら。カラスの鳴き声のレパートリーは結構多いのよ。こんなのはどう? クワワッ、クワワッ」


 最初のフレーズはそれで決まり。次は……そうだ。電線を五線譜にして、とまってる鳥を音符に見立てて歌にしよう。


「いいアイディアね。クワワッ、クワワッ……」

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