第2話 ポジハラ女診断。判定は読んでのお楽しみ♪



「うぃ〜っす、みんな〜! 今日も笑顔でぶっ飛ばしてくよ〜!」


 ドアが開いた瞬間、喫茶店内に響き渡る甲高い声と、バシバシ鳴るハイヒールの音。


「やってきました話題のハラカフェ! 今日はなんと、私が診断される側〜! 記念すべき100万人登録のお礼も兼ねて、まさかの公開処刑、いっちゃうよ!」


 地雷系フル装備のYouTuber、蘭。左右非対称のツインテールが揺れるたび、店内の空気が一層ひんやりしていく。


 しかし本人は全く気にしない。むしろ視線を集めていると勘違いして、カメラに向かってドヤ顔を決める。


「今日はちょっとハラスメントとか、そーいう重ためワードで遊びまーす☆」


「いらっしゃいませ。記録開始いたします」


 カウンターの奥に立つ制服少女――ミナトが、静かに告げた。


「お客様は、“群衆操作型加害者”です」


「……へ?」


「分類コード:G-S-01。笑いと演出を使い、視聴者に“自発的同調”を強要した記録があります」


「いやいやいや、ちょっと待って? わたし、ただの陽キャだよ? みんな楽しくやってんじゃん?」


 蘭は笑ってごまかそうとするが、ミナトは無表情のまま淡々と端末を操作する。


「過去5年分の公開動画・配信・SNSログ・DM・通報履歴から分析済みです。

炎上系企画13件、晒し系配信8件、コラボ中断2件。分類に偏りが見られます」


「え、ちょ、待って待って。晒し系って……たとえば?」


「2023年10月3日配信“メイク崩壊選手権”において、投稿された写真の一部に未成年者が含まれていた記録。

“事故すぎてヤバイw”というテロップが重ねられており、当該視聴者は翌日から学校を欠席しています」


 笑顔が凍る。


「……え、でも、それ、投稿した方の了承が――」


「“了承されたから笑っていい”という解釈も記録済みです」


「う、うん、だって、ウケたし……視聴者も“楽しかった”ってコメントしてたし!」


「“楽しかった”と投稿した視聴者の中に、『その後メンタルが不調になった』と報告した記録が複数あります」


「……」


「お客様が笑っていた時、笑っていなかった人間もいたということです」


 蘭の口が開いたまま閉じない。カメラはまだ回っていた。ライブ中継だ。


 店内に入ってから、一度も他の客は反応していない。

彼女の声が浮きすぎていて、まるでステージの上のようだ。


「え、でも、数字も上がったし……炎上って言っても、うちのファン層にはウケてたし……」


「“ウケる”ことと“傷つける”ことは、同時に成立します」


「わたし……誰かのために、笑い届けてただけなのに……」


 ハルカがカップを置いた。音は静かだが、芯を食った。


「蘭さん。“誰かのため”にやっていたとして、それが“他の誰か”にとっては地獄かもしれない、と思ったことはありますか?」


「……それは……ない……かも」


 正直である。というか、意外と素直だ。

だがその素直さが、逆に痛々しかった。


「そ、それに、なんか言われても『みんなありがと〜! 今日もアンチさんありがと〜!』って返してたし?」


「それは“笑顔で無視した”記録です」


「え、えぇ〜〜〜……」


 蘭は肩を落とし、椅子に座る。ハルカがカップに紅茶を注ぐ。


「お疲れでしょう。どうぞ、“事実の味”です」


「なんかその言い方、飲みたくなくなるんだけど……」


「それが正しい反応です」


「ッ……!」


 笑うしかない。というか、笑わせてくる。


 蘭はやっと、背中から力を抜いて、紅茶を一口飲んだ。


 ――案外、悪くない。




「……ま、まあ、確かに調子に乗ってた部分も……」


 紅茶をすすりながら、蘭は俯いた。

でも、どこか言い訳を探してる目だった。


「でもさ、見てる側だって分かってるでしょ? これは演出だって。

YouTuberなんだよ? ウケなきゃ意味ないって、暗黙の了解じゃん?」


 その瞬間、ミナトの端末が音を立てて点滅した。


「“暗黙の了解”という表現に、強制同調の構造を検出。分類:期待背負わせ型加害傾向」


「な、なにそれ……ただの言葉狩りじゃん……!」


「言葉には“重さ”があります。お客様は“責任を視聴者に預ける言い回し”を多用していました」


 画面に映し出されたのは、蘭の過去の配信中の発言記録。


《まあ、こんなのにマジで傷つく人いないっしょ》

《ネットのネタくらい、笑って流さなきゃ》

《ここに来てる時点で覚悟してるっしょ?》


「……」


 蘭は何も言えなくなった。

その横で、カウンターの上に出されたディスプレイに、新たな画面が映し出される。


《視聴者:中学生♀》

《相談内容:学校で浮いてて、メイクが変だといじられる》

《配信中の蘭の返答:“それ、逆に才能じゃんw 浮くって最強だよ?”》

《翌日:本人、チャット履歴削除→アカウント消去》


「この方は、その後メッセージを送信しています。『笑ってほしかったわけじゃない』『聞いてほしかっただけ』と」


「……そんなの……わかんないよ。言ってくれなきゃ……」


「お客様は“わかる努力”を放棄していました。

その代わりに、“ウケる言い回し”を優先したと記録されています」


 ハルカが微笑みながらカップを置く。


「“わからなかった”ではなく、“見なかった”んですね」


「……」


 沈黙が落ちた。

蘭は初めて、何も言わなかった。


 店内は静かだ。なのに、心音だけがやけに大きく響く気がした。


「……最初は違ったんだよ」


 ぽつりと、蘭が言った。


「メイク動画も、恋バナ相談も、やってた。

“共感できた”って言われて、嬉しかった。

でもさ、数字、ぜんっぜん伸びなくてさ……」


「……」


「コメントもさ、“弱音ばっかでダルい”とか、“こいつ重い”とか。

ある日、ほんとに何の気なしに、『それ逆に才能じゃんw』って軽口叩いたら、

爆伸びしたの。初めて、登録者増えて、いいねが連打されて……怖かったけど、嬉しかった」


「それが、“笑って見下す女”への第一歩だったと記録されています」


「……そうだね。たぶん、そう」


 蘭は頷いた。


「もう、“ちゃんと話す私”じゃ誰にも見られないって、思い込んじゃってた。

自分の痛みも、誰の悲しみも、もう“面白くしないと意味がない”って。

誰かの“辛い”も、加工してテロップ乗せて、“ネタ”に変えて……」


「“辛さを商品にする”構造ですね。社会的にもよくあるパターンです」


「そんな冷静に言われると、余計にヘコむわ……」


 小さく笑って、蘭は肩をすくめた。

その笑いはさっきまでと違っていた。力の抜けた、本当の疲労の笑みだった。


「……カメラ、止めるわ」


 スマホの録画ボタンに触れようとしたとき、ミナトが言う。


「記録は継続中です。分類が完了していませんので」


「そっか……まあ、最後まで診てもらうか」


 蘭はスマホのカメラを伏せた。


「“笑わせる女”から、“誰かを壊す女”になってたって、

まさか自分で気づけなかったとはね……」


 目元がわずかに赤い。


「……ねぇ。私、まだ“終わり”じゃないよね?」


「未分類項目:変化傾向あり。観察中です」


 ミナトの声は変わらない。だが、それを“優しい”と感じたのは初めてだった。



「“終わりじゃない”と、思ってくれてるのは……少し、救われる」


 伏せたカメラの横で、蘭はぽつりとつぶやいた。

自分の声が、思ったより小さかったのが、なんだか可笑しかった。


「──でも、なんかさ。

人のこと晒してネタにして、“それでも愛されてる”って思ってた自分、すごい図々しいよね」


 ハルカが紅茶を足してくれる。蘭はちょっと照れながら受け取る。


「……ごちそうさまです、“事実の味”」


「味覚に反映されるほどの学びでしたら幸いです」


 すました顔で返されて、思わず噴き出した。


「ふふっ……なんかもう、全部バレてたんだなって思うと、

逆に、カメラよりこっちのほうがよっぽど“観られてる”気がするね」


 ミナトは静かに頷く。


「“視られること”は、“影響力”の行使です。

そこに責任が発生するのは、自然な構造です」


「……怖いけど、納得」


 蘭は少し間を置いてから言った。


「“視られる責任”って、ずっと他人事だったんだよ。

たぶん、私、自分が“選ばれた側”だと思ってた。

見られることが当たり前で、

誰かを“見下ろしてもいい立場”にいるつもりだった」


 そして、ほんのわずかに笑った。


「……ダサいよね、そういうの」


「“わかったつもりのまま”進んでいた記録、訂正されました」


「も〜〜! いちいちその“記録”ってのが地味に傷つく!」


「それが“言葉の責任”というものです」


「いや、フォローなし!?」


 蘭の声が店内に反響した。

ほかの客がちらっとこっちを見る。ようやく、店内に“普通の空気”が戻りつつあった。


 ハルカが、やわらかく笑う。


「蘭さん、最後にお聞きします。

今日の出来事を“記録として公開”なさいますか?」


「それって、配信に戻していいってこと?」


「いいえ。“記録を公開する”という選択肢は、“過去の自分に責任を持つ”という行為です。

あなたが受け止めたものを、誰かが学ぶ機会になるかもしれません。

それでも、“あくまであなたの意思”です」


 蘭は少し考えた。そして、頷いた。


「……公開するよ。

私、自分の言葉で人を笑わせて、人を傷つけた。

なら、今度は自分の言葉で、誰かの誤解を解きたい。

“笑い”って、誰かを踏み台にしなくても、きっとできるはずだから」


 ミナトが、記録端末に指を走らせる。


「分類変更完了。“演じていた加害者”より“修正中の表現者”へ」


「えっ、そんな役職みたいな変化あるの?」


「ハラカフェは、“変わろうとする人”を分類し直すのが得意です」


「初耳だし、その言い方だけちょっとやさしいの腹立つな……」


「それは“傾向”です」


「傾向!?」


 蘭が、わざとらしく頭を抱える。


「ほんともう、この店、二度と来たくない……けど、来てよかった……かも」


「それは“矛盾型情動反応”です」


「いや! それはもう、言わなくていいってば!」


 笑いがこぼれた。

それは、誰かを刺すための笑いじゃない。

誰かに“見せるための演技”でもない。

ただ、重さからふっと解放された、そんな素の笑いだった。


 蘭はスマホを手に取る。

カメラを起動する手が、少しだけ震えていたけど、それでも、まっすぐレンズを見た。


「──今日、私は、ひどいことをしてきたって気づきました。

でも、それに気づけたことが、きっと最初の一歩です」


 画面の向こうにいる、誰かへ。

かつて自分が傷つけた誰か、

そして、かつて自分が“なりたかった誰か”へ。


「だから、これからは笑わせるんじゃなくて、笑い合える人になりたい。

そう思えた、カフェの一日でした!」


 ミナトが静かに拍手をした。


 珍しい……かもしれない。


 ハルカが穏やかに言った。


「またのご来店、お待ちしております。

“言葉を使って生きる人”として」


「んー……それはちょっと、次回はスイーツとかでお願いしたいな〜」


「それは“逃避傾向”ですね」


「もーーっ!」


 蘭は思いっきり照れ笑いして、手を振った。

カメラも、心も、少しだけ軽くなった気がした。









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