第2話 宝の持ち腐れ
ミラー伯爵家の兄弟姉妹は、さすが美しい両親の血を受け継ぎ、皆見目麗しい容姿をしていた。
その中でも最も美しく育ったのは、オリエ・ミラーであった。
すらりと伸びた手足に、16歳と言えど身長は160センチも伸びて、ふわふわの金髪とまつ毛も長く、二重のくっきりした若草色の瞳をしている。柔らかそうな頬は薔薇色で、口角の上がった弾力のある唇はつやつやしている。
通り過ぎると誰もが振り返るほどの美少女であったが、彼女がオリエ伯爵令嬢であることを知っている者は、ミラー邸で働く侍女たちでもわずかしかいなかった。
なぜ、オリエの顔を知らないのかというと。
彼女はあの一件以来、変わってしまった。
オリエは、きょうだいの中でもずば抜けて頭脳明晰であった。
彼女は、鍛冶屋も青ざめるほどの武器を作ることができたし、その武器を増幅させる方法を発明し、大岩をその技能を使って叩き割る方法で力を示してきた。
そして、毎日、腹筋背筋100回以上をこなすスーパー伯爵令嬢となったオリエは、黄金比ともいえる筋肉を手に入れた。
しかし、自分の顔を見ると、両親や兄弟姉妹を思い出すので、鉄仮面を自ら作り、それをつけてさらに修行に励んだ。
鉄仮面は、あるスイッチを押すとコンパクトに縮まるという仕組みになっている。それはオリエのみが知っている企業秘密である。
おかげで、オリエの暮らすポリカ国内で、彼女に勝てる者は存在しないのではないかと噂されるほど、彼女はたくましい伯爵令嬢と恐れられるようになった。
大会と名のつく場に鉄仮面をかぶって、ミラー伯爵家オリエで届け出を出すと、ことごとく優勝をして賞金をさらっていく。
もう、オリエに敵う者はいない。
ところが、このオリエにも大きな悩みがあった。
てっぺんを目指したはいいが、国を出たことがない。
兄や姉は、どこぞの国に嫁いだとか領地を分けてもらい、子爵となっただとか、上はほとんど片付いている。その頃にはもう両親は、オリエのことなど全く気にしなくなっていた。
オリエにとっても、両親などとうの昔に捨てた身である。よって、自分もできるならこの国を出たい、と心から願うようになっていた。
「あああ……。退屈だわ……」
オリエは、ふうっと大きくため息をついた。窓枠に肘をついて、ふわふわの金髪を指に絡めて外を眺める。
鉄仮面はもちろんしていない。鉄仮面は戦いの場でしかつけない。
侍女のマーヤは、また始まったわ、とばかりにちらっとオリエを見た。
「お嬢様、ため息はよくないですよ」
「だって、つまんないんだもん」
そうでしょうね、と思う。
オリエを幼い頃から見守って来たマーヤにとって、このミラー家は徹底的にひどい人たちの集まりだ、と思っていた。
オリエをこのミラー家に閉じ込めて、どうしようというのだ。
こんなに美しく頭脳明晰の少女を放っておくなんて。
まさに、宝の持ち腐れである。
そんなある日、隣国のルテ国から、皇太子御一行がやって来た。
オリエは部屋の中から町中の歓迎の様子を見て、ぴょんぴょんとその場で飛び跳ねた。
「あれは誰? どこの国からいらしたの?」
持ち前の好奇心に火が付いた。
部屋を飛び出し、恐れを知らぬオリエはあの手この手で、父と母が歓迎しているその場に押し入り、皇太子の奥様、王妃様にすり寄ると、つぶらな瞳で王妃様を見つめた。
オリエは16歳だが、筋肉は鍛えすぎてほっそりしている。おかげで、16歳という年齢よりも若く見えた。
そして、太陽も浴びず、素顔は鉄仮面をつけるせいで肌の色は真っ白。
王妃様は、オリエの可愛いしぐさに、この子はだあれ? とたちまち興味を抱かれた。
両親は、その子は八番目に生まれた子どもです、と気のない返事をする。
すると、まだ、若くて子供がいなかった王妃様はオリエのあまりの可愛さに、うちにくる? と気安く答えてくれた。
そこで、留学という形で、オリエは突然、ルテ国へ行く事になったのである。
今すぐ、今すぐ行きたい!
オリエは善は急げとばかりに、皇太子御一行の馬車の後列に飛び乗って、自分の暮らしていたポリカ国を飛び出すこととなった。
飛び出す直前、マーヤが急いで荷物をまとめながらオリエに忠告をした。
「お嬢様」
「なあに?」
「鉄仮面は持って行ってはなりませんよ」
「ええ」
オリエはしっかりと頷いた。にっこりとほほ笑む。
ドレスのポケットから、コンパクトに縮んでいる鉄仮面を取り出す。
戦う必要などない。
オリエは本当はそう思っていた。
自分は、ただの伯爵令嬢に戻って、好きなものを見て、好きなことをやりたい。
何も強い者たちの頂点に立ちたいわけではなかった。
「もう、それはいらない。捨てておいて」
はっきりとオリエは言った。
マーヤは、鉄仮面をオリエのドレスをワードローブの奥にしまい込んだ。
これでもうお嬢様が二度と鉄仮面をつけることはないわ。
マーヤは安堵して、長い間、ご苦労様、と鉄仮面に向かってお礼を言って、ワードローブの扉を閉めた。
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