第10話

シャロンが持ってきてくれたケーキを全て平らげた悠希は食後の運動だとシャロンを連れて城の中を散策するように散歩をしていた。


「…あ」


悠希は二階にある通路の窓から中庭を見て立ち止まった。


「あれは姫様とシルヴァ侯爵令息ですね。シルヴァ様は姫様の伴侶候補のお一人です」


悠希の視線の先にはユフィと藍色の髪を持つ若い男、シルヴァがいて二人は色とりどりの花が咲き誇る中庭の中心でお茶会をしていてそんな二人を紹介するようにシャロンは口を開いた。


「あの人が…」


悠希がまじまじとユフィたちを見つめているとユフィたちは和やかに会話をしていた。


「候補ってことは他にもいるんですか?」


悠希はシャロンへと目を向け、首を傾げる。


「はい。あともう御一方…あ、いらっしゃったようです」


シャロンは答えながら中庭を手で示した。その手の先には茶髪の男がいて男は大股でずかずかとユフィたちへと近づいていく。


「あのお方はイザーク公爵令息です」


シャロンは茶髪の男、イザークを示す手を下ろした。


「あの人がもう一人の候補…」


悠希がイザークへと目を向け、まじまじと見つめているとイザークは強引にユフィの手を掴んで引っ張り始めた。ユフィはいきなりの事で困惑し始める。


「あらあら…本日はシルヴァさまの番だというのに…」


それを見ていたシャロンは困ったような顔をし、悠希は会話を聞こうと耳を澄ませてみる。


「イザーク殿。本日、お会いする約束を取り付けているのは僕のほうです。ユフィ様も困惑しておられますし、その手を離して差し上げてください」


シルヴァは慌てたように立ち上がり、抗議の声をあげる。


「黙れ!格下が俺に命令をするな!」


動きを止めたイザークは鋭い目付きをシルヴァへと向け、怒鳴り声を上げて周囲に唾を飛ばした。イザークがいう格下とは家柄のことを指しており、シルヴァは家柄のことを言われて何も言い返すことが出来ず、イザークが飛ばした唾を浴びてしまう。


「イザーク様。貴方様とは昨日お会いしました。本日はシルヴァ様とお約束しているのです。ですのでこの手を離してお引き取り頂けると…」


ユフィは振り解けない程の力で手を掴まれているのか真っ直ぐイザークを見つめた。


「そんな奴よりも俺の相手を優先しろ」


イザークはユフィの手を掴む手に更なる力を込め、ユフィは痛みから表情を歪ませてしまう。


「……お止めください」


そこへこの場にいなかったレインがすっと姿を現し、イザークの手首を掴んだ。掴む強さは骨が折れてしまうのではないかというくらい強く、イザークは思わずユフィの手を離してしまう。レインはその隙をついて掴んだ手を捻りあげた。


「いででっ!」


イザークはその痛みに思わず声を上げた。だがレインはそのままの状態でイザークの手を離すことは無い。


「っ…呪われた子」


イザークは痛みに表情を歪ませながらも鋭い目付きをレインへと向ける。


「…殿下へと無礼を働くのは許せません」


レインは淡々とした口調でそう言った。


「手を離せっ!へ、平民風情が俺に意見をするなっ!」


イザークは声を荒らげるがレインのことが怖いのか何処か怯えているように見える。


「……陛下に殿下の伴侶が見つかるまでの間、護衛を頼まれている。いわばこれは王命だ。殿下に危害を加えるのであれば陛下に頼んで候補から外すことも可能だぞ」


レインは冷めた目でイザークを見つめながら掴む手の力を更に込める。


「いででっ…折れる!折れるっ!わかったから手を離せっ!」


イザークは痛みに耐えきれず、訴えた。するとレインはその言葉を信じ、イザークの手を離した。


「くそっ…覚えてろよ!」


イザークはレインに掴まれていた手を擦りながら捨て台詞を吐き、その場から立ち去った。


「レイン殿。申し訳ありません…僕が不甲斐ないばかりに公爵家の方に手を出すことになってしまって…」


シルヴァは控えめにレインへと声をかける。


「あの程度、血を飲んでいれば直ぐに回復できるだろう。最低限の血しか服用していない殿下の方が痛みも残る」


レインは手形の痣が出来てしまっているユフィの手を見つめた。


「…シルヴァ殿。殿下の手当をしてきてもよろしいか?」


その後直ぐにレインはシルヴァへと目を向ける。


「え、ええ。それはもちろん」


シルヴァは大きく頷き、答えた。


「感謝する。直ぐに戻ります」


レインは軽く頭を下げるとユフィをエスコートするようにその場から立ち去り、シルヴァは二人を見送ったあとで椅子へと腰掛ける。


「……伴侶を決めるって大変なんですね」


一連の出来事を見ていた悠希は呟いた。


「そうですね」


シャロンは同意するように小さく頷いた。


「…やっぱり身分って高くないと伴侶候補にはなれないんですか?」


悠希はシャロンへと目を向ける。


「いいえ。身分は特に関係ありません。平民だろうと貴族だろうと姫様と愛し合い、支えてくれるのであれば問題ないのです。あの御二方が候補であるのは家柄的に支えになってくれるだろうからであって、姫様が相思相愛のお相手を見つけてしまえば候補から外れてしまいます」


シャロンは小さく頷いたあと、答えた。


「お姫様に本命はいないって事なのか…いたら即位式もやってるもんね」


悠希は再びシルヴァへと目を向けた。するとシルヴァは味わうように紅茶を飲んでいる。


「…ではそろそろ続きをしましょう」


シャロンはそんな悠希に声をかける。


「あ、はい!」


悠希はシャロンへと再び目を向け、返事をした。シャロンはその返事を聞いて動き出し、悠希はそのあとを追った。シルヴァが横目で見ていることも知らずに…

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