第3話
クロと共に談話室へと辿り着いた悠希は月華たちと対面していた。
「はい。月華ちゃん。ケーキだよ」
悠希はケーキの入った箱を月華へと差し出した。
「わーい!悠希お兄ちゃん!ありがとう!」
月華は悠希から箱を両手で受け取り、凄く嬉しそうに微笑んだ。
「リースちゃん!切って!」
そしてその後すぐに月華は、小走りでリースへと近づいていく。
「いいわよ。ついでに紅茶も入れたいから食堂に行きましょう」
リースはそんな月華の頭を撫でる。
「うん!」
月華は頭を撫でられたことで更に嬉しそうにし、大きく頷いた。そして月華はルンルン気分で足早に部屋から出ていき、リースはその後を追った。
「ケーキ、喜んでもらってよかった」
悠希は月華を見送ったあと、にっこりと微笑んだ。
「いや。あれは早く遊んで欲しいからだと思うよ」
ソファーに座り、編み物をしていた空はその手を止め、悠希へと目を向ける。
「え?」
悠希は空の言葉を聞いて微笑むのを止め、空へと目を向ける。
「持って嬉しいって気持ちはあると思うけど月華的には早く食べて遊びたいって気持ちの方が強いよ。きっと」
空は悠希と目が合うなり、苦笑する。
「そっか…まぁどっちでもいいや。結果的には喜んでくれてるから」
悠希は楽しそうにする月華を想像し、再び微笑んだ。
「……ところで悠希くんの頭に乗っている烏のことなんですけど、もしかして大輝たち帰ってきちゃってる?」
空は悠希の頭に乗っているクロを見て首を傾げた。
「え、あ、はい。どっか行っちゃいましたけど帰ってきてます」
悠希は微笑むことを止め、小さく頷いた。
「そっか…どうしよう…」
空は困ったような表情をし、編み物へと目を向ける。
「編み物ですか?」
空へと近づいた悠希は覗き込むように空の手元を見た。
「うん。ご褒美にマフラーを編んでいたんだけどもう帰ってきちゃったんだよね…予想では帰ってくるのもう少し遅いと思ってたんだけど」
空は悠希のことを一度見たあと、作りかけのマフラーを見て溜息をついた。
「見た感じもう少しじゃないですか?やり方を教えてくれるなら手伝いますよ」
悠希はマフラーをじっと見たあと、空へと提案をする。
「…ありがとうございます。でも気持ちだけ受け取っておきます。これは僕が作らないといけない物だから…なので彼女が来たら正直に遅れると伝えることにします」
空はマフラーを見て考えたあと、悠希の提案を断ってにっこりと微笑んだ。
「そうですね。ご褒美ならその方がいいかもしれませんね」
悠希は空に向かってにっこりと微笑み返す。
「空ぁ!ただいまぁ!」
クロが悠希の頭から離れるように飛び去った。悠希が微笑むことを止めてそんなクロを目で追うとそこには頬を腫らした大輝とロマリアの姿があった。クロは大輝の頭の上へととまり、それとほぼ同時に空の姿を見て目を輝かせたロマリアが叫びながら空へと飛びついた。
「っ!」
腫れている大輝の頬を見て驚いていた空は避けられず、ロマリアに飛びつかれてしまう。
「…あれ?天月さん、いないんっすね」
ロマリアを見て呆れていた大輝は天月がいないことに気がつき、声をもらした。
「天月ならあの方のところだよ」
ソファーに座り、漫画を読んでいたルシュフが大輝に応じるように口を開いた。
「それじゃ邪魔できないっすよね。どうしよう…」
大輝は考える素振りをみせる。
「どうかしたのかい?」
指を挟んだ状態で漫画を閉じたルシュフは大輝へと目を向ける。
「…薬を紛失してしまいまして…確か天月さんが予備を持ってましたっすよね?」
考えるのを止めた大輝はルシュフへと目を向ける。
「あーあれね。使用してしまってないんだ…」
ルシュフはそんな大輝に向かって気まずそうに答えた。
「えっ…ないんっすか?」
大輝はルシュフの返答に大きく目を見開き、焦ったように声をもらした。
「…あれ?大輝も予備を持っていたはずだよね?」
真顔でロマリアに抱きつかれていた空は不思議そうな顔をする。
「そこの馬鹿に捨てられたんっす」
大輝は目を細め、その目をロマリアへと向ける。
「また言った!ボクを馬鹿にするからいけないんだ!馬鹿にしなかったら捨てなかったさ!」
ロマリアはムッとして頬を膨らませる。
「……ロマリア。大輝にとってあれは大事なものだってわかっている筈だよね?馬鹿にされたぐらいで捨てたの…?」
話を聞いていた空はロマリアへと目を向け、真顔でロマリアのことを見つめながらいつもより低めの声で問いただし始めた。
「だ、だって…」
ロマリアは空の声を聞いて怒っているのだと直感し、ビクッと体を震わせる。
「だってじゃないよ。ボク、ちょっと行ってくる!」
空はロマリアを強引に引き離して立ち上がる。
「駄目!せっかく帰ってきたのに離れちゃヤダ!」
ロマリアはそんな空にギュッと抱きついた。
「それならば俺が行こう」
ロマリアを引き離そうとする空とそんな空に必死になってしがみつくロマリア。その話を部屋の外で聞いていた琅がそう言いながら部屋の中へと入ってくる。
「駄目っす!主の手を煩わせるなんて…それに俺が帰ってくる間、主には月華との時間を大切にして欲しいっす!」
大輝はそんな琅に向かって力説をする。
「…そうなると悠希に行ってもらうことになるね。天月は行けないだろうし」
大輝の力説に琅は困り、そんな琅を見てルシュフが口を開いた。
「そうっす!行ってきてくださいっす!」
大輝は悠希へと目を向け、期待に満ちた眼差しで悠希のことを見た。
「い、いいですけど…月華ちゃん泣かない?遊んでもらうの楽しみにしてたんだよね?」
悠希は話の流れで契約者でないと行けない場所なんだなと思いながらも月華のことを心配する。
「そこは父親である主に任せるっす!」
大輝は琅へと目を向ける。
「……わかりました。それでどこに向かえば?」
悠希は琅がいるのなら大丈夫かと思い、問いかける。
「その案内だけは俺がしよう。目を閉じて俺と同じ世界へ行きたいと願え」
琅はそう言うと目を閉じた。それを見た悠希は慌てたように目を閉じ、強く願い始める。
「…悠希。レインによろしく」
琅と悠希が光に包まれ消える寸前、ルシュフは思い出したかのように口を開いたが直ぐに消えてしまった為、ルシュフの言葉が悠希に届いたかは分からなかった。
「……それで大輝。その頬はどうしたの?腫れているみたいだけど」
悠希たちを見送った空は大輝へと目を向け、首を傾げた。
「え、ああ。そこの馬鹿のせいで殴られたんっすよ」
大輝は空にくっついて擦り寄っているロマリアを指さした。
「ロマリアの?」
空はロマリアへと目を向ける。
「美味しそうな甘ったるい匂いをさせてる女…清香っていったっすか?そこの馬鹿が帰ってきて早々、清香に襲いかかったんっすよ。飛び膝蹴りして止めたっすけどそのあと俺が清香に何かしたと思ったらしくて見覚えのない男…多分ライトって奴に殴られたっす。おもいっきり」
大輝は頬を擦りながら経緯を説明する。
「…その話、本当なの?」
空は真顔でロマリアを見つめる。
「う…美味しそうな匂いをさせてるのが悪いんだもん!ボクは悪くない!」
ロマリアは空の表情を見て気まずそうにしながらも叫んだ。
「……僕、ロマリアのそういうところ嫌い。ご褒美は当分お預けね。わかった?」
空はロマリアの態度に少し怖い顔をする。
「っ…わかった」
ロマリアは空に嫌いだと言われてショックを受け、落ち込んでしまう。
「…話を聞く限り、もしもの時のことを考えてロマリアには空を…彼女にはライトをあてがっておいた方がいいかもしれないね」
黙ってやり取りを見ていたルシュフは唐突に口を開いて提案をする。
「そうっすね。それがいいと思いますっす。俺は主の代わりに外回りに出るっすからもしもの時はよろしくっす。ルシュフさん」
大輝は真剣な眼差しでルシュフのことを見つめ、提案にのった。
「心得たよ。大輝。だけど君も気をつけなよ」
ルシュフは心配そうに大輝のことを見つめる。
「大丈夫っすよ。クロもいるし、それに俺のことは俺が一番知っていますっすから」
大輝はそんなルシュフに対し、にっこりと微笑んだあとでクロの頭を撫でたのだった。
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