日曜日の朝
esquina
日曜日の朝
日曜日の朝食は、コーヒーを二杯に、ゆで卵だけと決めている。二日酔いで、それ以外は受け付けない。テレビを見る気にはならず、ラジオを聴くのが常だ。
私はいつものようにラジオのスイッチを入れたが、苦手なハードロックの歌が流れてきた。
「うわ。うるさい…」
反射的にスイッチを切った。しかしその時、ふとある記憶が蘇った。
中学二年生の時だ。
私のクラスは三十数人で、男女比率はほぼ同数だった。都会にある中学校だったので、生徒たちは流行りものが好きで、少しませていたと思う。
その日は、バレンタインの翌日で、昼食のお弁当を食べながら、おしゃべりをしていた。
ふいに教室の真ん中辺りで、大きな笑い声がした。
「まじか!はははははは!お前、本田からチョコもらったの!?うわぁエロい」
声の主は中沢孝介だった。彼の声は、特に笑い声が大きくて、隣のクラスまで聞こえるほどだった。
エロいと言われた坊主頭の男子は、耳まで赤くなって、座ったまま正面を見ていた。中沢君には、それがおもしろかったのか、大声で笑い続けていた。
するとその時、教室のすみで、細い悲鳴みたいな声がした。
声の主は、勇気を出してチョコレートを渡した本田さんだった。両側で編んだ三つ編みが、彼女の震える肩といっしょに揺れていた。一瞬にして皆黙り込んだ。
「いっつもうるせぇんだよ、お前の声が。だまれ中沢」
突然、及川慎二が沈黙を破った。
彼は陸上部のエースで、女子によくモテていたけれど、基本的に無口で普段はあまり話さなかった。だから、すごく驚いたのを覚えている。
悪いことに、この後また誰かが追い討ちをかけた。
「ほーんと。まじうるさい。きめぇんだよ。《がははははは》って!お前の笑い声聞いてると、メシがまずくなるから、もう笑うな」
中沢君は目を丸くして聞いていたが、みるみる表情を変えて黙り込んでしまった。
そして、この一件から、中沢君は本当に笑わなくなってしまった。
いや、それどころか、彼は一言も話さなくなってしまった。しかし受験を控えた私は、そんなことがあったことすら忘れてしまって…結局、彼の声を聞かないまま卒業した。
中沢君は、本当にあの一件が原因で、話さなくなってしまったのだろうか?
再びラジオのスイッチを入れた。
このボーカルの声は、私にはとんでもなく騒々しく聞こえる。でも、この声は紛れもない彼の個性で、変えられない彼の一部だ。
あの時、私はどうしていたら、自分を愛せたのかな。
ーーーただ、彼の肩を叩いてあげれば良かったな。
ラジオで、曲の終わりに向けて、ロック歌手が「愛」をシャウトしている。
そうだ、ただ愛を込めて、肩を叩いてあげるだけで良かったんだ。
私は、二杯目のコーヒーを入れるために立ち上がった。
それから、自分の肩をポンポン、と叩いてあげた。
日曜日の朝 esquina @esquina
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