第2話 姉とのデートそのいち with 明日香

  ◇



 ……翌日。


「お待たせ」

「おう」

 土曜日。俺は駅前広場で、明日香姉と待ち合わせをしていた。俺は週末になると、高確率でどちらかの姉と出掛けていた。今日は明日香姉だが、明日は美紅姉と出掛ける予定である。

「……いつも思うんだけどさ」

「何よ?」

「わざわざ外で待ち合わせる必要なくね?」

 俺は前から疑問に思っていたことを口にした。姉と出掛ける、それ自体は別にいいのだ。でも、一緒に住んでいるんだから、一緒に家を出れば済む話である。何故わざわざ外で待ち合わせるのか。

「あんたねぇ……女の子とデートして、服装を褒める前に言うことがそれ?」

「デートて」

 果たして姉弟でデートが成立するのか。その点も気になったが、姉たちが一緒に出掛けることをデートと呼称するのはいつものことなので、そこはまあいい。

「服装って言っても、いつもと似たような感じじゃん」

 明日香姉が纏っているのは、黒いフリフリのドレス。いわゆるゴスロリ系のドレスだ。髪はツインテールにした上で黒いリボンで結わえ、バッグも黒と、全身黒尽くめ。何なら眼鏡も黒縁という徹底ぶりだ。明日香姉はこの手の衣装を好んで着ることが多いので、いつも通りとしか言いようがない。

「はぁ……一応、この服はまだあんたの前で着たことないんだけど」

「え、マジ?」

「マジよ」

 明日香姉に言われるも、普段の服と何が違うのか全然分からん。まだ色とか柄が大きく違えば分かりようもあるが、明日香姉の服は基本こんな感じなので余計に分かりにくいのだ。

「というか、例えいつもの服でも、とりあえず褒めときなさいよ。女の子はデートのために色々準備してるんだから。そういう努力に気づいてるアピールがあるのとないのとでは、女の子側のテンションが全然違うのよ」

「そういうもんなんか」

「そういうもんよ」

 姉と遊びに行くだけのはずなのに、何故か説教される。明日香姉相手だと珍しいことでもないけども。

「いつも言ってるでしょ? 女の子はちゃんと女の子扱いしてあげなさいって。これもその一環よ」

「そうは言うけどさ……そもそも姉を女の子扱いってどうなん?」

 前々から疑問に思っていたことだったので、俺は思い切って聞いてみることにした。俺と明日香姉は姉弟だ。姉と弟、確かに一応は異性だけど、それ以前に家族だ。家族を女の子扱いするのってどうなんだろうか……?

「全く……あんた、女心が学校の科目にあったら間違いなく留年してるわよ」

「そこまで言う……?」

「まあ確かに難しい話だけども……そんなあんたでも分かりやすく、ロジカルに解説してあげるわ」

 説教をしながら、明日香姉が急に教師モードになった。女心をロジカルに解説するなんて、そんなフレーズが飛び出すのは明日香姉くらいでは?

「確かに私たちは姉弟よ。恋愛対象にはならないし、性的な目を向けられるのなんてもっての外だわ」

「性的て……」

 当たり前のことを言われただけではあるが、あまりに生々しい単語が出てきて困惑する。でも、明日香姉は気にした様子もなく続ける。

「でも、女の子扱いされたいかって言われたら別よ。少なくとも私は、例え弟相手でも女の子扱いされたいわ」

「そういうもんなん?」

「そういうもんよ」

 つまり、と人差し指を立てながら明日香姉は続ける。

「女の子として見られたい度合いをx、恋愛対象として見られたい度合いをy、性的に見られたい度合いをzとすると、あんたに対するベクトル(x,y,z)は、数値化するなら(100,-100,-100)って感じかしら」

「女心を三次元ベクトルで表現するなよ」

 明日香姉はバリバリの理系だ。テスト勉強や高校受験の際はみっちり教え込まれたのだが、脱線も多くてかなり高度な内容まで叩き込まれた。お陰で高校レベルの数学はほぼマスターして、この前の実力テストも数学だけは満点だったのでそこは感謝しているのだが……それもあって、明日香姉が言わんとすることは分かる。だが、女心を数学で表現する人間を明日香姉以外見たことがない。

「何よ、この上なく分かりやすいじゃない。女心と秋の空なんて言葉があるけど、空模様だって気象学の範疇なんだから科学的に説明できるでしょ」

「んな無茶苦茶な……」

 だけど、下手な感情論よりはずっと理解しやすいのも事実なので余計に性質が悪い。抗議したいのに、論理的に反論できないというもどかしさがある。

「それで、最初の話に戻るけど。外での待ち合わせはデートの雰囲気作りに大事でしょ。そうしないとデートっぽくないわ」

「雰囲気って……」

「大事でしょ、雰囲気は。情緒とか風情とか、ロマンチックさとかムードとかって言い換えてもいいけど」

 雰囲気や風情が大事という考え方は分かるが、姉弟出掛けるのに、そこまで重視する必要があるのか。

「いい? デートの楽しさは雰囲気に、加速度的に比例するの。雰囲気を損なったら、楽しさも激減するでしょ。雰囲気が半減したら、楽しさは1/4よ」

「っていうかそもそも、姉弟で出掛けるだけなのにデートって……」

「デートよ。男女で出掛けたらそれはデートよ。これも雰囲気の一環よ」

 理系の癖に、やたらと言葉に拘る明日香姉。何が彼女をここまでさせるのか。

「分かったよ、俺が悪かった」

「分かればよろしい」

 ともかくこれ以上言い合っても埒が明かないだろうし、時間も勿体ないので、俺は大人しく白旗を揚げた。

「じゃあ、ほら」

「あぁ……はい」

 明日香姉に促されて、俺は右肘を差し出した。すると、そこを明日香姉が掴んでくる。どう見てもエスコートである。……昔は姉たちと出掛けるときは手を繋ぐことが多かった。けれど俺が中学に入って背が伸びた辺りから、明日香姉はこうやってエスコートをさせてくるようになった。腕を組むまではいかなくてもそれなりに恥ずかしいのだが、明日香姉の圧に屈してこの習慣が出来上がったのだ。ちなみに、美紅姉はもっとガッツリ抱き着いて来る。

「あ、そうだ」

「何よ?」

 そうしていよいよ出発、といったところで、俺は忘れていたことを思い出した。

「その服、似合ってるよ」

「……馬鹿」

 服を褒めろと言われて未だに言及してないことに気づいたので褒めたのだが、明日香姉はそっぽを向いてしまった。でも、腕に込められた力が僅かに強くなったのを感じて、照れているのは容易に理解できたのだった。


「んで、今日はそれ?」

「ええ」

 俺たちがやって来たのは、行きつけのゲーセンだ。目の前にあるのは、ガンシューティングゲームの最新筐体。……明日香姉の趣味はFPSゲームで、それはゲーセンのガンシューティングも守備範囲に入っている。故にこうして、それなりの頻度でゲーセンに足を運んでいるのである。

「さあ、やるわよ」

 明日香姉は筐体にコインを投入すると、コントローラーである銃を手に取った。楽しみにしていた最新タイトルだけあって、気合い十分のようだ。

「ああ」

 俺も銃を握って、明日香姉の隣に立つ。初見のタイトルだけど、明日香姉に付き合わされて俺もそれなりにこの手のゲームが得意になったので、大丈夫だろう。



「ふぅ……結構歯応えあったわね」

「そうだな……」

 銃を下ろす明日香姉に、俺はリザルト画面を見ながら相槌を打った。……ステージそのものはクリアしたものの、俺と明日香姉ではスコアにかなり差が出ている。俺がBランクなのに対して、明日香姉はSランクだ。クリアすれば最低限Bランクは取れるので、俺は本当にギリギリクリアしただけである。でも明日香姉はSランク―――ノーミスでの高得点を記録している。二人プレイのスコアはプレイヤー両方の合計になるのでランキング圏外になってしまったが、明日香姉一人なら余裕でランキング入りしていただろう。

「悪い、足引っ張った」

「いいわよ別に。初見でクリア出来たなら上出来よ」

 謝罪する俺に、明日香姉は気にした風もないように答えた。

「……そもそも、あんたと遊ぶのが目的なのであって、ランキング入りを狙ってたわけでもないし」

「明日香姉……」

 そして続いた言葉に、俺は思わず目を見張った。……明日香姉は割ときつい言動が多いが、別に悪い人間ではない。むしろ、家族には優しいし、割と寂しがり屋なところもある。それを、改めて思い出したのだ。

「ほら、次行くわよ。プリ撮って、クレーンゲームも荒らすわよ」

「荒らすて……」

 照れ隠しなのか、大暴れする気満々な明日香姉に腕を引かれて、俺はゲーセンを遊び尽くすのだった。

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