碧天の雨 番外小話集
鴻上ヒロ
姉さんは下手すぎる
中学時代のお話。
僕が小学生の頃、延々と遊んでいたゲームがあった。『ロックマンゼロ』シリーズだ。子供の頃はゲームを頻繁には手に入れられないため、アクションゲームを何度も何度もプレイすることになるというのは、よくある話だと思う。
アクションゲームは一周あたりのプレイ時間が短いから、特に周回が多くなりがちだ。RPGと比べると気軽に周回できるということもあり、所持しているGBAソフトのなかで最も起動回数が多かったと思う。
中学生になり少し頻度が減ったものの、久しぶりに遊びたいと思って、GBAと初代ロックマンゼロをカバンに入れて姉さんの家に行った。
姉さんがエロゲをする隣で、僕はゼロを遊んだ。
すると姉さんがエロゲを中断して、画面を覗き込んできた。ソファに座っている僕の後ろから覗き込むものだから、胸は当たるし距離は近いし照れてしまってプレイが雑になったのを覚えている。
「面白そう! やってみたいっちゃけど!」
姉さんの言葉を、僕は鼻で笑った。
「いやあ……無理やろ」
「なんでよー!」
姉さんは、ゲームが下手くそだ。アクションゲームは特に下手で、初代マリオすら、クリアするのにかなり時間がかかるくらいには下手くそだ。カービィでも死にまくる。カービィが死にゲーになっているのを見たのは、姉さんのプレイを見て以来一度もない。
カービィって、ゲーム初心者でも簡単にクリアできるよ? まあ隠し要素まで全て見つけてトゥルーエンドを目指すとなると、探索が少しむずかしいけど、そんなゲームオーバーになりまくるゲームじゃない。
姉さんにかかれば、全てのアクションゲームは一般的なゲーマーにとってのソウルライクゲームと同じくらいの死にゲーになってしまう。
だから僕は、無理だと思って笑ってしまった。
するとムキになるのが、姉さんだ。僕から半ば強引にGBAをひったくり、勝手にニューゲームをはじめてしまった。
仕方がない。こういう人なのだから。挑発した僕が悪いと納得して、姉さんのプレイを見守ることにした。
「ふっふっふ、私も成長したんだよヒロくん」
「どうだかなあ」
「まあ見てなって、ヒロくんの見てた感じ簡単そうだし」
姉さんがふふんと鼻を鳴らした。画面はまだ最初のムービーだ。シエルがパッシィの力を使ってゼロを解放したあたりで、僕はこう思った。
慣れた人間のプレイは、見ていると簡単そうに見えるんだよなあ。
そうこうしているうち、ロックマンXから続く伝統の一つであるオープニングステージが始まった。ゼロは最初バスターしか撃てず、彼の代名詞であるセイバーは使えない。
オープニングステージは短いうえに敵の配置も優しいが、姉さんは結構被弾していた。加えて後ろをついてくるシエルも何度も「きゃっ」と悲鳴をあげる始末。シエル様はどれだけ被弾しても死なない無敵だが、被弾させまくるとクリア後に表示される評価が下がる。
「クソ蜘蛛めー! なんねこいつ!」
「まあ最初は蜘蛛は避けにくいよね」
満身創痍で辿り着いたチュートリアルボス。ビームを放ってきて天井を崩壊させ、瓦礫を降らせる攻撃をしてくる。ビームにはもちろん、振ってくる瓦礫にも当たり判定があるが、上手い人なら初見ノーダメクリアも普通に狙える雑魚だ。
姉さんは、なぜか敵に体当たりして死んだ。
「ええ……近接武器ないのになんで突っ込んだん」
「力みすぎてR押しちゃった(間違えてダッシュしちゃった)」
「ギリあるある」
「ギリなの!?」
続く二回目の挑戦で倒せはしたけど、やっぱり満身創痍。それでもセイバーを手に入れてご満悦の姉さんは、初見の人を葬り去ってきた最初のミッションへと赴く。
本作はミッションクリア型のアクションゲームで、同じステージにも違うミッションで何度か訪れる。攻略順は、ある程度自由だが、最初のミッションだけは決められている。
ここには画面外から急に現れて体当たりしてくるスパイクタイヤの敵、上空から撃ってくる敵が出てくる。道中だと、この二体にやられる人が多いが……姉さんも例に漏れずやられていた。
次は即死トゲで死亡し、オープニングステージで死んでいたこともあり一度ゲームオーバーに。
リトライしてまた即死トゲにハマリ、次の残機でなんとかボスまで辿り着いたが、やっぱりまたまた満身創痍。
このボス、アステファルコンというのだけど、最初のミッションのボスにしてはやたらと強いうえに時間制限があるという本作を象徴する強敵だ。
姉さんは、一瞬でやられた。
「わー!」
「うわあ急に耳元で叫ぶな」
「もっかい!」
そして、十数回の死亡の後……。
あと一歩というところで、時間制限が来て敗北した。
「なんで最初のミッションやのに時間制限あるんや!」
「それは僕もそう思う」
「なんてメーカー?」
「インティ・クリエイツ」
「おのれインティ……今に見てろよ!」
その後、またまた十数回の死亡の後……漸くアステファルコンを撃破した姉さんは、静かに僕にGBAを返却し、天井を仰いだ。
「ごめん、私が間違っとった」
「わかればよろしい」
「だけど面白いけんまたやらせて」
「貸したろか?」
「うんっ! あ、ソフトだけ借りるね! GBAなら持っとるし!」
このあと、姉さんの家に行く度にGBAを持って叫ぶ彼女の姿を目にすることになるのだった。毎日やり続け、続け、続け……結局クリアしたのは1ヶ月後だった。
クリアの場面に立ち会えたんだけど、普通にめちゃくちゃ感動した。泣いた。姉さんも瞳に涙を滲ませていた。
僕は1時間あればクリアできる。姉さんは一体何時間かけたかわからない。それでも、諦めずに挑戦し続けてクリアしたのだ。これが泣かずにいられるか。
「ねね、2も貸してくれん?」
「……わかった」
そう言うと思って持ってきていた2作目をカバンから出し、僕は泣きながら渡した。また姉さんの果てしない挑戦が始まるのかと思うと、涙はもっと溢れてきた。
流石に毎日やるのは飽きたようで、姉さんがシリーズ4作品全てをクリアする頃には、僕は中学を卒業していた。
僕がやれば、4作品全て通してでも1日集中してやればクリアできるだろう。
やっぱり、姉さんはゲームが下手すぎる。下手にも限度ってもんがあると思う。
だけど、それだけ下手なのにアクションゲームは嫌いじゃなかった。むしろ好きな部類なようで、アクションゲームが好きな僕の持つソフトを昔からよく遊んでいた。
結局、ゼロシリーズが彼女に貸した最後のタイトルになってしまったけど、探索型以外だと一番好きなシリーズだから、姉さんが遊んでくれるのは僕は嬉しかった。
ちなみに、ロックマンゼロは数多の2D横スクロールアクションゲームのなかでも、探索型を除けば難易度ランキングは上位にあたる。
碧天の雨 番外小話集 鴻上ヒロ @asamesikaijumedamayaki
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