第5話 事故物件②

「幽霊さんまだかなぁ」

 コタン様は、まるで人間の子供がサンタクロースを待つ時の様な気持ちで、霊が出るのを待っています。

 

 あれから三日経ちました。

 もしアパートに地縛霊がいるのなら、話し合いたいと思ったのです。


 私達魔族にとって、霊体は身近な存在です。自らの霊体を肉体から離脱させ、他人の肉体に入り込む事も可能です。

 ならば、霊体と交渉する事も可能でしょう。


 午前二時に起き、午前四時まで過ごす日々。 しかし霊は一向に現れません。

 霊が出ないとしたら、ただの格安物件と言う事になってしまいます。


「これでは、事故物件じゃやくて、エコ物件だ。これ程エコノミーな物件は無いぞ」

 コタン様も上手いこと言っています。


 長期戦になりそうですが、私はコタン様に従うだけなので、黙々と待つ事に決めました。

 

 そんな事を考えていたら、突然玄関のドアがドンと鳴りました。  

 私達は身構えましたが、「ニャア」と言う鳴き声が聞こえて来ます。

 『何だ猫か』とガッカリしたのですが、それは猫の様で、猫では無かったのです。


「この部屋から出ていけぇ。さもニャイと呪い殺すぞぉ」

 と、脅し文句としては、何とも可愛らしい声が聞こえて来ました。

 

 ここからのコタン様の動きは、あまりにも早過ぎました。

 コタン様は、あっと言う間に玄関まで辿り着くと、施錠されたドアを、施錠されたまま強引に開け、その扉の先にいた妖怪が呆気に取られている隙に、腕を払い除け、襟首を掴み上げました。


 私には事が終わった後に、ストッパーが弾け飛んだ時の爆発音が、遅れて響き渡った様に感じました。

 

 コタン様が掴み上げているのは、巨大な猫の妖怪、猫又でした。

 巨大と言っても、コタン様が掴み上げられるくらいなので、1m20cmくらいですが。

 花柄のワンピースを着ているのでメスかも知れません。

 

 どうやらこの部屋に棲みついていると言う幽霊は、この猫又の様です。

 

 一瞬の内に囚われの身になったので、訳がわからず間抜け顔を浮かべています。

 

「おい、たかが猫又のくせに、この俺に命令するとは、どういうつもりだ?」

 コタン様の声には怒気が含まれていました。 確かにこの猫又は、「呪い殺すぞぉ」などと王子に対して許され無い発言をしました。


「あ、あなた様は、どちニャ様ですか?」

「俺は、魔界王子コタンだ」

「魔王様のご子息でいらっニャイましたか?知らニャイ事とは言え、大変失礼致しましニャ」

 必死に謝るこの猫又を、私はどこかで見た事がありました。

 確かジタン様の兵の中にいた様な?

 

「猫又よ、私はショージンです。お前は確かジタン様の配下の者でしたね?裏切り者が一体ここで何をしているのですか?正直に話しなさい」

「ショージン様でしたか?気付きませんでしニャ。お久しぶりです。あのぉ、お答えします。お答えしますから、まずは、降ろしてくれませんニャ?」

 首をつままれ、口を聞くのも大変そうでした。

 しかし自業自得なので、私は同情しませんでしたが、コタン様なら許してくれるでしょう。

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