第40話 クロと闇の使命
「光闇戦争は光と闇の均衡のためとはいえ、我が封印されたことで再びバランスが取れたと思っていたニャ。だが……今の世界は光ばかりに偏り、闇の居場所などほとんど無いように見える。封印されていた間に、一体何があったのだ?」
我は問いかけた。マクスウェルは、王座にもたれかかるようにして目を細めた。
「……聖魔戦争だ。おまえが眠っている間に、光と闇は再び剣を交えた」
聖魔戦争――。その名は、ミズホやエリンからも断片的に聞いたことがある。あの戦いの果てに“ホーリーライト”なる組織が台頭した、と。だが、詳細は語られなかった。まさか、その裏に我の力が関わっていたとは。
「……どういうことニャ?我が封印されていた間に、そんな戦が起きていたと?」
マクスウェルはため息をつき、低く語る。
「始まりは、一人の魔導士だった。後に“魔王”と呼ばれる存在だ。そやつが侵略の狼煙を上げ、戦火は異界にまで及んだ。そして――おまえの持つ闇を利用していたのだ」
「な……に……?我の闇を?」
信じられぬ言葉に、背筋が凍る。だが思い返せば、腑に落ちぬことが多すぎた。ミズホと契約したとき、我は完全な姿に戻れなかった。封印が解かれたはずなのに、力は半ば削がれ、姿も昔のものに退行していた。
「……封印が解けても力が戻らなかった理由。それは、我の闇が利用されたせい、ということかニャ」
「その通りだ。魔王が何を望み、どこまで闇を求めたのか、すべてを知る者はいない。だが結果だけは確かだ。聖魔戦争は光と闇の対立を決定的にし、“闇”は絶対悪として刻まれた。闇に属するものは狩られ、恐れられ、排斥され……そうして、今に至る」
我は言葉を失った。闇が消えれば、光も存在できぬ。互いに支え合うことで均衡を保つ。それが真理であるはずなのに……人も精霊も、愚かすぎる。
「……おまえと契約したミズホとかいう娘。本当に大丈夫なのか?」
マクスウェルは真顔で問うてきた。
「闇を背負う道は険しいぞ。まして今の時代なら、なおさらだ」
我は短く息を吐いた。ミズホの笑顔、涙、決意――すべてが脳裏に浮かぶ。
「……大丈夫だニャ。ミズホは言ったのだ。『闇にも役割がある』と。彼女は光を羨まず、闇を恥じず、真正面から受け止めようとした。その未来を、この目で見届けたいと思った。それが、我が彼女と契約した理由だ」
「……なるほどな。おまえにしては、随分と軽い理由だと思ったが」
マクスウェルは苦笑した。だが次の言葉は重みを帯びていた。
「だが――それこそが、おまえにふさわしい契約者なのかもしれん。よき者に出会ったな」
あのマクスウェルがそう言い切るのだ。ミズホという少女は、やはり只者ではない。……もっとも、本人に告げれば間違いなく調子に乗る。ここは黙っておこう。
「さて。朗報を伝えねばなるまい」
マクスウェルの声が厳しく響く。
「おまえたちがやるべきことは、はっきりしている。――光と闇のバランスを取り戻せ。このまま闇が消えれば、世界は歪み、やがて崩壊する」
「単純に聞こえるが、どうやるニャ?」
「この世界には、火・水・雷・光・闇の五属性を司る五つの塔がある。それぞれに祭壇があり、均衡を保つための器となっている。だが、闇だけが著しく弱っている。おまえと契約者の娘に、その祭壇へ闇の力を注いでもらいたい」
……具体的で、分かりやすい使命だ。だが容易ではない。マクスウェルはさらに言葉を続ける。
「無論、障害は尽きぬ。ホーリーライトの妨害は必至だ。穏健派と呼ばれる者もまだ存在するが……今や三割に満たん。七割は強硬派だ。つまり、世界の大半が敵に回る」
……アマンダやルーサーから聞いた話より、はるかに厳しい現実だ。クロスボウで心臓を撃たれたような感覚が胸を刺す。
「やれやれ……」
思わず、口からため息が漏れた。
「我が思っていた以上に、大変な旅になりそうだニャ」
だが同時に、不思議な高揚感があった。光と闇の均衡を取り戻す――その使命は、ミズホにとっても我にとっても、存在意義そのものになる。
どれほどの敵が立ちはだかろうとも、我らは進む。
ミズホの瞳に映る未来を信じて。
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