第22話 エリーと飾らない自分

黒いフードの集団から逃れて、私たちは魔道都市の路地裏へと駆け込んだ。息を整えながら、周囲の気配を探る。――どうやら、追っては来ていないみたい。


「逃げ切ったみたいね。大丈夫だった?」

「え、ええ……ありがとう、篠崎さん」

「ミズホでいいわよ。確か、エリン王女だよね?」


その言葉に、私は思わず苦笑した。やっぱり、そう呼ばれるのね。


「うん、そう。でも、今日は“ただのエリン”ってことでお願い」


「ふふっ、了解♪」


その笑顔。ほんの少しの気恥ずかしさと、まっすぐな親しみが滲んでいた。ああ、やっぱり……この子のこと、気になる。惹かれてしまう。


「そういえば……どうしてあの場所にいたの?」


私が尋ねると、ミズホは肩をすくめて、「うーん……諸事情っていうか……まあ、いろいろ」と曖昧な返事をした。なにか裏がある気もするけど――そのとき。


「見つけたわよ、ミズホ!今日こそは大人しく捕まりなさい!」


鋭く、けれどどこか聞き覚えのある声が後ろから響いた。振り返ると、案の定――九段シキ。鬼のような形相でこちらに迫ってくる。


「げっ……シキもしつこいわね……」


ミズホの顔が引きつる。どうやら、またやらかしたらしい。


「あなた、また男子生徒をぶっ飛ばしたらしいわね。しかも相手は――」

「知らないわよ、そんなの!先に絡んできたのは向こうよ?平民だからって馬鹿にされてた子がいて、助けただけだもん!」


……後から聞いた話によると、貴族の生徒が平民を見下していて、ミズホはそれに怒って飛び込んだらしい。


危ない橋を渡ってる。けれど――。


「待って!……その子を責めないで。私、彼女に助けられたの。今こうして無事でいられるのは、彼女のおかげなの」


私の言葉に、シキは目を丸くして、しばし沈黙した。


「……エリン様がそう仰るのなら、今回は特別に見逃します。でも、ミズホ、彼女に感謝しなさいよね!」


「へーい……」


まったくもう、ミズホもシキも、どこか似た者同士だわ。


シキが去ってから、私は思い切って言った。


「……実はね、ミズホ。あなたとゆっくり話してみたいと思ってたの」


「えっ、ほんとに?なんか、王女様にそんなこと言われるなんて、光栄だわ~」


「……だから今日は“ただのエリン”って言ったでしょ」


「ははっ、ごめんごめん。……あ、じゃあさ!カフェでも行かない?ゆっくり話すには、落ち着ける場所がいいよね?」


案内された先は――なんと、私がついさっき立ち寄っていた、お気に入りのカフェだった。


「私、ここのコーヒー好きなのよね~」


「私もよ。特に、チーズケーキが絶品で……疲れたときに来るのが、ちょっとした楽しみなの」


「へぇ、エリン様もここに通ってたんだ。私はね、ここのシュークリームが好きなんだ~」


すると、ミズホがニヤリと意味深な笑みを浮かべる。


「おっ、じゃあ議論しちゃう?」


「……議論?」


「知らないの?この店、チーズケーキ派とシュークリーム派で、“どっちが至高か”って常連の間で盛り上がるのが恒例なのよ!」


ああ、思い出した。以前にもそんな賑やかな声を聞いた記憶がある。


そして――始まってしまった、*「チーズケーキ vs シュークリーム」*論争。


時に真剣に、時に笑いながら。

私たちは本気でそれぞれの“推しスイーツ”を語り合った。


不思議だった。


誰かとこんなふうに言葉を交わして、肩肘張らずに笑い合って。

王女でも、優等生でもない“私”として、ちゃんとここにいられることが。


……ミズホと一緒にいると、飾らない自分でいられる。


そのことが、どれだけ嬉しいか。

彼女の隣にいると、私は少しずつ――自由になれる気がした。


そして気づいた。

この日を境に、私たちの距離は――確かに、変わり始めていたのだと。

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