エピローグ 語り継ぐ者
旅は、終わった。
ジーンは、静かな広場の端に立っていた。
祠の裏手、ひっそりと佇む名もなき像の首には、
色あせたオレンジのバンダナが巻かれている。
それは本来の持ち主のもとへ戻った。
彼女がずっと巻いていたそれは、思いがけず、
かつてクロノが青年に託したものだった。
ジーンは静かに装置を見下ろす。
今はもう、何の光も音もない。
それでも、彼女の手の中で、その重みは確かだった。
誰にも知られなかった勇者の記録。
語られることのなかった、確かな“心”。
ジーンは装置をゆっくりと布で包み、祠の奥にそっと置いた。
いつかまた、誰かがここを訪れたとき、
新しい物語が始まるかもしれないから。
⸻
数日後。
村の子どもたちが、ジーンを囲んでいた。
彼女は簡単な荷物を背負い、すでに旅立ちの姿だった。
「ねえねえ、ほんとうに“あの人”に会ったの?」
「勇者だった? 強かった?」
「剣、ピカピカだった?」
ジーンは笑って、首を振る。
「ううん。剣は木でできてたし、ボロボロだったよ。
でも、誰かが泣いてたら、すぐに駆けつける人だった。
それだけで、十分だった」
子どもたちは少し黙って、それから誰かが言った。
「……じゃあ、やっぱり勇者だね」
ジーンはふっと目を細めて、空を見上げた。
「あたしにとっては、いちばんの勇者だよ」
彼女の額には、もうバンダナはなかった。
けれど、その視線には、かつて彼と同じ“強さ”が宿っていた。
「……さ、行かなきゃ。
物語は終わったけど——
今度は、あたしが誰かを守る番だから」
そう言って、ジーンは歩き出した。
名を継がずとも、心を受け継いだ者として。
風が吹く。
丘の向こうへ、彼女の背中が小さくなっていく。
そして、その旅路のはるか遠くで——
いつかまた、新たなエコーが響く日が来るかもしれない。
⸻
—Chrono Echoes:語り継がれし勇者 完結—
Chrono Echoes ~語り継がれし勇者〜 豚骨 @tonkotsu_S
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