古い剣(短編)
桶底
分け合うことを知る兄弟--
ある日、仲の良い兄弟が森の奥へ薪と食材を集めに出かけていました。けれど、目的を果たす前に、二人は帰ることにしました。最近、この森には魔女が住みついたという噂が立ち、不気味な空気が漂っていたからです。
町へ戻る道すがら、ふたりは真っ二つに裂けた巨大な木を見つけました。まるで雷に打たれたか、魔女の呪いにでも遭ったような無残な姿でした。
「お兄ちゃん、あの木の中、なんか光ってるよ」
弟が目を凝らしてそう言いました。兄は慎重に木の割れ目へ手を突っ込み、何かを引きずり出します。
──それは、ずっしりと重く、光沢のある一本の古い剣。大昔の英雄が持っていたかのような、力強く美しい剣でした。
「お兄ちゃん、見つけたものは半分こって決まりだよね。この剣、どうする?」
「うーん……これ、固くて割れないし、二つに分けるのは無理だな。質にでも出して、金に換えて半分こってのはどうだ?」
「でも、あの質屋さん最近いかさまっぽいし……」
弟は首をひねって、腕を組みました。兄はというと、剣を持ち上げ、何度か空を切ってみますが──とにかく重すぎて、とても子どもに扱えるような代物ではありません。
「弟よ、正直、僕らにこんな剣は必要ないよな。部屋に飾ったところで、泥棒に狙われるかもしれないし」
兄から剣を渡された弟は、ずしりとしたその重みに驚きます。確かに持ち帰るのはひと苦労だ。
「やっぱり僕らにはもったいないよね。ここに置いておいて、本当に必要な人が見つけた方がいいかも」
そうして兄弟は、剣を再び木の割れ目にそっと差し戻し、町へと帰っていきました。
けれど町の空気も、どこかおかしくなっていました。魔女の禍々しい気配は、町にまで漂っていたのです。近頃、人々の顔から笑顔が消え、活気も失われていく一方でした。
そんな中でも、商人たちだけは例外でした。彼らはこの混乱を逆手に取り、商品をつり上げては利益を増やし、どんどん豊かになっていたのです。
自宅へ向かう途中、兄弟は道端でボロボロの戦士と出会いました。かつて国を守ったその姿も今では見る影もなく、今の世では金を持つ者が地位を得、力ある者は打ち捨てられていました。
「ねえ、戦士さん。森の魔女を倒してよ。あの人がいるから、僕らの生活がどんどん苦しくなるんだ」
弟がそう訴えると、戦士は顔をしかめながら言いました。
「倒したいさ。だが、もう剣がないんだ。今の商人どもは、見かけ倒しの粗悪な剣を高値で売りつけてくる。武器職人たちも雇われ、誇りを捨てて量産に励んでる。魔女が倒されたら、彼らの商売が成り立たないからな。……彼らは魔女の味方さ」
その言葉に、兄弟はしばし沈黙しました。二人の脳裏に、あの剣が浮かびます。
兄が目で合図を送ると、弟はうなずいて戦士に語りかけました。
「森の奥に、大きな割れた木があるんだ。その中に、古いけどすごく立派な剣があったよ。誰かが本当に必要とするなら、あれが助けになると思う」
戦士は笑いました。
「はは、ありがとな、坊やたち。じゃあ、森で一人、夢でも見ながら朽ちてくるよ」
──彼は、本気にしていない様子でした。
しかし、翌朝。町中に漂っていた不穏な空気が、ふと軽くなっていることに誰もが気づきました。
噂によれば、あの戦士が森で本当に剣を見つけ、魔女を打ち倒したというのです。
どこかの名もなき職人が想いを込めて鍛えたあの古い剣が、魔女の胸を一突きし、悪しき流れを断ち切った──そう人々は語り合いました。
戦士は再び英雄として町の人々に讃えられました。
けれど、それと同じくらい、剣の場所を教えたあの兄弟もまた、町の誰からも愛される存在となりました。
町は再び平穏を取り戻し、人々は豊かな自然と暮らしの調和を取り戻します。
一方で──
かつて金で全てを支配しようとした悪賢い商人たちは、人々が貨幣から離れ、森の恵みとつながる暮らしに戻っていくにつれて、次第に居場所を失っていきました。
そしてついには、かつての栄光も忘れ去られ、今はなき魔女の像を森の奥深くに建てて、密かに崇めるようになったといいます。
古い剣(短編) 桶底 @okenozoko
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます