『キス、リハビリ。』 〜「キスが冷たい」と彼女に振られた俺は、学年一の美少女とキスの練習をする〜
エリザベス
第一章
『冷たいキス』
第1話 初めてのキス
「……ごめんね。なんか、キスが冷たかったっていうか……好きって、感じじゃなかったの」
彼女がそう言って立ち去ったのは三日前のことだった。
キスが冷たかったのってなんだろう。
唇が冷たかったから……とか? それとも俺の体温自体が低かったから?
いや、ちゃんと分かっていた。
それはたぶん俺の“好き”が彼女に届いていなかったのだと思う。
ちゃんと好きだった。ちゃんと付き合っていた。そして、ちゃん振られた。
彼女に否はない。むしろ、献身的だったとも言える。
朝は家まで迎えに来てくれるし、弁当だって作ってくれた。
そんな彼女に俺はすごく感謝している。
感謝? ただそれだけか?
嬉しいという気持ちはないのか?
分からない。自問自答してもその答えは出てこない。
だからか、彼女には分かっていたんだ。
俺の心が彼女にちゃんと向いてなかったのだと。
俺なりに感情表現はしていたと思う。
キス……もその一つだ。
なのに、キスで振られるなんて、笑えない……。
高校二年生の夏、俺――
◇
昼休みの教室はやたらと寂しく感じる。いつも一緒にご飯を食べてくれる彼女はもういない。
ただそれだけで、世界の色が変わったように見えた。
今までの水色の景色が、少しずつ色褪せっていく。
俺は朝コンビニで買ったパンを机の上に並べて、牛乳にストローを通す。
視線は少し伏せたまま、なるべく周りの人に気づかれないようにする。
幸い、俺に友達はいない。
だから、少し前との“変容”を指摘されることもない。
それが今の俺にとってせめてもの救いだった。
ゆっくりパンの包装を開いて、口に押し込む。少し味気ないが、食べれないほどではない。
「……しょっぱいな」
気がつけば涙が
必死に顔を隠して、誰にも見られないようにするのが精一杯だった。
放課後、昇降口でローファーに履き替えようとした時のことだった。
俺の下駄箱に一通の手紙が入っていた。
『校舎裏で待ってます』
それだけ書かれていて、差出人の名前もなかった。
いたずらかなとも思ったが、俺にいたずらして楽しむやつがそもそもいないから、俺は校門を出てゆっくりと校舎裏に向かった。
「こんにちは」
鈴を転がすような透き通る声が響いた。
校舎裏に立っているのは俺でも知ってる人だった。
淡い灰色の瞳は氷のように澄み渡り、見る者の心を掴んでは離さない冷たくも美しい光を宿していた。
長く艶やかな黒髪はまるで漆の帯のように腰まで流れ、光を浴びて銀色の煌めきを散らす。
普段は無造作に片耳にかけているその髪は、彼女の凛とした気品をいっそう引き立てていた。
そんな水鳥川さんとはクラスメイトだが、この二年間一度も会話を交わしたことがない。
お互いがお互いを無視しているというより、お互いがお互いに興味すら持っていなかったのだろう。
「迷惑、だった?」
俺の戸惑いを見透かしたように、水鳥川さんは静かに口を開いた。
「……別に」
一度も会話をしたことのない相手だから、どう接したらいいのか俺には分からなかった。
ぶっきらぼうに聞こえる俺の言葉は、それなりに愛想よく振舞おうとした結果だ。
それより、水鳥川さんは一体なんの用なのだろう。
校舎裏まで呼び出して。
そう思って、俺は水鳥川さんの次の言葉を待った。
「ねえ、榊くん、沙耶に振られたんだって?」
透き通るような声。なのに、的確に核心を突いてくる。
「なんで、知ってるんですか」
「敬語はいらないよ、同級生だもの」
「はい、あっ……うん」
水鳥川さんは髪をそっとかき上げると、ゆっくりと声を紡いだ。
「わたしと、キス、してみない?」
「いまなんて……?」
「キス、わたしとしてみない?」
水鳥川さんは髪を静かに戻しながら、言葉を続けた。
「わたしも……一緒なの……」
「一緒って?」
「キスが冷たいから、振られんだ」
その顔はどこか遠いところを見ているようで寂しそうだった。
キスをするってなに? 恋人同士でもない二人が?
その理由が「キスが冷たかったから」?
分からない。水鳥川さんが何を言っているのか理解出来ない。
「だから、キスのリハビリ、したいんだ」
「……俺と?」
「うん」
透き通るような声で水鳥川さんは小さく肯定する。
「似たもの同士、いいでしょう?」
その目はいつもと同じように無機質だった。
でも、少なくとも、水鳥川さんは俺をからかっているわけではない。
その証拠に、彼女は真っ直ぐに視線を向けてくれている。
キスが、冷たい。だから、振られた。
特別なことでもない。しかし、特別なことでもある。
高校生の俺らにとって、それが全てだった。
その気持ち、痛いほど分かっている。どうしようもないもどかしさ。そして、わずかな悔しさ。
だから、俺は言った。
「いいよ」
キスのリハビリ。俺にとっても、水鳥川さんにとっても、それが次の相手との円満な交際に繋がるのなら、別に断ることはない。
少しでも、俺のキスが暖かくなるように、そして、水鳥川さんのキスが暖かくなるように。
たぶん、これが俺らにとって一番の選択なのだろう。
「ありがとう」
そして、次の瞬間、水鳥川さんの唇が俺の唇に触れていた。
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