俺「転生したい!」トラック「無理です(大破)」

@gorigori022

鍛えすぎた男

「ちっ、またかよ…」


俺、田中一郎、35歳、独身、しがないサラリーマン。趣味は筋トレとラノベを読むこと。特に異世界転生モノには目がなく、いつかは自分もチート能力を授かってハーレムを築き、魔王を倒して世界を救う…そんな妄想に明け暮れる毎日を送っていた。


問題は、その「いつか」が永遠に来ないことだ。トラックに轢かれる、通り魔に刺される、神様の手違いで死ぬ…ラノベでよくある死亡フラグはことごとく俺を避けていく。


「こうなったら、こっちからお迎えに上がってもらうしかねえ!」


俺は決意した。来るべき異世界転生に備え、強靭な肉体を作り上げることを。どんな衝撃にも耐え、どんな病魔にも屈しない、鋼の肉体を。そうすれば、神様も「こいつなら異世界でもやっていける」と太鼓判を押し、晴れて転生させてくれるに違いない。


それからの俺の生活は一変した。


朝は5時に起床し、近所の山で野生の熊とスパーリング。出勤前には100キロのバーベルを担いでスクワット1000回。昼休みは会社の屋上で瞑想し、気を高める。退勤後はジムでウェイトトレーニングと格闘技の稽古。夜は滝に打たれて精神を鍛え、眠る前にはプロテインと自作の秘薬を飲んで肉体改造を促進する。


食事は鶏むね肉とブロッコリーを中心に、栄養バランスを徹底的に管理。体脂肪率は測定不能なレベルまで絞り込み、筋肉量は成人男性の平均を遥かに凌駕していた。いつしか、俺の肉体は岩のように硬く、鋼のように強靭になっていた。


そんな生活を続けること3年。


ある晴れた日のことだった。いつものように山での修行を終え、横断歩道で信号待ちをしていた俺の目に、猛スピードで突っ込んでくる一台のトラックが映った。


(きた…!!ついに来たんだ!!)


運転手は居眠りでもしているのか、全く減速する気配がない。周囲の人々が悲鳴を上げる中、俺は確信した。これこそが、待ちに待った異世界への片道切符なのだと。


「異世界!待ってろよ、俺のハーレム!」


俺は目を閉じ、衝撃に備えた。


ゴッッッッッッッ!!!!!!!!!!


凄まじい衝突音。しかし、俺の意識ははっきりしていた。痛みもない。あるのは、トラックの運転席でエアバッグに顔を埋めて気絶している運転手と、フロント部分がくしゃくしゃにへこんだトラック、そして、呆然とこちらを見つめる通行人たちの姿だけだった。


「え…?」


俺は自分の体を見下ろした。ワイシャツが少し破れているだけで、傷一つない。それどころか、トラックのバンパーが俺の腹筋に食い込み、逆にひしゃげている始末だ。


「うそ…だろ…?」


鍛えすぎた。明らかに、鍛えすぎたのだ。異世界転生に備えて肉体を強化し続けた結果、トラックと衝突してもピンピンしている、そんな人間離れした存在になってしまっていた。


その後、俺は事情聴衆やら何やらで散々な目に遭った。警察官は俺の体を何度も触っては首を傾げ、医師はレントゲン写真を見て「これは…人間の骨格なのか?」と呟いていた。


結局、俺は無罪放免となったが、異世界への道は完全に閉ざされてしまった。いや、もしかしたら、神様も俺の頑丈すぎる肉体に呆れて、転生させるのを諦めたのかもしれない。


「これから…どうすりゃいいんだ…」


異世界転生という唯一の夢を絶たれた俺は、途方に暮れた。手元に残ったのは、人間をやめたレベルの超人的な肉体だけ。


しかし、数日後、俺はテレビのニュースを見て、あることに気づく。


「ビル火災発生、逃げ遅れた子供が!」

「銀行強盗、人質を取って立てこもり!」

「謎の怪人、街を破壊!」


…そうか、異世界じゃなくても、俺のこの力が必要とされる場所があるのかもしれない。


俺はニヤリと笑うと、破れたワイシャツを脱ぎ捨て、鍛え上げられた筋肉を陽光に晒した。


「待ってろよ、悪党ども!この最強の肉体を持つ男、田中一郎が、お前らを残らずあの世へ転生させてやるぜ!」


こうして、異世界転生を夢見た男は、図らずもこの世界でヒーロー(?)としての道を歩み始めることになったのだった。


彼の異世界への憧れが完全に消えたわけではない。いつか、もっと強力な「何か」が自分を迎えに来てくれるかもしれない。その日まで、彼はこの世界で人助けをしながら、さらなる肉体強化に励むのであった。

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