第2話(裏) 叶わないと思ってた

昔から自我が強かったカナちゃんは普段から強い言葉を使い、よく我儘を言ってクラスメイトや先生を困らせていた。ハッキリと言うなら嫌われていた。


そして小学生の頃は今以上に女性に間違われるような容姿をしていたこともあって、余計に距離を置かれていた。


「男女」

「女々しいやつ」

「話しても面白くない」

「わがままで面倒なガキ」


周りの皆が悪口を言っていく。

カナちゃんだって人間なんだからそんなこと言われたら辛いよ、話しかけても無視しないであげてよ。


弱い僕は周りに対して強く言うことはできず、ただただカナちゃんの傍にいることしか出来なかった。


近くで何年も見ていたから分かる、カナちゃんは過去の言動を後悔して変わろうとしている。

でも、1回壊れた関係は簡単に修復できない。


そのまま嫌われ続けて月日が経ち、中学3年生になった。


進路を決めなければならないときが迫っていた。

僕は頭が悪いので地元の偏差値が低い工業系か普通科の男子校に進もうと考えていた。


「よー、鷹瀬は志望校決めた?」


当時のクラスメイトに話しかけられる。

彼の名前は峯崎流(みねざき ながれ)。クラスの人気者でイケメン、どんな人にも気さくに話しかけるだ。

こういう人は何事も効率が良く頭がいいことが多いが、峯崎さんもその1人だ。


「いやまだ悩み中です、峯崎さんは決まりましたか」

「おれは西橋高校にスポーツ推薦もらってるから!そーゆーの全く無し!」


と言いながら笑顔でブイサインを決める。

峯崎さんはサッカー部に所属していて、今年はキャプテンを務めていた。


「そうなんですね、では僕は帰ります。また明日」

「もしかしてまた宇都宮?」


このときカナちゃんとはクラスが離れてしまい、帰りは下駄箱で待ち合わせていた。


「そうですけど」

「お前気をつけろよ、あいつ性格悪そうだからさー。鷹瀬のありもしない噂とか勝手に流されるかもよ」

「……そうですか、ご忠告どうも」


最後に笑が付きそうなトーンで喋る。

「あなたの方がよっぽど性格悪いと思いますけど」と言い返すことは出来ず、その日は黙って教室を出た。



「…カナちゃん!」

「学校ではその呼び方辞めろよ慎太郎」

「ごめん、奏太くん」


階段を下りてすぐのところにカナちゃんはいたけれど、呼び方を間違えたせいで怪訝な顔をされてしまった。このあだ名は幼稚園の頃から使っているが、恥ずかしいということで小学校高学年からはその呼び方を禁止されてしまった。


「聞いてくれよ、クラスの奴ら今日も懲りずに男女って呼んでくんの。髪も切ったし仏頂面してんのにどこが女なんだよ、ずっと同じネタ擦り過ぎなんだよあいつら」


カナちゃんは小さい頃アニメで見た長髪で美人系な男性に憧れて髪を伸ばしていたけれど、セミロングくらいまで伸びた綺麗な髪は中学に上がるタイミングでバッサリ切ってしまった。


「こうすればいじめられないでしょ、憧れるのもいいけど諦めも大事だよな」


あのときの悲しそうな笑顔は高校生になった今でも夢にでてくる。


僕が止めていたら、カナちゃんは髪を切ることなんて無かったのかもしれない。

でもそれが出来なかった、僕が弱いから。

友達がいじめられてても助けられない、そんな自分が嫌いだ。


「慎太郎は進路決まったの?」

「いや、まだ。奏太くんはいいですよね、推薦」

「だろ~、あんだけ悪口言われても美術部入り続けてよかったわ~」


カナちゃんは美術部のコンクールでいい結果を出しまくっていたので、芸術系の高校に推薦をもらっていた。


「お母さんにも言ってないんだぁ。喜んでくれるといいな…」


少し伸びてギリギリ結べそうな薄ピンク色の髪をなびかせながら笑う。

陰口を言われ続けても頑張ったカナちゃん、そんな彼が報われる日がもうすぐやってくる。


けれど、カナちゃんに微笑んでくれる神様はいなかったのかもしれない。

次の日、あの事件は起きてしまった。


その日は僕が寝坊してしまい、カナちゃんには先に学校に行ってもらった。

その選択が間違いだった。


ダッシュで着いた学校ではいつか起こると覚悟していた最悪なことが起こっていた。

廊下には頬が若干腫れている峯崎さんとそれを見下ろすカナちゃん。状況を理解するよりも先に先生がやってきて2人を指導室に連れていってしまった。


近くにいた女子に話を聞くと、あの後そのまま1人で登校したカナちゃんは教室に入ろうとしたときに峯崎さんに呼び止められたらしい。

「鷹瀬が可哀そうだから近づくなよ男女w」だの「女々しくて視界に入れるのもきちぃから学校来んな」だの、余計なお世話でしかない発言の連続。


その言葉を拳を握りしめて必死に耐え、立ち去ろうとした。


最後には「気持ちわりぃ…w」と一緒にいた取り巻き達も苦笑い。


その一言で堪忍袋の緒が切れてしまったカナちゃんは峯崎さんのことを思い切り殴ってしまい近くを通った女生徒に先生を呼ばれて現在に至ったとのことだった。


その後のことは容易く想像することができたし、それも悲しいことに的中してしまった。

今回の騒動での峯崎さんにお咎めは無し、そしてカナちゃんの芸術推薦は取り消しになったのだ。


その日の帰りはお互い静かで、一緒に歩く彼の顔はしんどそうだった。

あれだけ頑張ったことがあの一瞬で無くなってしまったんだ、この反応も当然なのだろう。

でも、僕はカナちゃんのそんな顔はもう見たくなかった。だから何か言いたい、励ましたい。そんな気持ちが伝わったのか、カナちゃんが静寂を破った。


「推薦なくなったことだし俺も慎太郎と同じ南ヶ丘にしようかな~、男子校ってどんななんだろうな!」


誰が聞いても分かるカラ元気な声、明らかに泣き腫らした目。


「僕らみたいにおバカな人がたくさんいると思いますよ」

「なんだよそれーw」


でも今日は気づかないフリをした。



あの日以降カナちゃんが微妙な顔をすることは無くなった。

そして、受験当日。本当に彼も僕と同じを受け、一緒に無事合格。

4月からも同じ学校に通うことが確定した。


「高校でもよろしくお願いしますね、カナちゃん」

「こちらこそ、タロ」


吹っ切れたカナちゃんは外でのあだ名呼びも許可してくれるようになった。


また時が飛んで3月18日、卒業式。

式が終わってクラスメイトと写真を撮ったり話した後、彼の姿が目についた。

あの事件以降全く会話をしなくなった峯崎さんだ。

大勢の女子に囲まれて写真を撮ったり会話をしている。


「楽しそうだな峯崎」

「……あ、カナちゃん」


クラスメイトとの思い出作りが終わったのかそもそも話す人がいなかったのか分からないが、静かに横に並んでぽつりと呟いた。


自分のことを散々悪く言ってた人が幸せそうにしている姿を見るのはいい気分ではないのだろう。


「俺、結局最後まで峯崎に謝れなかったなぁ…」

「……えっ!?」

「なんだよ、そんなに意外?」


カナちゃんの口から零れた一言におもわず驚いてしまった。


「いや…でもどうして、あんなに悪口言われて辛かったじゃないですか。それにこれがきっかけで推薦も無くなったのに…」

「悪口言われたのには心底ムカついてるけど、理由がどうであれ先に殴ったのは俺だし…そのことだけでも謝っとけばなぁって。」

「………」

「でも今は少し怒りが入ってるから、そうだなぁ……町でバッタリ会ったりでもしたら謝ろうかなぁ…」

「うん、いいんじゃないですか」


僕自身は若干腑に落ちないけれど、本人が考えてのことならそれにあえて口を出す必要はない。

軽く伸びをした後、ふと思い出したように口を開いた。


「それに推薦無くなったからまたタロと同じ学校に行けるの、結構楽しみなんだけどなぁ」

「そ、そうなんですか」

「当たり前だろ、たった1人の友達なんだからさ」

「友達……そうですね」


『たった1人』の友達。その言葉で胸が苦しくなってしまった。

この言葉がいつかネタになる日が来ることを願ってこの日は終了した。





そして現在。


「タミさんとミントさんは帰りましたよ」


部屋の窓から確認した後、僕はカナちゃんの方に向き直った。


彼らを見送った後、カナちゃんは泣いた。

2人の口から『友達』だと言ってくれて安心して涙が溢れ出したのだ。


「本当に良かった……」


どんなゲームをしても簡単に勝ってしまい周りのやる気を削いでしまう『ゲームスキル』。

何とか我慢しても煽って相手の怒りを買ってしまう『口の悪さ』。


その2つを不安に思っていたけれど、タミさんもミントさんも嫌な顔せず受け入れてくれた。

もちろん最後の誘いも、成功した今となっては若干重かった気もするがそんなことは関係ない。


僕以外にも素の自分を受け入れてくれる人が2人もいてくれた、その事実が何よりも嬉しかった。


「ほら、そろそろ泣き止まないと。明日目が腫れてたらからかわれちゃうよ」

「……うん」


ポケットからハンカチを出してカナちゃんに差し出す。

それを受け取って涙をゆっくり拭き取る。


「今日はありがとう、おかげであの2人とも仲良くなれた気がする」

「そんな、僕は何もしてないですよ!カナちゃんが頑張った証拠です」

「そっちがそう思っててもこっちはタロにめちゃくちゃ感謝してるの。有難く受け取って」


「……へへっ、分かりました。有難く頂戴しますね」

「無駄に丁寧な表現」

「癖なんですよ」




『にしても流石カナ君、種類豊富やねー』

『だろ!ゲームとタロ以外に友達いなかったからな!』

『見事な自虐ネタですね…』




ほんの数時間前の会話を思い出す。


2か月の僕、あの言葉がネタになる日はちゃんと来ましたよ。

だから、安心してその高校の門をくぐってください。

素敵な友達に出会えますから。



今日のことを何度も振り返りながら、僕は帰路についたのだった。

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