第14話 ザックからの連絡
翌朝、ジュンナはすっきりとした目覚めを迎えた。両親の温かい言葉と、共に眠った安心感が、昨夜の悪夢と不安を遠ざけてくれたようだった。
ジュンナは、ガラス製作の設計図を広げたまま、ふと手を止めた。炉の絵、銀を塗布する部屋の絵……。どれもこれも、完成すれば素晴らしいものになるだろう。しかし、その過程で、もし事故が起きたら?
前世の記憶が、ふと脳裏をよぎる。テレビで見た自動車工場の映像。巨大な機械が動き、火花が散る中で、作業員たちは皆、同じような服装をしていた。分厚い手袋、目を覆うゴーグル、そして丈夫な作業服。製鉄所の映像もそうだ。真っ赤に溶けた鉄が流れる中、彼らは皆、全身を覆う特別な服を着ていた。
(そうだ、安全対策だ!)
小学生の時、社会科見学でお菓子工場に行ったことも思い出した。あの時も、作業員のお兄さんやお姉さんたちは、白い帽子をかぶり、マスクをして、手袋をしていたっけ。お土産にもらったお菓子の詰め合わせ、美味しかったなぁ……と、少し脱線しつつも、ジュンナの頭の中は、ガラス製作における安全性の確保でいっぱいになった。
この世界では、そんな概念はほとんどないだろう。火傷や切り傷は日常茶飯事。でも、前世の知識がある自分なら、それを防げるはずだ。
「よし!」
ジュンナは立ち上がった。まずは、目を守るためのメガネ。ガラスを扱うのだから、破片が飛んでくる可能性もある。丈夫で、視界を遮らないものがいい。次に、手を保護する手袋。熱いガラスを扱うこともあるし、鋭利な破片で切ってしまうこともあるだろう。そして、全身を覆う作業服。火花や熱から身を守る、丈夫な生地が必要だ。
ジュンナは、錬金術スキルを使って、必要な材料を探し始めた。メガネのレンズには、透明度の高いガラスを錬金し、それを加工するイメージを頭に描く。フレームは、軽くて丈夫な金属がいいだろう。手袋は、耐熱性と耐久性のある素材を。作業服は、厚手の布地を錬金し、さらに強度を高める加工を施す。
錬金術を発動させると、目の前に材料が浮かび上がり、ジュンナのイメージ通りに形を変えていく。最初は歪んだり、強度が足りなかったりしたが、試行錯誤を重ねるうちに、理想の安全装備が次々と具現化されていった。
完成したメガネをかけてみる。視界はクリアで、しっかりと目を保護してくれている。手袋をはめると、指先までしっかりとフィットし、作業の邪魔にならない。丈夫な作業服に袖を通すと、全身が守られているような安心感があった。
「これで、事故やケガを防げるはず!」
ジュンナは満足げに頷いた。これで安心して、鏡の製作に打ち込める。
その時だった。
「ジュンナ!ザックさんから手紙が届いたから急いで持ってきたよ!」
村の子供が、息を切らしながら駆け寄ってきた。その手には、見慣れたザックの筆跡で書かれた、厳重に封をされた手紙が握られている。
ジュンナの心臓が、ドクンと大きく鳴った。ザックおじさんからの手紙だ。一体、何が書かれているのだろう?不安な夢を見て、ザックからの連絡を心待ちにしていたジュンナは、一瞬で手紙に釘付けになった。
「ありがとう!すぐに読むわ!」
ジュンナは子供から手紙を受け取ると、家へと急いで戻った。
リビングで両親に手紙を見せると、父のノアが「ザックからの手紙か。一体どうしたんだろうな」と呟き、母も心配そうにジュンナを見守る。
ジュンナは震える手で封を切り、中身を広げた。ザックの文字が目に飛び込んでくる。
ザックからの手紙
『ジュンナへ
急な連絡で申し訳ない。例の鏡の材料について、ようやく目処が立ったので、知らせておこうと思ってな。
街の工房で大口の注文が立て込んで、特定の希少な鉱物の市場価格が一時的に暴騰し、手に入りにくい状況になっていたのだ。しかし、心配はいらない。私が長年培ってきた商売の伝手と、少々無理を言ってな、鏡に必要な「暁の雫石(あかつきのしずくいし)」は、必要な量すべて確保できた。
これで、材料の心配はもうない。あとは、私が村に戻り次第、すぐにでも鏡の製作に取り掛かれるだろう。
そして、もう一つ、重要な話がある。ジュンナが思っていたよりも、このガラスの生産は大きな話になりそうだ。商業ギルドが、ガラスの将来性に大きな可能性を見出し、こじんまりとした規模ではなく、専門の工房を立ち上げたいと申し出てきた。
そのためには、村では用地も人も足らない。そこで、工房を作るための候補地をいくつか決める必要がある。
規模が大きくなるため、莫大な予算が必要となる。領主様もこの話に乗り気で、予算作成担当の責任者を付けてくださった。ギルドからも、ガラス生産工房の担当者が決められた。
10日後には村に戻る予定だ。その際には、この予算作成担当者と工房担当者、そして工芸と細工のスキルを持つ者を含め、10人程度で向かうことになる。
彼らの村での滞在場所については、村長に手紙でお願いしてある。食料や資材については、こちらで用意して持っていくので、その点は心配いらない。
くれぐれも気をつけて。
ザックより』
手紙を読み終えたジュンナの手から、力が抜け、紙がふわりと床に落ちた。予想もしなかった朗報と、それをはるかに上回る規模の計画に、頭が真っ白になる。
「材料が……揃った?」
未知の希少鉱物をどう調達するかという漠然とした不安も、一瞬にして消え去った。前世の夢で抱いた不安が、まるで嘘のように遠ざかっていく。ザックおじさんが、本当に、本当に材料を揃えてくれたのだ。
しかし、その安堵も束の間、「専門の工房」「候補地」「10人程度の来訪者」という言葉が、ジュンナの頭の中を駆け巡る。自分が考えていたよりも、はるかに大きな話になっている。村に10人もの大人が滞在する場所なんてあるだろうか?そして、工房の候補地……。村長宛に宿泊のお願いがされているとはいえ、自分も何か手伝えることはないだろうか。
ジュンナは、安堵と喜び、そして新たな重圧と責任感で胸がいっぱいになった。目頭が熱くなり、思わず両親の顔を見上げた。父のノアも母も、ジュンナの表情を見て、安心したように微笑んでいる。
「よかったね、ジュンナ」母が優しく言った。
「うん……!」
ジュンナは、込み上げる感情を抑えきれず、両親に抱きついた。エレナも、ジュンナの肩で嬉しそうにぴょんぴょんと跳ね、明るい色に変化している。
これで、ガラスの製作が本格的に始まる。ザックおじさんが帰ってくるのが、今から待ち遠しくてたまらなかった。
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