短編集:食べ物は人生の交差点

ゆらゆた

出汁とやさしさに包まれて

目を開けた瞬間、まず感じたのは脳みそに突き刺さるような強烈な頭痛と、キリキリとした胃の痛み。


「……うう、やらかした……」


知らない天井……ではなく、なんとなく見覚えがある。ふすま、天井の木目、ちょっと古めかしい畳の匂い。


「……ここ……どこ……?」


寝返りを打とうとして、固い畳の感触に呻く。

体には掛け布団がかけられていて、しっかり枕も使っている。まさか外で倒れていたわけじゃない、ということは、誰かの家。


そこまで思い出して——記憶の断片が蘇る。

職場の飲み会。一次会で帰るつもりが、なぜか二次会へ。隣にいたのは……たしか、隣のデスクの中野くん。


「……中野くんの家……?」


「……あ、起きた?」


襖が開いて、現れたのは、スウェット姿で寝癖頭の中野くんだった。手には湯気の立つお椀。


「大丈夫? 頭痛いでしょ。これ、飲めそうなら……」


そう差し出されたのは、湯気の向こうにふわりと香る味噌汁。


「……ありがとう……」


受け取ったお椀はちょうど良い温度で、両手で包むと体まで温かくなる気がした。


一口、啜る。


「……っ」


胃のキリキリした痛みがじんわりと落ち着いていく。

出汁の旨味、味噌の柔らかさ、そして口の中でほろりとほどける豆腐。味噌汁としてはシンプルなものである。

「うま……」思わずこぼれた声に、中野くんが照れたように笑った。

「一応、実家が味噌屋なんだよね。だから、これだけは自信あるんだ」


「……へえ……」


再び、味噌汁を口に運ぶ。二日酔いの頭が少しずつ晴れていくようで、体の芯が戻ってくる感覚。

ふと、視線をあげると、中野くんが正座してこちらを見つめていた。真っ直ぐで、でもどこか困ったような優しい目。

「昨日さ……帰れないって言うから、タクシー拾おうとしたんだけど、全然捕まらなくて。仕方なく、うち来る?って聞いたら、うんって」

「……私、迷惑じゃなかった?」

「うーん、迷惑だったら……味噌汁は作らないかな」

そう言って、また笑う。その笑顔に、ほんの少し胸の奥が熱くなった。

昨夜のことはほとんど覚えていないけど、この味噌汁のことだけは、忘れないかもしれない。


「……また、作ってもらってもいい?」


中野くんは、少し驚いたように目を見開き——すぐに、にっこりと頷いた。


「じゃあ次は、ちゃんと目が覚めてるときにね」


味噌汁は、胃袋だけじゃなくて、心にも染み込んでいった。

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