ある勇者の最期
砂塵と血煙が渦巻く戦場。
夥しい軍勢に囲まれた二つの影。
荒波の中に消えゆく小舟の様に、それは儚く揺らめいていた。
***
「これで、終いか…」
あっけないものだと、男は呟いた。
「伝説の勇者様が、そんなに簡単に諦めていいの?」
血まみれの顔で、相方の女僧侶が首を傾げる。
「別に勇者でもなんでもねえし。元々、単なる一学生だし。」
男は、暗雲に包まれた空を見上げる。
「また『とらっく』とか言う、大型荷車に轢かれて、こっちにしたってホラ話?」
女僧侶が問いただす。
そして、男と一緒に空を見上げる。
「……あんたが居たっていう世界。私も死んだら行けるのかな。」
「……」
男は、無言で女を見つめる。
「そうか…。俺が異世界に行きたかったように。こっちの住人も、俺たちの世界に来たがるって事もあるのか…」
そんな事にも今まで気づかなかったのかと、男は苦笑した。
「ねえ…。そっちの世界は、どんな世界?やっぱり、魔族に人間が脅かされているの?」
「…いや。他の地域はともかく、俺の住んでいた国は、平和で豊かで、かなり安全な所だった。」
男は額に手を当てながら、遠い故郷の記憶を辿る。
「そう、戦乱に明け暮れる、こっちの世界に比べれば遥かにマシ…どころか、ずっと恵まれた世界だった。」
「なによ、それ…。何で、そんな世界から、わざわざ、こんなクソみたいな世界に…」
まるで馬鹿を見る様な顔で、女は男を見た。
まったく馬鹿みたいだと、男は同意せざるを得ない。
「…でもな、後悔はしてねえよ。」
男は、迷いなく言った。
「なんというか…。俺の居た世界はさ、便利で安全な代わりに、生甲斐みたいなのを感じにくいんだ。」
「……」
男の眼は、空を見続ける。
「たぶん、向こうの世界でなら、俺は、そこそこの人生を無事に終えただろう。」
僅かに目を細めながら、男は喋り続ける。
「でも、身を焼き尽くすような生甲斐は見つけられない…」
だから、こんな世界に来たかった。
「…それで、こんな最期を迎えるんだから、悲惨なものよね。」
呆れた顔で、僧侶はため息を吐いた。
「後悔はしてないって、言っただろう。」
無残な敗北。
パーティの全滅。
生き返りの教会などない世界。
バッドエンド。
それでも、結果を受け入れる覚悟だけはあった。
それは、そうだろうと男は思う。
ご都合主義とチート能力しか受け入れないというのは、勝手が過ぎる。
俺は、俺の結果を受け入れる。
そうでなければ、俺がここに来た意味。
生甲斐を感じて必死に転げまわっていた時間が、全て嘘になるではないか…と。
「…戦士のヤツは?」
「向こうで、魔戦将軍とやらと一騎討ちして、相討ち。」
「魔法使いの爺さんは?」
「さっき大きな爆発あったでしょ?あれ、高威力自爆呪文。」
「そうか…」
連中らしい最期だと、男は思った。
「……悪いけど、最後の特攻は一緒にできないみたい。」
女僧侶は、そう言うと激しく吐血した。
傷から受けた毒が、致命的な影響を及ぼしていたらしい。
解毒呪文を唱える魔力も、もう残っていない。
「……」
男は、冷たい骸になっていく相方を抱きしめながら、彼女の魂が望んだ場所に辿り着ける事を祈った。
「……さて。」
鍛えられた拳が、剣の柄を握る。
「――行くか。」
一片の躊躇なく、男は眼前の大軍に向かって駆けだした。
FIN
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