■第四話 ももからの手紙

 昼休みの終わり、

 職員室のドアがノックされた。


「失礼します。1年C組の篠原です……」


 ゆりえが顔を上げると、そこにはももが立っていた。

 小さく背を丸め、手元には折りたたまれた紙。


「あの……これ、渡したくて……」


 その手紙を差し出す姿は、

 まるで震える小動物のようだった。


 ゆりえは、驚きながらも、そっと受け取った。


「ありがとう……あの、なにかあった……?」


「……ちがいます、あの、ただ……」


 言いかけて、ももは顔を伏せた。

 なにかを言いたいのに、言葉にならないまま。


「……読んでください、あとで……」


 そう言って、ももはペコリと頭を下げ、

 そのまま小走りで職員室を出ていった。 


 残されたのは、薄い便箋の、折りたたまれた手紙一枚。

 ゆりえは、そっとそれを開いた。


 ⸻


『園崎先生へ』


 文化祭の日、

 私が倒れたとき、先生がついていてくれたこと、

 あとから聞きました。


 それから、

 みんなの話の中で、

 先生がすごく、挙動不審だったことも聞きました。

 ……少し、かわいかったです。


 あの日、先生が私にキスしてくれたのは、

「ゾンビにするため」っていう設定だったけど、

 私には、それ以上の意味がありました。


 誰かにキスされるって、

 自分から何かを変えようとしなきゃ起こらないことだと思ってました。

 私は、いつも黙っているばかりで、

 みんなともうまく話せなくて、

 何も動かないままでいたけど、


 先生が、あのとき、

“感染”っていう形で私を動かしてくれたこと、

 とても、うれしかったです。


 だから、少しだけ、私からも何か動いてみたいと思いました。


 これが、その一歩です。


 ……先生に、伝えたくて。


 ――篠原もも


 読み終えた瞬間、

 ゆりえは思わず口元を押さえた。


 目の奥が熱くなって、

 胸の奥がきゅうっと締めつけられるようだった。


(……だめだ……この子、ほんとに……)


(可愛すぎて、無理……っっ)


 涙がこぼれそうになるのを誤魔化すように、

 椅子を引いて立ち上がり、職員室の窓の近くまで歩いた。


 外は、春の終わりの空。

 文化祭の飾りが、まだ風に揺れていた。 


 ゆりえは、手紙を胸にそっと抱きながら、目を閉じる。


(“伝えたくて”って……)


(……ちゃんと、受け取ったよ) 


 ふたりの距離は、まだ“生徒と先生”のまま。

 でも、言葉の橋が、そっと架けられた。


 ゆりえは、そっと手紙をたたみ、机の引き出しへしまった。


 ──そして夜、ふたたびももの声が響く。

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