第2話 星を見下ろす目

目を開けた先に広がっていたのは、暗闇だった。

光の届かない宇宙のようでいて、重力も時間の流れも感じない空間。


息はできるのに、肺もない。身体があるのかどうかもわからない。

ただ、そこに“存在している”という実感だけがあった。


次の瞬間、空間そのものが“こちらを見返した”。


奥に、“それ”がいた。


巨大な目――と表現するのが最も近いが、正確ではない。

それは、観測しようとするたびに、像がわずかに歪む。

どこまでも黒く、瞳の奥には星雲のような光が渦巻いている。

明らかに“何か”の中心に位置しているはずなのに、位置の概念そのものが曖昧だった。


見るほどに、形も距離も意味もすり抜けていく。

“知ってはいけないもの”を見てしまった感覚が、背筋を這い上がる。


どこかで見たことがある――そんな錯覚。

古い本の挿絵か。夢の中で出会った何かか。

いや、そんなはずはない。だが確かに、この存在を「知っている」気がした。


そして、“それ”が瞬きをしないままこちらを凝視した瞬間、音もなく声が届いた。


『確認完了。あなたの魂は選別され、新たな役割を得ました』


声ではなかった。

意味が、直接頭の中に流れ込んできた。


『あなたには、ある職務を遂行していただきます』

『文明の芽を見つけ、監視し、育つ可能性のない星を――破壊すること』


思考が止まった。


「……は?」


ようやく声が出た。驚いた自分がそこにいたことで、まだ“自分”が残っていることに気づく。


『あなたは既に、形を持ちません。魂のまま、我らの使徒に接続されています』


俺は死んだ。

そう思っていた。それが――どうして。


「……なんで、俺なんですか」


『理由の開示は不要と判断されました』

『あなたの生涯、選択、最期、その全てが要件を満たしていた。それだけで十分です』


冷たい。

けれど、そこに“感情があるように錯覚させる何か”が混じっていた。


『この宇宙では、生命は散発的に生まれ、そして自滅を繰り返します』

『争い、搾取、奪い合い――技術と力を持ちながら、それを制御する理性を持たぬ種族も多い』

『あなたには、それを“観察”し、“判断”する役割が与えられました』


「俺が……星を壊す判断をするってことですか?」


『そうです。あなたは今後、“観測体”として任意の星系に降り立ち、文明の成長を観察します』

『可能性があれば、干渉しても構いません』

『ただし、育たぬと判断した場合は――破壊してください』


「そんな……じゃあ、その星に住む人間はどうなるんだ。希望や未来も全部、なかったことになるのかよ……!」


『我々は判断しません。あなたに委ねました』

『あなたの優しさ、怒り、迷い、哀しみ――すべてを“判断基準”として許可します』


沈黙。


目は、まばたきすらしないまま、ただそこにあった。

その奥の星雲は、脈打つように光を変え、まるで何かを“夢見ている”ようだった。


もしかすると、“それ”はただそこに在るだけで、意思すらないのかもしれない。

それでも、俺に「役割」を与えたのは事実だ。


「……人を、信じていいのかも試してみたい。今度こそ」


目が、かすかに輝いた。


『了解。転送を開始します。

まずは観察用の形態にて、対象惑星へ降下してください』


その言葉とともに、意識が流れ出す。

引きずられるように遠くへ、どこまでも深く。


重力が戻ってくる。空気の感触が、肌に触れる。

けれどそれは、もう俺の身体ではなかった。


それでも、確かに“生きている”ことだけは、わかった。


――こうして、俺は目覚めた。

宇宙怪獣として。

神の使いとして。

星を壊すか、壊さないかを判断する、たったひとつの目として

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