第2章 part3 闇と絶対者
アヌビスはかなり上機嫌だった。
闇の魔力と、死霊の加護による精神汚染はアヌビスをより悪の精神に近づけていた。
「シンリ……実は隠してたことがあってな」
アヌビスは口元にしーっと指をあてる。
「……くっ」
シンリは《永遠の体現者》を解除した。同時に聖痕は消える。漆黒の闇の中で、聖魔法を改めて展開したシンリが光輝いている。
「この俺はな、南の大陸からここにやってきたんだ」
「……なんだと」
シンリに動揺が走る。この男はすでに1人の死霊使いとしての領域を超えている。まさに災害と言ってもよかった。
その時であった。
『…侑』
耳元で、今この時点で聞きたく無い声を聞いてしまった。
『侑……ごめん』
あの頃の、声
『侑さん…お願いだ、奴を…』
この名前は、捨てたはずだった。
全身の毛が逆立つ。
シンリを取り巻く死霊は、シンリを“あの頃”の記憶を再び呼び戻すのに充分であった。
「貴様…!あの大陸で何をした!」
アヌビスは「やれやれ」と首を振る。
「あーあ。お前ってさ、てかお前の国はさ、他所の国の事情とか興味ないし知ろうともしないんだな。まじで自己中心的な奴らだよ、お前らは」
「何をしたって言ってるいるんだ!!!」
シンリの光がさらに強くなる、死霊が竜巻のように周りをグルグルと回っている。ここの一帯は、闇より濃い黒で染まっていた。
「未だに魔法生物や魔法使い、魔法に関する文化が色濃く残る南大陸は、“俺”という存在にはあまりにも脆いもんだ。あの大陸はもう6割は闇に飲み込まれているんだよねぇ、侑ぅぅぅぅ?!」
シンリはキレた。
おそらくこの世界に来て、初めて目の前の存在を全身全霊で消し炭にしたいと心から思ったのだ。
「術式解放!創世の
「ばァァァァか!!!全部飲み込んでやるわぁぁぁぁ!!!」
シンリの放つ
「アーッハッハッハッ!!!」
邪悪な高笑いをしながら死霊の嵐を生み出し続けるアヌビス。
国一つの人口分の死霊はシンリに襲いかかった。アヌビスは質量を持った闇魔法の圧殺領域を展開している。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……
嵐と嵐のぶつかり合いのように、互いを飲み込まんとする光と闇の攻防。
シンリはこの世界に舞い降りてきてからは、ずっとこの湧き出る聖魔力を魂へ貯蔵していた。光という質量0のものを、感覚的に溜め込む事ができる事が即座に理解できていたのだ。
対するアヌビスの闇の魔力は、女神の聖魔力が反転した死の神の黒魔力。本来次元の狭間に閉じ込められるはずの極悪の力が、現世に顕現しているのだ。
ジリジリと、光を飲み込み始める闇。
その救済された動植物と人間の魂は10億を超えていた。
「……終わりだな、シンリ」
ピキッとシンリの展開する光にヒビが入る。それはガラスが端から割れていく様に美しく崩れ去っていった。
「はぁーっ…はぁーっ」
遂に内包する光を吐き出し切ってしまったシンリ。今やただ人に近い。もはや膝をつき、目も霞んでいる。
「すげえなお前、俺の500年分蓄積、それは3分の1持ってきやがった」
アヌビスが展開する死霊は先ほどの様な勢いはなく、死の王は目の前の“光の戦士”に敬意を払った。
「そして俺はお前を飲み込む事で、それを裏返した闇を取り込む事ができる。つまり念願の“勇者喰い”が叶う」
アヌビスは大きく息を吸った。
「長かった……勇者の奴は自身を封印する事でこれを防いでやがったからな。お前の様に賢い奴だよ」
「それも、終わりだ」
アヌビスは手をかざすと、シンリの足元に漆黒の魔法陣が出てくる。これが取り込む儀式なのだろう。
(くそっ……なんて様だ……)
シンリは薄れゆく意識の中、悔しさと絶望を感じていた。手足を絡めとる闇の感覚、今まで感じてか中で最悪の感触であった。
しかし……この瞬間、空から一つの“星”が煌めいた。
その煌めきは、圧倒的な存在感により地上にいるアヌビスに存在を知らしめた。
「……おいおいマジか!俺は今日マジでついてるかもしれねぇぞぉ!」
煌めく星は流星となる。
その流星はその異質な魔力と存在感を発しながらこちらへ直線に堕ちていく。
「こ……これは」
シンリは上を見上げる。
その流星は、シンリの瞳には暖かく自信を抱擁する様な感覚に陥るほどその心を溶かした。
ズガァァァン!
流れ星は、シンリとアヌビスの間に隕石の如く舞い降りる。
「……情けない奴だ、本当にお前は」
「すいません……いや、本当に申し訳ございません…真女王…俺は…」
「いやいい、お前はそういうやつだ」
そういうと真女王はアヌビスを見据えた。
「……やべえぜ、これが本物の“女王”ってやつか」
アヌビスには真女王から発せられる途轍もない魔力量に対し、手持ちの死霊では展開しても霧を浴びせるようなものだと悟らせた。
「だがぁぁしかぁぁし!神国No.2と言われる真女王、お前とそこの勇者もどきを取り込めば、実質的に神国は俺の物となるだろうぜぇ!」
アヌビスは新たな術式を展開した。
それは闇魔法による世界の顕現。地獄の入り
「いくら女王といえど!女神には敵うまい!」
現れたのはアヌビスが700年前に取り込んだ“女神”
世界に秩序と安寧をもたらした、神話の時代の神であった。
しかし召喚と同時に女神は黒い魔力に包まれ、6本腕の獣の様な風貌へ変化していく。
「死の女神、《ヘラ》、これがお前達神国を滅ぼす絶対神だ。さあ真女王、この女神と共に神国を滅ぼそうじゃないか」
700年前までには人々の秩序と安寧をもたらしていた創世の女神は、今や見る影もなく悪魔の様な姿をしている。
「本当は国に入ってから顕現させようとしていたんだがな、触れるものは全て闇による侵食を開始するこの物質界では最悪の代物よ!」
ヘラヘラと軽薄に語るアヌビスもまた、まさに“悪魔”であった。
「……ふん、他力本願な腰抜け男が、結局女への依存でしか自身を動かす事ができないとはな。哀れな末路だな」
真女王は何か術式のような物を展開している。それはアヌビスにも、瀕死で倒れているシンリにも認識ができなかった。
「さぁぁぁ、第二ラウンドと行こうぜえええ!」
闇魔法の中毒により、ハイになっているアヌビス。だが、ふと気がついた。
手が震えている。
ブルブルと冷たい何かが背筋から全身へ溶け出しているような感覚だった。
酒のせいではない。違う何かだ。
「あ……」
原因はすぐわかった。
目の前の真女王は、今まで抑えていたその“存在感”を解放したのだ。少し風貌も変わっている。
透き通るような美しき蒼い鱗、頭から生える白銀の2本の角、背中から生える目を見張るほど美しき羽、そしてその瞳はダイヤモンドの様に美しき水色。
「さて」
ふと、真女王は堕天女神ヘラに近いた。
その動きはあまりにも速く、時が止まっていたかの様だった。
ヘラは一瞬怯んだが、すぐさま真女王へ掴み掛かる。触れる事でマーキングされ、暗黒空間の闇の鎖が対象を引き裂く破滅術式を含んだ手だった。
「……ギャァァァァ!」
パンッ!という弾ける音がした。
そして次の瞬間にヘラの腕が消し飛んでいた。
「穢らわしい」
そして、苦しむヘラを変貌した真女王が睨む。
目に見えない“何か”
それが真女王へ襲いかかるヘラに何度もぶつかっていく。
「ヒ……ヒイイイイ!」
ヘラは悲鳴を上げる。
ぶつかった箇所が、まるで泡が弾けるようにいつか世界を支えていた女神は穴が開いていくのだ。
止まらぬ体の消失に、ヘラはもはや悲鳴を上げる事すら叶わぬほど“存在”を掻き消される。
そして、消し去っていった。
「おいおいおいおい、なんだこれ、真女王!お前は竜人だったのか!?竜人の域を越えてやがるぞ!竜人なら、俺も…」
アヌビスは自分の闇からゴーストを呼び出す。それを鼻から吸い、その情報を吸い出した。おそらくストックしていた中に竜人もいたのだろう。
「……う!?」
そして……真女王に対峙した直後から続いていた震えはさらに強くなることになる。
「竜人……じゃない。真……竜…?」
アヌビスは膝をつく。竜人の記憶と同調した事による、真女王の真名を知る事で逆らう事がよりできなくなったのだ。
そんな姿を見た真女王は、フッと笑う。
「さすが長命なだけあるじゃないか、私の真名に近づくとは」
「竜種の真祖……おまえは……」
真女王とアヌビスは目が合う。
パンッ
体に穴が開く。
「これは…相性が」
真女王はアヌビスに一歩近づく
パンッ
今度は頭に
「悪すぎるよな」
パンパンッ
血塗られた戦場跡
魔導機械の残骸と死体が転がる未だに血生臭く鼻につくこの平野は、死霊使いが死ぬことによる囚われた魂の解放による魂達の光の渦で照らされていた。
瀕死ながらも真女王の戦い、いや蹂躙を見届けていたシンリは立ち上がる。
「……」
自身の不甲斐なさに言葉が出てこないシンリ。真女王はシンリの隣に立った。
「貴様の敗因は、飛竜を使用しなかった事と、女王の魔術回路を使用しなかった事だ」
「…はい。その通りです」
「そうすれば、奴と相打ちくらいまでには持っていくことはできた」
「……」
シンリは俯いたままだ。
「だが、お前は間違っていない」
「え?」
真女王はシンリの頭をくしゃくしゃと撫でる。
「お前の戦いを見届けていた。それは武士であり、騎士であり、まさに勇者であった」
「……いや…俺は…」
シンリは拳を握りしめる。
涙を止める事ができなかった。
「良いんだ、お前は“真なる判断”を下した」
真女王は、母が子を抱きしめるようにシンリを両手で包み込んだ。
死の王から解放され、魂達はチカチカと光を発している。
それは、シンリが“侑”だった時代に関わってきた全ての魂がシンリの周りを飛び回っている。
それは、感謝の光ともとれる敬愛の灯火でもあった。
皆、行き場を無くした魂であった。
だか、シンリを知る懐かしくも温かみのある彷徨う魂は、シンリと真女王の2人をいつまでも暖かく包み込んでいた。
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