第2章 part2 聖と死
「なーに落ち込んでんの?」
魔導機の残骸の上から突然の声がした。
(なんだこいつ…今まで気配を感じなかった…!)
全く気配のなかったので、シンリは警戒を最大限に展開する。
こんな所に人間がいれば、その内包する魔力により、シンリは絶対に気づくはずだった。
だが、気づかなかった。それはこの人間がシンリにとって予想外の“敵”であることも示している。
「何者だ」
シンリは防御術式を展開した。
元々の特性上いかなる魔法も彼を傷つけることは困難だが、今の今までこの男の気配に気づけずにいた事実がさらなる警戒心を煽っていた。
軽薄そうなその男はボサボサの赤い長髪で、ヘラヘラと笑いながら話すその様はさながら酒場で飲み明かす中年男性そのものだった。
「はは、俺が何者かって?そうだなー、強いていえば俺は“死体荒らし”の“墓荒らし”、この地で散った魂を導く“ホトケサマ”ってわけだ」
それを聞いたシンリの脳裏にある属性が頭をよぎった。
「なるほど貴様、ネクロマンサーだな」
シンリの体が聖の光を帯びる。
薄く後光が指すその姿は、まさに神の使いに相応しい魔力と姿をしていた。
男はその姿を見ても相変わらずヘラヘラした態度でいる。
「おいおいー、やけに現代的な呼び方してくれるじゃねーの。今まで“死霊使い”って自称していたぜ」
男は酔っているのか、フラフラしながら立ち上がる。
「ここの魂を集めに来たのか。死体が山程あるこの場所に、宝の山へにでも来たつもりか」
シンリは聖属性の
その姿を見た男は後退りした。
「おーっ怖いねぇ……まあ聞け」
「は?」
「俺はな別名“死の王”って呼ばれてもいてな、ここには“女王”がいらっしゃると言うことで、“王同士”の挨拶も兼ねたつもりだったんだが……」
フラフラと体を揺らしつつ、男はもう一口酒を口にした。相変わらずニヤニヤと笑うこの男、自らを王と名乗るには似つかわしくはなかった。
シンリはその姿を見て、男へ侮蔑な視線を送る。
「お前の様な死臭の塊など、女王はおろか神国にすら足を踏み入ることはできない」
夜だと言うのに、この戦場跡一帯は聖属性特有の光によって、オーロラの様に戦場を照らされている。
「それに」
シンリの魔力がさらに濃くなる。上空には、聖魔法の
「お前、俺との相性悪すぎるぞ」
辺りを照らす
「ふむ……なるほどなぁ」
死霊使いの男には、魔力展開の気配は無く。まさに一般人と同じ魔力ゼロの状態となる。
「なるほど、歴史上2人目となる聖属性を持った男が神国にいるってのはお前さんか」
男はニヤニヤとシンリを見た。
それは、先程の軽薄そうな笑いではなく、邪気が多く含まれている。
「くくく……目的を探す手間が省けて良かったぜ」
ニヤニヤと不気味に男は笑っている。
「……気持ちの悪い奴だ。存在ごと消されたくなければ、このまま消えろ。悪いことは言わない、“この国以外”でやれ」
シンリは刃を男に向けた。
「それは」
男は背中を向ける。大人しく引き下がるのかとシンリは思った。
「もったいないってこったな」
「!?」
ズンッ!!!
急な衝撃、足元から影の様な物が伸びていき、シンリの胸へ衝突した。よく見るとそれは幾重にも重なる闇のオーラを帯びた骨であった。
兵器の残骸まで吹き飛ばされるシンリ、同時に展開していた“アマテラス”が強制解除される。
「……なんだと…?」
胸を押さえながら、自動でその傷を治るのを待った。しかし治りが遅い。
「不思議そーうな顔しているな。“死の魔法”は“聖の魔法”に対して絶対に優位になる事はあり得ないとでも?」
男の周りには闇のオーラを纏った無数のスケルトンが召喚されていく。
「死の魔法はその強力な性質から、元素の魔法、および特質魔法からも影響を受けづらい絶対魔法だ。しかし“聖属性”は死の魔力に対して触れるだけで消滅させる事ができる」
「そうだ……元に俺は過去にネクロマンサーと何度も対峙し、打ち倒して…いる」
「ハッハッハ!そりゃそいつらは不運だったんだな」
この話の中、男は300体ほどのスケルトンと50体ほどのドラゴンスケルトンを召喚している。上空に展開した《鎮魂の鐘》は一切影響がない様だった。
「死霊使いってのはな、限界が来やすいんだ。なぜなら闇の魔力は、その扱う人間の引き出せる量が決まっているからな、成長できないんだ。魔王以外はな」
やっとシンリの体が回復する。
シンリは即座に別の魔法を発動させる。
「舐めるなよ!」
シンリは手に剣を召喚した。
その剣は白い刀身と、幾重にも刻まれる古代文字が赤く輝く宝剣の様にも見えた。
剣を握り、一瞬にして距離を詰める。同時に振り上げた刃がスケルトン軍団を両断した。
周辺一体が空間を割く様に破れ、そこから白い炎が広がっていく。
「グァァァ、アアアァァ」
広範囲の空間ごと切り裂き燃え出した攻撃に、スケルトンとスケルトンドラゴンが苦しみだし、灰になった。
「おっとっと」
男は宙へ回避していた。
それをシンリは見逃さない。
「良い着眼点だ、それは確かに俺に効くかもな」
男は相変わらず余裕を持っている。
だが、先ほどの様に飄々としているのではなく、より濃い闇の魔力を全身から発していた。
次の瞬間、男は黒い魔力を展開、迫るシンリへゴーストのような魔獣を召喚した。
「無駄だ!」
ゴーストを男ごと断ち切る勢いでシンリは剣を振り上げた。
「ギャァァァァ!!!」
ゴーストが白い炎をあげながら苦しんでいる。
(クソっ両断できないだと…?)
だが、燃えるだけその体で刃を受け止めていた。
男は相変わらずニヤニヤと余裕を持った表情をしている。
「それ、太陽神の術式だろ」
剣を受け止めるゴーストを遠慮なく前に押し付ける男の目には、その光が凝縮された様な魔剣が映っている。
「《ラーの滅炎》、あの全てを聖で焼き尽くす魔法を剣という物体として顕現させたんだな。これは魂を燃やし尽くす…古い魔法だ」
「グァァォァァ」
燃え盛るゴーストは相変わらず叫び声をあげている。
「チッ……なんだこのゴーストは」
「それだけじゃないぜ?」
男がそういうと、黒いオーラが漏れ出てくる。まるでその白い
「その魔剣は絶大だが、切られる魂もまたその質量を上回っているのさ」
ゴッッッ!!!!
男の黒い魔力を纏った拳がシンリを襲う。盾になっていたゴーストごと、シンリは頭部へ打撃を喰らってしまう。
地面に叩きつけられるシンリ。
あまりの衝撃に辺りには大きなクレーターができていた。
「グッ…何なんだお前」
ふわりと着地する男はボロボロのローブの中から酒瓶を取り出してまたしてもグビグビ飲み出した。
「うえーっぷ!今夜は月が綺麗だねぇ、魂達が騒いでいる。いーい夜だぁ」
「……(もう出し惜しみはできないな)」
シンリは次の術式を発動した。聖属性も魂を燃やす術式も効果が薄い。
ならば聖属性を魂と同調させ、回復の極地といえる超回復と肉体強化を白い炎を纏いながら戦う魔法を展開した。
その魔法の名は《永遠の体現者》という。
シンリが“本気”になったと察した男は、慌て出す。
「おいおい、待て待て待て、まだ俺の名前すら名乗ってないだろうよ」
再び臨戦体制に入ったシンリに待ったをかける男。
「俺の名前はもう人の名前を名乗るのは昔すぎて忘れちまった。だが、取り込んだ魂にかっちょいい名前を知っているやつがいたんだ。そいつは転生者でな、俺の死の王をちなんで《アヌビス》と呼ぶと良いと教えてくれたんだ」
その名はシンリの深い記憶を呼び覚ます。
転生前に聞いたことがあるあの“名前”
「……それはある宗教に伝わる死の神の名前だ。お前みたいな不遜な輩には似つかわしくない」
アヌビスは目を見開いた。
「おーー!知ってるのか!まさか転生者に会うとはな!」
アヌビスは歓喜している。
その高揚した姿から、より深く黒いオーラが漏れ出してくる。
「久しぶりに“喰いがい”があるじゃねぇーのー!」
ダンッ!
シンリはアヌビスに向かっていく。武器による攻撃は先ほどから繰り出される闇のカウンターによって効果的ではない。
今度は魔術格闘による肉弾戦に持ち込む。
打撃戦により、アヌビスの纏う闇魔法を削り切る作戦で出た。
「おっと、それは当たったら俺には効くかもなぁ!」
アヌビスは焦りつつ、シンリの攻撃を避けていく。拳が空を切る毎に発生する白い炎は広範囲に周辺を燃やしている。
アヌビスは避けてるはずが燃える身を焼かれつつ、致命傷は避けている。だが、その回避も一切の手も緩める事はない。
術式により無限の体力を持つシンリに対してはジリ貧であった。
「うぐぅ!!!」
シンラの蹴りがアヌビスに決まる。宙に蹴り出された衝撃がアヌビスを襲い、さらに吹き飛ばされるアヌビスに追いつき渾身の拳が突き立てられる。
「ガァァ!」
血を吐き、大ダメージを負うアヌビス。
白い炎を纏いながら《永遠の体現者》を発動し続けるシンリ、この程度で死ぬとは思ってもないからだ。
「ゲホッゲホッ」
血を吐きつつ、フラフラと立ち上がるアヌビス。
「ゲホッ…いいねぇ、その魔法術式、俺は見た事がある……」
アヌビスにはダメージが入っている様に見えるが、だがその流す血ですら異様にどす黒かった。
「勇者が魔王を倒す際に似たような術式を用いた。奴らは闇の空間で永遠に近い時間を戦ったんだ。その時は、女神の力を勇者に憑依させる事で魔王は倒された…」
「?」
シンリは眉を顰めた。
そしてため息をつく。
「……この世界の勇者のことなんて俺は知らん。これは俺自身が編み出した術式だ」
「くくく、分かってねえな……なぜお前さんの聖魔法が効かないかもわからないんじゃねぇのか?」
再びアヌビスは闇の魔力を解放する。
今度は鎧をつけた屈強な戦士が2人、虚な眼をして召喚される。
シンリは構える。
「それくらいわかる。俺の聖属性が当たるほどに影が濃くなり、影が強くなるほどその力が増しているんだろう?」
「半分当たりだ、くくくっ賢い奴は好きだぜぇ」
戦士は剣を取りシンリへ襲いかかる。
おそらく歴史の英雄クラスの戦士であろう2人の猛攻。
2人の戦士の剣は的確にシンリの首元、それを避ける動作に合わせて機動力を奪うべく四肢を切り刻んでいる。
2対1の状況、さらに英雄クラスに等しい美しくも激しい斬撃は、シンリでは太刀打ちができなかった。
振り上げられた剣を避けるはずが当たり、攻撃を知覚したと同時に多方向からの刃がシンリを突き立てる。
しかしシンリはその《永遠の体現者》により切られた瞬間から回復が始まり、彼に触れる剣から白い炎が燃え移り対象を燃やし尽くす。
敵わずとも相手を滅ぼす。
シンリが使用している術式はそんな途方もない魔法であった。
「ァァァァ……!」
あっという間に2人の戦士は白い炎に包まれた。燃えた先から徐々に灰になり崩れていく。
だが、その瞬間であった。
ガッ! ガッ!
2人の戦士がシンリに掴み掛かった。
2人が灰になるまでの数秒だった。
その後方では、アヌビスはより邪悪な笑みを浮かべている。そして小さく呟く。
「……刻め“聖痕”《スティグマ》」
アヌビスの手が空に弧を描く。
戦士に掴まれながら、シンリは十字を手で描く仕草を思い出した。
「ガァ!」
その瞬間、シンリを掴む戦士の目がグルンと回り、その眼球には円形状に五つの線が交わる紋章が浮き出ていた。
「…ウグゥ!!!」
急な激痛が走る。《永遠の体現者》の効果により、痛みも傷も疲れすら伴わないはずのシンリの体に耐えられないほどの痛みが走っていた。
ズキンズキンズキンズキンズキン!
シンリが感じる痛みは人生の何よりも痛みを生じていた。
「……くっ」
思わず空中から墜落する。2人の戦士はすでに灰となり、サラサラと砂になって消えていた。
ズキンズキンズキンズキンズキンと肩から胸、頭から額にかけて痛みが走る。
「ぐうううう!これはなんだ!?」
既に立っていられず、シンリは膝をつく。
そんな無防備な姿を、アヌビスは楽しそうに覗き込んでいた?
「お前は賢いやつだがな、よく詰めが甘いと言われないか?お前はそういうやつだよな、女王親衛隊隊長シンリ・カイセ」
アヌビスの闇の魔力がさらに増大している。だが、それだけでなく、ドス黒いオーラを身に纏ってもいた。
「体をよく見てみろ、似合ってるぜ」
「!?」
シンリは自身の痛みが発生している所を見た。相変わらず《永遠の体現者》は発動していたが、そこに治り切らない“傷”があった。術式の効果により治そうとしては傷が開きを無限に繰り返していた。
「これは……聖痕!?」
「そう、知ってるじゃねえか。そうだ、聖の者に対して起こる“呪い”みたいなものだ。ある者はこれに一生苦しめられる、だがそれは対価として女神の加護が強力になる」
「お前は……一体……」
シンリは聖痕により、動きに制約が出てしまっている。これを解除するには、《永遠の体現者》を解くしかなかった。
「お前さ、女神ってわかるよな?元々この世界を創世したと言われる絶対神だ。もちろんその信者は世界中で溢れかえっていたんだぜ?」
シンリは痛みから意識が飛びそうになるが、男の声に集中する事でなんとか意識を保っていた。
「女神教は時代と共に……消えていったと聞いている……」
「アッハッハッハッハッハ!」
アヌビスは高笑いをした。邪悪な笑いだった。
「女神教が時代と共に消えていったぁ?消えていったのはな、“俺だ”」
「!?」
さらにドス黒いオーラは増大している。それはシンリの聖のオーラを逆に飲み込まんとしているようであった。
「聖典による女神の施し、そしてその信仰による教会という領域を駆使した“奇跡”、死者すら蘇らせる強力な魔法式」
アヌビスは邪悪な顔がさらに歪む。
最初の軽薄な酔っ払い男のような印象はもう無い。
「俺は、それを闇魔法で“飲み込む”事に成功したんだ」
「待て……俺が知る女神教は、はるか昔のはず……」
「あっはっはっは!!!はるか昔か!そうだな!あれはもう“700年”も昔の話だったよなぁ!」
「!…おまえは……」
「光は闇を祓う、闇は光を飲み込む、まさに光と闇の戦争だった!俺は1人であの強大な教会を、教国を飲み込んだのさ!」
アヌビスの闇のオーラから、死霊達が大量に飛び出してきた。一つ一つが大きな悲鳴を上げながら周囲一体を嵐の様に駆け回る。
過去、膨大な数を取り込み、成仏を阻まれた死霊達が呪詛を叫びながら月明かりに照らされた空を飲み込んでいる。
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