第4章 part15 グルメな3日目
ドン・ロブスターの内部は、その禍々しい外観からは到底想像もできないほど、美しく整えられていた。
魔導灯の柔らかい光が、丸みを帯びた壁面を淡く照らし、そこにはかつてこの巨大魔獣の内部で共生していたのであろうサンゴや貝殻が、内殻に張り付くように残されていた。
それらは光を受け、まるで夜空の星のようにキラキラと反射し、店内に幻想的な雰囲気を生み出している。
テーブルは四人掛けの丸型で、中心には真珠のように淡く輝く素材が埋め込まれていた。その周囲を囲む椅子は、まるで大きな卵のように丸く可愛らしいフォルムをしており、座るとふんわりと包まれるような感触がありそうだった。
「わぁ……!すごいね、クロウ」
フェイは思わず声を上げ、その目を輝かせた。
クロウもまた、目の前に広がる異様な空間に思わず感嘆の声を漏らす。
「こんな広い店内だとは思わなかったな。外から見たより遥かに広い……これ、対象空間を拡張する術式でも使ってるのかな。圧縮の逆ってところか」
すると、フェイがクスリと笑いながら言った。
「そうやって、すぐ魔術の話に繋げるところがクロウさんのいいところですよ」
「ん……まあ、職業病みたいものかな」
そう答えつつ、クロウは少しだけ照れ臭そうに頬をかいた。
すると、上の方から明るい声が響く。
「クロウーー!こっちこっちーー!」
声の主はユイだった。
この店内は、その外観からは到底想像もできないほどの広さを持ち、まさにクロウの言った通り、拡張術式によって内部空間を操作されていた。
「こっちだよーー!」
ユイはこのドン・ロブスターの頭部にあたる、いわば二階席から身を乗り出して手を振っている。だが、目を凝らしても通常の階段らしきものは見当たらない。
クロウは辺りを見回し、何か登れるものを探した。そして、壁際に奇妙なものを見つけた。
「ああ……これを登れってことか」
そこには、ドン・ロブスターの眷属であるデミ・ロブスターの頭部が、壁から突き出す形で連なっていた。生きているかのようにテカテカと光るその質感は、どこか生々しく、異様な存在感を放っている。
「内装はこんなに綺麗なのに、こういうところだけ生々しいのって……絶対店主の趣味だよね」
フェイも顔をしかめつつ、クロウと共にその奇怪な“階段”を登っていく。
ようやく二階席に辿り着くと、そこにはすでにユイが満面の笑みで席に座り、手を振っていた。
「やっときたじゃん、待ちくたびれたんだから!」
「まさか、あんなスピードで走るとは思わなかった」
ため息をつきながらも椅子に腰掛けたクロウに、ユイは誇らしげに胸を張る。
「へへへ、腹減りといえばわたしでしょ?」
「いや……わからん」
クロウはユイの謎理論に苦笑しながら、フェイと共に席についた。
「もともと、このお店のこと知ってたんですか?」
フェイがユイに尋ねると、待ってましたとばかりにユイは身を乗り出し、力説を始めた。
「そう!これだよこれ!カムイといえばこのカム麺!カム麺こそ、この国の醍醐味!食べずに帰るなんて考えられないよ!」
「は、はは……知りませんでした……」
フェイは少し面食らいながらも微笑む。
クロウは「いつものか」と内心思いながら、目の前のメニューに目を移した。
テーブルの中央に魔法投影されたメニューには、大きな椀の中にスープと麺が湛えられ、芳醇な湯気が上がる様子が映し出されていた。それは、クロウの記憶の片隅にある、ユイの故郷【ヤマト】の伝統料理――ラー麺に酷似していた。
「こんな豪華な内装なのに、出すのは麺なんだ」
「そう!わたしの故郷、ヤマトのラー麺を、カムイのシェフたちが大胆にアレンジした一杯!最強のラー麺を目指した究極の逸品なんだよ!」
「わたし、ラー麺って初めて聞きました」
フェイは興味津々にメニューを見つめ、しかし選びかねている様子だった。
「あ、そうか。フェイは西大陸の大貴族だもんね。ラー麺って庶民食だし。でも安心して!」
そう言うとユイは、懐から手のひらサイズの古びた冊子を取り出す。
「見て!」
術式を込めると、その冊子はパッと雑誌サイズに拡張される。ユイがカムイに到着した際に教えてもらった圧縮術式だった。
「これ、私の故郷の雑誌なんだけど、一度だけカムイのシェフ特集やったの!その時、この店のことも載っててさ。コメントしてたのが神国の偉い人みたいでさ、絶賛してたんだよ!」
興味を惹かれたクロウとフェイは、雑誌のページを覗き込む。
《神国大使絶賛!統治国家カムイに究極の一杯誕生!》
その記事には、理由は伏せられていたものの、海洋国家ヤマトに詳しいという神国大使『S』氏の名が記され、百年以上生きるというドン・ロブスターの素材を用いた【カムイ麺】の魅力が熱く語られていた。
クロウは、その『S』氏とやらの写真に目を留める。阻害魔法が施され、一般の目にはモザイクがかかったように映るその顔。しかしクロウの眼なら、その魔術を透かしてもはっきりと見ることができる。
「ほえー、この人がドン・ロブスターをこの店に提供したらしいですよ」
フェイは記事の先を読みながら、該当部分を指さした。
確かにそこには、神国大使『S』氏がカムイ近海で災害級と恐れられた千年級のドン・ロブスターを討伐し、その殻を料理人に提供したと記されていた。
銀髪、仮面越しに覗く金の瞳――見覚えのある顔だった。
(なにやってんだ、こいつ)
クロウは心の中で呆れ気味に悪態をつきながら、記事の続きを追った。
《S氏のコメント》
「私の故郷にも似た料理があり、若い頃は週に五日は食べていた時期もあります。色々なラー麺を食べ歩いてきましたが、ここが一番の一杯です」
(……薄っぺらいコメント)
クロウは内心で毒づき、雑誌をパタンと閉じた。
「……まあ、食べればわかるさ」
そう呟き、クロウはメニューを再び開いた。香る湯気と共に、未知の麺料理への期待が膨らんでいくのだった。
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