第1章 part2 舞い降りる黒鳥
東の海からの水平線に、ゆっくりとその巨体を現したのは、独裁武装国家アリサウズの誇る魔導戦艦だった。
分厚い装甲に無数の砲門、空中を滑るように配置された魔導戦闘機。
海面を抉る波の音と、低く唸る魔導エンジンの咆哮が、周囲の空気を震わせる。
艦橋では、アリサウズの士官が双眼鏡越しに西の空を睨み、にやりと笑った。
「西側の馬鹿どもが正面で戦ってる間に、我らがこの海から神国を制する」
士官は今この時、地上の神国国境付近での大規模戦闘の情報を掴んでいた。
30万の大軍勢を相手取るのだ、いくら神国といえど、時間と戦力はそちらに割かれるに違いないと確信していた。
「女王などという馬鹿げた支配歴史にはうんざりだ……女の支配など我々アリサウズにとっては排除すべき世界の汚点だからな」
これから進軍し、蹂躙、支配の末の報酬が如何に甘美かを士官は既に妄想していた。
「報告します!」
そんな中、通信兵が慌ただしくやってくる。
「神国親衛隊と西側連合軍の戦闘開始!
西側は劣勢、戦況は神国有利──」
「くくくっ……やはりそうだな、良い流れだ……」
そう、これはすべて予定通り。士官は満足げに頷き、指揮棒を握りしめた。
(進軍の開始だ!)
だが、
その瞬間だった。
ふと一人の若い甲板兵が、空を見上げた。
特に理由はなかった。
ただ、妙に胸騒ぎがしたのだ。
そこには青空に浮かぶはずのない、黒い点──いや、影が、遠くにひとつ、漂っている。
「……空に何か、」
その言葉を最後に、信じられない衝撃が戦艦を揺さぶった。
ドォンッ!
空から突如舞い降りた漆黒の機体が、まるで巨大な猛禽が急降下するかのように、『鴉』が甲板へと激突したのだ。
「うわぁぁ!」
「なんだ?」
グラグラと揺れる戦艦。
急な衝撃に船上の人間は戸惑うしかなかった。
神国狂女王直属部隊の専用魔導スーツ【鴉】
体調3メートルほどの小型魔導スーツだが、全身が人工筋肉と特殊装甲に包まれた女王親衛隊と対となる兵器である。
「な…なんだ?」
【鴉】が直撃した跡は、移動要塞に使用された分厚い装甲も魔力障壁も意味を成さず、甲板は大穴を開けている。
隕石が激突した様にできたクレーターの中心にある機体の周囲には、魔力の衝撃波が広がっている。
さらに近くにいた兵士たちは悲鳴すら上げる間もなく吹き飛ばされていた。
散らばる肉片。
まるで、隕石でも落ちてきたかの様な衝撃が、ユラユラと巨大な要塞を海上で揺らしたのだ。
この衝撃は、要塞にいる全兵士が一つの答えを得るに申し分なかった。
「て、敵襲──!!」
アラームが鳴り響く。戦闘魔導ドローンが急速展開し、砲口が『鴉』を取り囲む。
「……」
赤い双眼がゆっくりと光る。鴉は翼も遠距離武器も持たない。武器はただ鋼の拳と両腕、そして常に周囲に満ちる魔力粒子の流れを纏っている。
「撃て!」
砲弾が放たれ、魔力弾が飛ぶ。
だが、すべてが届く直前で弾かれ、霧散した。
ドシュッ
鴉の拳が振り抜かれる。直接触れていないにもかかわらず、空気を伝う衝撃と圧縮された魔力粒子が、範囲ごと魔導ドローンと機関砲座を押し潰した。
「なにっ!?」
【鴉】は今度はその手を手動に切り替える。そして横一線に振り抜いた。
その瞬間、艦橋の一部が吹き飛び、爆発音と黒煙が空へと上がる。
「ば、化け物か……!早く魔導アーマー部隊を出動させろ!たかが一体の魔導アーマーだ!はやく取り囲め!」
「りょ、了解!」
指揮官の叫びも虚しく、鴉は舞う。
即座に様々なゲートから魔導アーマーが次々と一歩一歩地面を踏みしめながら歩き出してくる。
その手に持つ砲塔は甲板にいるはずの【鴉】へ標準を絞る。
たが、全てが遅かった。
既に【鴉】はアスリートの様に甲板を走り、跳躍し、拳を振るい、手刀で装甲を引き裂いていたのだ。
「ひ、ひいいいいいい!」
コクピットからいち早く逃げ惑う兵士を、その圧倒的な速さで捕らえ、片腕で握り潰した。
その間も船上からの銃撃は【鴉】を狙い続けていた。だが、やはり物理、魔法共に無効化されている【鴉】のアーマーは貫かない。
続いて魔導アーマー部隊が応戦する。
高出力の魔力ブレードを持った魔導アーマーが三機、【鴉】へ切り掛かる。
ギイイイイン!ギイイイイン!ギイイイイン!
悲鳴の様な音を立てているのは魔導アーマーの方だった。ブレードが接触した瞬間に【鴉】の装甲から発せられる反魔法の圧力によりブレードから発せられる魔力が逆流、魔導アーマーの装甲へダメージが入っていく。
バキッ! ベキッ!
接近した魔導アーマーは関節を逆折られ、コクピット部分も握りつぶしパイロットは内部から破壊される。
この一部を見ていた兵士は呟いた。
「こんなの、戦いじゃない……化け物だ……」
そして魔導兵器が片っ端から蹂躙され、それを持たない兵士も草を薙ぎ払うかの様に一瞬にして細切れにされた。
30分後
戦艦は血と火に染まり、もはや原型を留めていない。
わずかに生き残った兵士たちは海へと身を投げ、狂ったように逃げ出していた。
“蹂躙”
一体の魔導スーツアーマーによる、一つの艦が潰されたのだ。
だが、そのとき。
『ピーッ! 1号艦、無事か?緊急信号をキャッチした。もう一度問う、1号艦、状況を報告しろ』
艦のスピーカーから、緊急通信が入る。
「……まさか!」
海へ身を投げ出した兵士達が、次々とその希望の“輪”を目にした。それは彼らにとっての希望の“リング”だった。
艦の周囲に3つの巨大な魔法ポータルが開いている。
絶望、恐怖、その心が満ちた兵士たちは、その光り輝くポータルに希望の光を見たのだ。
ポータルから現れるのは、アリサウズの最高戦力、魔導戦艦〈アルグロス〉そしてその同型艦が2つ。
「増援だ! 助かったぞ!」
歓喜の声が響く。
〈アルグロス〉を含めた3艦が無惨にも崩壊寸前の魔導戦艦を見据え、瞬間的に搭載された魔導兵器たちを発進させた。
先ほどの10倍もあろうかというその魔導ドローンや魔導アーマー、魔装具を纏う兵士達。
その先には血濡れの神国製魔導アーマー【鴉】が紅い眼を光らせている。
【鴉】は甲板に立ち、増え続ける標的たちを見据えている。
「…… なるほど、物量であればこの『鴉』に勝てると」
アーマースーツを装着した“カゲハ”は薄ら笑いを浮かべる。
そう、彼こそがたった今虐殺行為を行った張本人。
神国 狂女王直属部隊【鴉部隊】隊長 カゲハ
彼は、特別な魔力などはないが、この特殊な装備を纏う神国への脅威を事前に抹殺する請負人でもあった。
「いくら強いといえど、この物量。対処できるものではないぞ……!」
増援である戦艦アルグロスの指揮官はモニターに映る異質にも血塗れの魔導スーツを睨みながらちった。
「……ふっ、本当に愚かな奴らだ…」
カゲハはそう言わんばかりの軍勢を前に薄ら笑いを浮かべた。
『物量で攻め落とせ!神国の薄汚い鳥を討ち取るんだ!』
アルグロスのスピーカーから指揮官の怒鳴り顔が聞こえてきた。仲間達を惨殺された恨みもあってか、強い怒りを感じた。
だがこの瞬間、
誰にもそれは予想ができなかった。
ズン…
ズン…
ズン…
にぶい衝撃音が響く。
その場にいた全員の表情が凍りついた。
鈍い音を立て、そこに降りてきたのは、1体ではなかった。
計8体の『鴉』が、戦艦の甲板、主砲座、司令塔の上へと着地する。
そして……海上に響く、悲鳴と爆発音。
人々の叫びが、再び始まりその風と波音に呑まれていく。
「……これが、神国の力なのか……」
艦橋の士官の震える声が聞こえた。
そして静寂。
水面に落ちた血の色が、海にゆっくりと広がっていくのだった。
魔導戦艦〈アルグロス〉艦橋内部では司令官が拳を握りしめていた。
「馬鹿な……こんなちっぽけな奴らに、この戦力で、艦隊が──!」
最高責任者である総帥グランスは、蒼白な顔で魔導水晶の映像を睨んでいた。
次々と燃え落ちる味方艦。空から降り続ける悪夢のような黒き影。
「何が……何が起きている!」
砲撃を命じようにも、即座に無効化される。しかも常識が通じない。
鴉は全ての魔導攻撃を無効化し、砲弾も衝撃波すら魔力の揺らぎで掻き消す。
接近すればその肉体で叩き潰され、離れても遠距離魔法など意味を成さない。残されたのは恐怖のみ。
「……こ、この化け物を奪え……!」
総帥は最後の賭けに出ていた。艦内の全兵士に、『鴉』捕獲作戦を発令。内部へ誘導し、閉鎖空間で拘束する算段だった。だが、それは叶わなかった。
ズドンッ──
轟音とともに艦橋の天井が破壊され、赤い双眸の影が現れる。
「まさか、ここまで来るとは……っ」
恐怖に引き攣る総帥。その足元へ、黒い塊が降り立った。
魔導スーツアーマー『鴉』──そして内部には漆黒の髪と瞳を宿した青年カゲハ
無表情の中の僅かな嘲り。彼は淡々と、目の前の総帥を見下ろす。
「すまないな、そういう任務だ」
ぼそりと呟くカゲハ。
指を軽く振ると、周囲の鴉たちが艦橋を制圧していく。兵士たちは恐怖で武器を投げ捨て、総帥すら膝をついた。
「神国に仇なす者、この艦と共に消えろ」
鴉の拳が振り上げられる。魔力は艦橋ごと総帥を包み込み、魔力粒子が凝縮し──
ズガァァァン!
艦橋上部が吹き飛び、煙と破片が空へ舞う。
「……くだらないな」
カゲハは小さく吐き捨てると、『鴉』を跳躍させる。海上に残る最後の戦艦へと飛び移った。
周囲には、すでに海上の光景とは思えぬ瓦礫と骸の山。
そして神国軍の魔導スーツ部隊が海を制圧し、武装独立国家アリサウズの艦隊は壊滅した。
戦闘は、終わったのだ。
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