陽菜の反撃

 早朝、蒼真の母から家の鍵を託された陽菜は、

 こっそりと彼の部屋へ侵入する計画を立てていた。


 ちょっとした仕返し――それくらいの軽いノリで、

 陽菜はセンサーに鍵を当てて静かに玄関をくぐる。


 妙に静かだった。両親は今日は不在らしい。

 蒼真ママからのメッセージで確認済みだ。


 シンとした空気の中、階段を上がる足音がやけに大きく響く。

 胸の鼓動も少しだけ早い。


 蒼真の部屋の前で、一度深呼吸。

 そして、そっとドアを開けた。


 カーテンは閉じていない。照明はついていないが、

 朝の光で部屋はぼんやりと明るい。


 忍び足でベッドのそばに近づき、そっと隣にしゃがむ。


「……かわい」


 寝顔を見ただけでもう満足しかけていたが、

 せっかくなので小声で呼んでみる。


「そうまぁー」


 すると、蒼真が「うーん……ひなぁ?」と間延びした寝言を漏らした。


 その声が妙に可愛くて、思わず口元がゆるむ。


 もう一回だけ。そんな気持ちで再度名前を呼ぶと――


「ひなぁ~……ほっぺにちゅーして~」


 寝言が、爆弾を投下してきた。


「……なっ……」


 陽菜は一瞬固まった後、口元をにやけさせる。


(してほしいなら……してあげよう。うん、そうしよう)


 そう決意しかけた瞬間。


 脳内で過去の“恥ずかし陽菜コレクション”が一斉に警鐘を鳴らし始めた。


 蒼真ママに鍵をもらった時点で察するべきだった。

 そもそも、あの買い物も今考えるとおかしい。

 それに、以前は自分の両親までグルだったではないか。


 ふと、奥の棚のあたりに視線を向ける。


 見たことのないぬいぐるみがある。


 陽菜の脳内で、パズルのピースが一気にハマった。


(……これ、絶対、罠)


 だが――

 ここで何もせず引き下がったら、それこそ蒼真の思うツボ。


 陽菜は、決断した。


 この間、約2秒。


「ぶちゅーっ」


 蒼真の頭をそっと抱き寄せ、唇に勢いよくキスをする。


 驚いたように目を見開く蒼真。

 寝起きのはずなのに、顔が一瞬で赤くなった。


 これは、陽菜が初めて“勝ち”をもぎ取った朝だった。


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