納得の親子

 休日の昼下がり。私は、手作りお菓子とノートをリュックに詰めて、蒼真の家のチャイムを押した。


(今日は勉強会……いや、正確には“遊び”多めの勉強会……)


 ピンポーン。


 すぐに玄関のドアが開いて――


「こんにちは。いらっしゃい、陽菜ちゃん」


「あ……こんにちは。お邪魔、します……?」


 そこに立っていたのは、まさかの蒼真ママ。


(え、本人いないパターン!?)


 そこに立っていたのは、まさかの蒼真ママだった。


(え、本人いないの!?)


 もちろんお母さんのことは、小学校の頃からずっと知ってる。

 親同士の付き合いもあったし、蒼真と一緒にいるときに話したことも何度か。

 だから「全然知らない人」ではない……けど。


(ふたりきりで、ちゃんと会話するのって……たぶん初めてじゃない?)


 いつもは誰かしら挟んでたし、そもそもこの家、親がいないことのほうが多いし。

 知ってる人だけど、“陽菜個人”として話すってなると、いきなりハードルが爆上がりする。


(やば……なんか思ったより緊張してる……!)


「蒼真はちょっと買い物。すぐ戻るって。……LINE来てない?」


 スマホを開くと、《20分くらいで戻る!お茶でも飲んでて》と書かれていた。


(いや、それ気軽に言ってるけど、20分ってまあまあ長くない!?)


 そんな動揺を見せるわけにもいかず、私はぎこちなく笑ってリビングに通され、お茶を差し出された。


「蒼真が、いつも迷惑かけてるでしょ? 本当、ごめんね」


「い、いえっ!? そんなこと……!」


(いや、大迷惑なんだけど!?!?)


「あなた、やさしいのね。……でも、そんな調子だと将来苦労するわよ?

 ずっと蒼真に振り回されて、頭抱えることになるわよ?」


「~~っ……あの、まだ、そういうのじゃ……!」


(なにその“もう嫁”前提の話運び!?)


「えー、陽菜ちゃん、蒼真のこともらってくれないの?」

「もしかして、嫌い?」


「す、好きですっ!!」


(――言ったああああああ!!!)


 言ったあとで、全身の体温が爆上がりするのがわかった。

 お母さんは「うんうん」と嬉しそうに頷きながら、あたたかい口調で続ける。


「ふたりのことは、ふたりのペースでいいと思うけど……でも、孫だけはしっかりお願いね?」


「~~~~~っっ!!!」


(まって、ペース以前にスタートしてませんからああああああ!!!)


「そうだ、陽菜ちゃん。私のこと、これから“お母さん”って呼んで?」


 お母さんは立ち上がり、棚からなにやら取り出して私に差し出す。


「はい、これ。うちの鍵。ちょっと前から用意してたのよ」


「えっっっ!? え!?!?!?!?!?」


「陽菜ちゃんだったら、もうチャイム鳴らさなくていいのよ。朝とか勝手に蒼真の部屋に突入して、“起きろー”ってやっちゃいなさいよ♪」


(さっきからスピード感どうなってるの!? 外堀どころか天井まで埋まってるよ!?!?)


 うれしい。……けど、恥ずかしい。なんか、すごい。動揺がすごすぎて、もう自分が誰だかわかんない。


 ◆


 30分後、買い物袋をぶらさげた蒼真が帰ってきた。


「おー、陽菜。もう来てたんだ? ……ん? なんか顔赤くない?」


「……っ、べ、別に! なんでもないし!」


(むしろ全部手に入れてる……)


 その後、勉強に入ろうとしても――


 どうにも集中できない。


 なぜなら今、私のポケットには“あの鍵”が入っていて、蒼真はそれを知らない。

 知らないくせに、いつも通りな顔してくるのが、逆にずるい。


(――だめだ。今日も、いつも通りにいかない……)

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