第14話 逢瀬少女−5

 まさか藍華がスプーンを食べるのが好きな人だとは思わなかった。多様性の現代。否定するのはよくない。安易に否定するのでなく受け入れる姿勢を取ることが現代社会で生きる上で必要な能力だと思う。たぶん。


「……」


「……」


 私たちは横並びになって帰宅している。バスで帰ろうとしたが、藍華の提案で少し歩く事に。


 さっきのカフェの出来事があってからかお互い無言。無言の場はいつもより心の声が活性化する。心の声は脳と心の差異を埋めてくれる。気持ちの整理がつきやすい。


 今日はいろんなことがあった。朝から映画を見て本屋に行き、カフェでゆったりした。ゆったりと言えるほどできたかは怪しいが、私が言うのだからそうである。


 無言になるといつも気にしないような事にも過敏になる。遠くで聞こえる子どもの声、夕方になったという一日の終わりを知らせるカラスの鳴き声、道端の草の中でうっすらと聞こえる何かが動く音、前から来るイチャイチャしているカップルの声と足音。


 聞こえる全てが、無言の世界の中にいても、この地球に私たちが存在していることを教えてくれる。


 信号待ちの際ふと、視線を横に向けるとそこには懐かしの公園があった。


 その公園は特別広いわけでもせまく窮屈なわでもない。ただただという一般名詞を説明する際に出てくるような普通の公園。


 なにかすごい遊具や記念像などは一切ない。


 子どもの身長よりも少し高いくらいの簡易的なボルダリングと斜めにかけられた縄が付属しているトンネル型の滑り台。しかも二個付いてある。


 学校に置いてあったら、間違いなく争奪戦が始まるであろう六個しか椅子がないブランコ。それ以上あっても逆に困るだけだけど。


 そして以前は設置されていた青色のシーソー。色が剥げ少し不気味な色をしていたような記憶。だが、それが今はない。


 確か小さい子がふざけて立って遊んでいたらバランスを崩して地面に衝突。そのまま鼻を折った事故が発生したことから撤去したらしい。あくまで噂だけど。


「…ねえ藍華。せっかくなら…ここの公園で話さない?」


 肩をトントンと叩き「あっちだよ」と指差し公園を示す。藍華は何も言わなかったが、小さく頷いた。


 なぜ私がこの公園にここまで詳しいかと言うと、小さい時、それも小学校に入学するよりも前、母親によく連れてきてもらっていたからだ。


 変わり映えのないシーソーの上下移動ですらずっと笑えていたほど純粋だったあの頃はどこへ行ってしまったのか。代わりに純白な美少女が出来てしまった。まったく神は罪な存在だ。

 

「ブランコに乗るのなんて、ひっさしぶりだなぁ〜!」


「確かに…中学入ってからあんまり乗らなかったよね…」


 私は限界までブランコを後ろに下げ、足で土を蹴り力を加える。力を加えられたブランコは前に大きな弧を描きながら空へと滑り出す。風が髪を掠め、空気が顔を撫でる。

 

 視界が少しずつ高くなり、世界がほんの一瞬逆さまに見える。胸の奥がふわりと浮く感覚を味わう。


 鎖が軋む音とともに、ブランコは後ろに下がる。一瞬の静止。


 次の瞬間、溜めていた力が解き放たれるように前へと滑り出す。速度をさらに上げるため、意味があるかはわからないが、足を前に伸ばし加速する。


 何年振りかわからないほど乗ってなくても、身体は乗り方を覚えている。


「きっっもちいねー!」


 隣の藍華もきっと私と同じ気持ちだろうとチラッと見てみたが、私とは対照的に少し前後にしか動いていなかった。


「あれ?どうしたの藍華?元気ない?」


「え、あ…いや、ちょっと緊張してて…」


「そう?こうやってブランコ漕いでると悩みとか嫌な事とか忘れられるよ。緊張もマシになるかも」


「…人音にも悩みとかあったんだ…」


「私をなんだと思ってんのさー」


 藍華は時折、私を完璧超人かのように思っている節がある。すごいエピソードがあるわけでもないのに、神格化されている気がする。


「…人音はすごい人だよ…私なんかよりも、ずっと」


「えーなんでさ。私だってそんなー」


「…困ってる人をすぐに助けられるすごい人だよ」


「……?なにそれ?」


「去年…私たちが中三の時の星凛祭のこと…覚えてる?」


 急に聞き覚えしか無い単語が出てきて眉が上がる。星凛祭は漢字が同じであれば、今通っている星凛高校の文化祭の名前だ。

 

 私は中三の時フラッと立ち寄って出し物を楽しんでいた。


「星凛祭って…うちの高校の?」


 一様確認として聞いてみる。星凛祭という高校名と同じ文化祭の名前が被るわけがなく、想定していた通りの返事が返ってくる。


「え、どういうこと?藍華も星凛祭に行ってたってこと?」


「行ってた…ってよりも、私人音と会ってる」


「……え?いつ?」


 その後藍華は去年の星凛祭のことについて話してくれた。


 藍華が人混みに疲れて泣いていたこと。

 そこに私が話しかけたこと。

 一緒に藍華のお姉さんを探したこと。


 ……思い出したかも


「…じゃあ私たちは、その日あのベンチで出会った、ってことね」


 あのベンチというのは中庭の噴水の周りを囲んでいるベンチを示している。

 そのベンチには伝説が多く、そこでというのがある。


 クラスメイトの子が「ベンチで寝て起きたら、見知らぬ先輩が膝枕してくれてた!」らしく、その二人はこの前付き合ったらしい。私としてはドン引きエピソードだけど、この伝説、迷信を信じている子にとっては王子様との出会いだったのかな。


「なんだぁ〜そんなんなら早く言ってよぉ〜」


「い、言えるわけないじゃん…!」


「え〜なんで〜?」


「それは…」


 藍華の顔が夕焼けのせいで赤い。でも太陽は藍華の後ろにある。なんで赤いの?


「か、帰る!もう!」


「ちょ、藍華!」


 藍華はブランコから勢いよく降り、私がブランコの時に土を蹴った力以上のパワーで地面を蹴り、猛ダッシュで逃げていく。逃げていった先は帰り道と言っていた方向。


 私は追いかけようと思ったが、焦りからうまくブランコを降りられず、気づいた時には藍華を見失ってしまった。


「はや…逃げ足めっちゃはやいな…」


 本当ならまだ追いかけるべきなんだろうけど、藍華の意思があってどっかに行ったんだ。無理に追いかけるのも野暮なんだと思う。

 

「まさか、藍華とあんなに早く会ってたとは…学校で一番最初に会ったのは藍華だったんだね〜」


 ブランコに乗り直し、今度はゆっくりと漕ぐ。気持ちを整理するかのように。


「なんであの日藍華に話しかけたんだろ〜」


「あ!思い出した!確か、すれ違った時顔が良かったから追いかけて話しかけたんだっ……た…え?は?」


「な、な、な、何を言ってんの!?私!そんなのまるで…まるで…」


 一目惚れ


 口に出そうになったその言葉を咄嗟に喉に閉じ込める。口に出てしまったら本当にそうであるかのように肯定してしまうから。


「そんなわけないそんなわけないじゃん。だって…そんなの…ずっと恋してたみたいじゃん…!」


「違う。これは恋じゃない。恋したことないから恋だって勘違いしてるだけだ。よし!」


 自分の中で都合のいい…いや、正論を結びつける。この話はここでおしまい。これ以上思考を回しても意味はない。


「ん〜って!もうこんな時間!?ご飯何もないのに〜!」


 今日、朝ご飯を作ろうと冷蔵庫の中を見た時、夕食の食材がないことに気づいた。帰りに買おうと思っていたが想像より長引いて、買うのを忘れていた。


「今買ってから帰ったら大体七時くらい…もういいやめんどくさい。今日はコンビニにしよう」


 たまには贅沢も良いよね〜ってことでコンビニ弁当で済ませる。


「…久しぶりに誰かの手料理食べたいなぁ…藍華のとか…ってまた何言ってんの!?」


 またよくわからないことを言っている。寝不足なのかな私。暴走しすぎだ。


 ブランコを降り、服についたであろう砂埃を払う。夕焼けのせいで顔が熱い。きっと今赤くなっているはず。


 太陽は背中の方に沈んでいるから、私の顔を照らすはずはない。でも赤い。全部夕焼けのせいだ。

 

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