第4話 エフェネルの民



「ここだよ」


 ロイエンは、通路の出口でたち止まった。

 腹をたててから、一言も口を聞いていない。


 前方には、ドーム状に湾曲した天井をもつホールが広がっている。

 つきあたりには、石組の階段がひとつあった。


「あそこが出口だ。あの階段をのぼっていくと、都市の中心部にある、ハーン神殿に行きつく」


「では、行くとしよう」

「ちょいまち!」


 さっさと歩きだそうとする、琉酔乱。

 それを、ロイエンは両手を広げて制止した。


「あんた、死にたいのか?」


「罠でもあるのか」


「罠もなにも……まあ、見てなって」


 ロイエンは、琉酔乱に背を見せた。


 おもむろに、古風な呪文を唱えはじめる。


 聞いたこともない音律である。


 琉酔乱は、ひと通りの魔法学なら習得している。

 だがその呪文には、琉酔乱も聞いたことのない、いくつかの古語が混じっている。


 ここに花梨がいさえすれば……。

 ちらりと、そんな考えが脳裡をかすめた。


「雷波!」


 ――グワラッ!


 呪文の終了とともに、青白い雷光が走った。


 荒削りな雷撃術だ。

 使用する魔導力にくらべ、発生する雷の威力が数段も劣っている。


 どうやらロイエンの唱えた呪文は、現在の雷撃術にいたるまでの、発展途上の魔法らしかった。



 グオオオ――ッ!


 突如、ホールに咆哮がひびきわたった。


 ホール中央に、なにかが姿をあらわそうとしている。

 ロイエンのはなった雷撃放電の力を借りて、おのれの姿をあらわそうとしているのだ。


 巨大な獅子であった。


 雷光に縁どられ、輪郭だけが、おどろくほど鮮明に浮きあがっている。


 その他の部分は、完全に透明だ。

 まるで雷光の線で描いた戯画が、本物の獅子そっくりに動いているようだった。


「ここを渡ろうとする者は、みんな、あいつに喰われちまうんだ。一人の魔導師と、二人の戦士が犠牲になった。ひどいもんだぜ。戦士は細切れの肉にされちまうし、魔導師は自分の魔法をそっくり返されちまった」


「………」


 琉酔乱は動じることもなく、じっと異形の獅子を見つめている。


 このような生き物は、はじめて見る。

 幻惑術でも似たようなものは作りだせるが、それには高度の技量をもった術者が必要だ。


 しかし、このロイエン程度では無理だろう。


 知るかぎりの術者では、タルファーという大魔導師が、それに該当する。

 だが、この時代にタルファーはいない……。


 考えこんでいる琉酔乱を見て、ロイエンはあせりはじめた。


「おいらたちも、そろそろ逃げないと、雷波のお返しを喰らうことになる。さあ、行くぞ!」


 そう叫ぶや、ロイエンは走り出した。


 獅子の姿が、急激に崩れはじめている。


 琉酔乱が動いた。

 おもむろに背から斬光剣を取り、両手で構える。


 ――ゴウッ!


 渾沌と化した雷光が、渦を巻ながら襲いかかってくる。

 琉酔乱の漆黒の髪が、ぶわぁっと逆立つ。


「むんっ!」


 聖王だけが持つ統合理力を、斬光剣にそそぎこむ。


 ここに蛮虎と花梨はいない。

 熟達した戦士と魔導師がいない以上、光刃を発生させることは不可能だ。


 しかし琉酔乱だけでも、魔導力の吸引は可能である。


 一瞬、斬光剣に刃が生じた。


 それは雷光が吸引される瞬間に生じた、仮そめの刃である。

 そしてまたたく間に、斬光剣の中へと吸いこまれていく。


「驚いた!」


 岩陰から、ロイエンが覗いている。


「あんた、魔導師だったのか?」


「いいや。だが、多少なり魔法の心得はある」


 琉酔乱は、何事もなかったかのように、背に斬光剣をもどそうとしている。

 その手が、ふいにとまった。


「今度は、そっちか」


 琉酔乱は、ふたたび斬光剣をかまえた。



        ※※※



 ロイエンの背後にのびる通路から、三人の男が現れた。


 二人は戦士である。

 もう一人は、神官の姿をしている。


 戦士の一人は、あきらかにガルト人だ。

 赤銅色の肌に、筋肉のたばをねじったような、圧倒的な体躯を誇っている。


 その戦士にくらべたら、おなじガルト人の女戦士である蛮虎など、可愛い子猫に見える。


 もう一人の戦士は、ふだんはあまり見かけることのない、北方種族トルーネ人である。


 金毛熊の毛皮を着こみ、頭には、牙狼の頭部をつかった帽子をかぶっている。

 そのつりあがった目には、ぬけめのない狩猟民族の血が燃えている。


「や、野蛮人バーバリアンだ!」


 トルーネ人を見たロイエンが、あからさまな蔑視の声をあげた。


 ランドキア平原に住む種族。

 とくにミリア人は、人種的な差別の感情が強い。


 英雄レオンが現れるまでは、黄色い肌をもつオズボーン族も、彼らに忌み嫌われる種族のひとつだった。


 だが現在は、聖王家の存在によって、オズボーン族が嫌われることはない。


 その反動からか、ミリア人は、特に北方に住む蛮族を嫌っていた。


 その原因は、肌の色や食性のちがい、さらには文化や言語の相違という、おおよそ人間的なくだらないものでしかない。


 だが永年の確執ともなると、そう簡単には、ぬぐい去ることができないようだ。


 神官を見た琉酔乱は、おやっ、という顔になった。


 エフェネルの民である。

 純白に透きとおった肌に、深い湖の蒼をたたえた瞳。


 そして一度見れば忘れられない、絹の光沢をもった銀色の髪……。


 その神官が、するりと前に進みでた。



「あなたは、レオンの末裔ですね」


「………」


 琉酔乱は図星を刺された。

 だが、表情ひとつ変えずに、相手をにらみかえす。


「隠さなくとも、私にはわかります。斬光剣を、ああも自在に駆使する人物は、英雄レオンの末裔としか、いいようがありません」


「なぜエフェネルの民が、こんなところに、とじ込められている」


「罪を犯したからです。そして領主ボルゴの怒りをかいました」


「解せぬな」


 琉酔乱は、斬光剣を神官に突きつけた。


「はて……なにか?」


「俺をボルゴの所に案内した者が、なぜ罰を受けるのだ」


「なんのことです?」


 刃のない剣にもかかわらず、神官はジリッと後すざりをしていく。


「ラミアとか言ったな。いくら姿を変えていようとも、精神のはなつ波動までは、変えようがない。なぜ、執拗に俺につきまとう」


「………」


「いったい、なんの話だ?」


 ロイエンが、困惑した表情で聞いてくる。


「ラミアっていえば、おいらをここに連れこんだ、張本人だったような……でも酔乱よ。こいつは、どう見ても男だぜ!」


 琉酔乱は、返事をしない。


 戦士の二人も、それまで一緒だった神官の顔を、いぶかしがるように見つめている。

 返答してもらえなかったロイエンは、しかたなく視線をもどした。


「さあ、正体をあらわせ! さもなくば、切る!!」


 鋼のような叱咤。

 それが、琉酔乱の口から飛びだした。


「わかりました」


 神官はまた一歩、後方にさがった。

 ふいに、顔をうつむける。


 視界がゆれた。


 まるで蜃気楼がゆらぐように、神官の全身を陽炎がおおい包む。


 そして、ふたたび安定したときには、たぐいまれな美女と入れかわっていた。


「ひえええ――っ!」


 ロイエンが、魂消たような声をあげた。


 トルーネ人の狼頭戦士は、瞬時にその場を飛びのき、腰の戦闘斧を構えている。

 ガルト人の巨大な戦士は、大剣の柄に手をかけたまま、微動だにしない。


 琉酔乱は、あいかわらず斬光剣を構えている。


 ロイエンだけが、ラミアのあまりの美しさに、ポカンと口を開けて見とれていた。


「こいつは、おいらの知ってるラミアじゃねえぞ……」


 その開けた口から、言葉がもれた。


 ラミアは、剣を突きつけられているにもかかわらず、気品のある物腰をくずさない。


 ゆっくりと腰をおり、優雅に礼をする。


「さすがは聖王様。斬光剣の能力を、十全に引きだしておられますのね。よもや見破られるとは思いもしませんでした」


「やっと、まともに話ができる」


「せ、聖王って、だれだ?」


 ロイエンが、恍惚とした表情のまま聞いた。


 まるで神々しいものでも見ているように、何度も目をしばたかせている。


 ラミアは、黙って琉酔乱を指さした。


「こいつが? おいらは、ガリレアで聖王様を見たことあるけど、あの方は、こいつみたいに腑抜けた顔じゃなかったぜ!」


「おまえが見たのは、聖王ミルファンだ。俺から数えると、七代前の先祖にあたる。おまえの時代は、とうに過ぎ去ったと、さっき言っただろうが!」


 先祖と比べられた琉酔乱は、むっと腹をたてた。

 ふて腐れた口調で文句をいうと、また無表情にもどる。


「話をするなら、それなりの場所でしろ」


 巨躯の戦士が、ぼそりとつぶやく。


 重厚な、大岩石の崩落を思わせる声である。

 これにはロイエンだけでなく、琉酔乱までもが、ビクッと身体をふるわせる。


 戦士はくるりと背を見せた。

 さっさと歩きはじめる。


 それに従い、トルーネ人の戦士も斧をおさめ、あとに続く。


 ロイエンは、きょろきょろと琉酔乱とラミアを見くらべている。


「来るか?」


 琉酔乱は、ラミアに聞いた。


 ラミアはちいさく笑い、そして答えた。


「斬光剣をつきつけられては、従うしかないでしょう」


 そう答えると、見えない切っ先を避けるように、ぐるりと迂回する。

 そして毅然とした態度をたもったまま、琉酔乱の前を歩きはじめた。


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