第3話 時が巡る場所



「気がついたか?」


 闇の中に、男の声がする。


 琉酔乱は目を開けた。


 闇と感じたのは、気を失っていたせいだ。


 不覚……。

 そう思い、ほんのりと苦笑を浮かべる。


 周囲は、ぼんやりとした光に満たされている。

 じっとりと湿っぽく、よどんだ空気がツンと鼻をつく。


 琉酔乱は、横たわったまま上を見つめている。

 その視界の中に、幽鬼のような男がいた。


「何者だ」


 ゆっくりと、起きあがる。

 怪我はないかと、身体のあちこちを点検する。


 大丈夫――。


 いつもの着慣れたトーガは、ボルゴと謁見するときに脱いでいる。

 いまは木綿製の上着、ただ一枚だけである。


 そして落下したときに、どこかで引っかけたのか、袖口が鉤状に裂けている。

 しかし、それ以外の損傷はない。


「助けてやったのに、そりゃないだろう?」


「助けた?」


 男は、薄汚れた魔導服を着ている。


 古風ないでたちである。

 服同様に顔も汚れ果ててはいるが、どうやら生粋のミリア人らしい。


「そうさ。落し穴のはきだし口には、もの取りが多くてね。あのまま放っといたら、丸裸にされてたよ」


「どうやら、礼を言うべきらしいな。ありがとう」


 糞真面目な、感謝の辞を口にする。


 男は、照れた。


「いや。たいしたことじゃ、ないんだけどね。それより、なんであんた、ここに落されたんだい?」


「領主の頼みを断わった」


「やっぱりな……」


「おまえも、そうなのか?」


「ああ。ところで『あんた』と『おまえ』じゃ、どうも調子悪いと思わんか? おいらはロイエン、レチアの魔導師だけど。あんたは?」


「琉酔乱だ」


「リュ・スイ・ラン? 変な名だなあ。見たところ、マルーディアの少数民族みたいだけど、あんたらみたいな肌の黄色いの、みんな、そんな名前なのかい?」


「少数民族だと?」


 琉酔乱の眉が、片方だけつり上がる。


「オズボーン族は、マルーディアでは、さほど珍しくない種族のはずだが……」


 自問するように、じっと近くの地面を見つめている。


 しばらくして。


「今、何年だ」と聞く。


「さあ。おいらが捕まった時は、三四六年だったけど……」


「三四六年か」


「そうさ。ともかく、ここに来てどのくらいたつのか、ちっともわからないんだ。ここではいつも、眼がさめると不思議なことに腹がいっぱいになってる。

 汚れていた服も、きれいさっぱり元どおりだ。水浴びした記憶もないのに、身体にアカはたまらない。それに一番不思議なのは、出るものが出ないんだ」


 ロイエンは懸命に、頭の中の小箱から記憶を引きだしている。


 両手の指をおりまげて、思い出したことを、ひとつひとつ勘定していた。


「なるほど。事情がつかめてきた」


「なんだって! あんた、なにか知ってるのか?」


「俺の生れた年は、聖王暦八九二年だ」


 琉酔乱の返事に、ロイエンの目が丸くなる。


 聞きまちがえたかと、小指で耳をほじくった。


 そして、聞いた。


「冗談だろ?」


「本当だ。そして領主のボルゴは、いまが第三代聖王ミルファンの治世だと言っていた。薄々とは感じていたが……どうやらここは、時の流れが止まっているらしい」


「時が止まっている?」

「そうだ」


「そりゃおかしいぜ!」

「どうしてだ?」


「だって……おいらもあんたも、こうやって動いているじゃないか」


「完全に止まっているわけではない。おまえの話からすると、一日の長さよりも、わずかに短いくらいの区切りで、時が循環しているように思える」


「そうか! だから、やつら……」


 やっと納得いったように、ロイエンは、拳をかたくにぎり締めた。


「やつら?」


「ここにとじ込められている、大勢の仲間だよ。この地下洞では、事故や急性の病気にでもならないかぎり、だれも死なないんだ。だから人間は増えるばかり……そうだな、いまじゃ十数人が暮してると思う」


「不自由はないのか?」


「そりゃ、大ありだね。いくら自然には死なないといっても、服がなけりゃ寒いし、煙草とか媚薬なんてのは、吸っちまったら終わりだもんな。

 一日のめぐりのあいだに変化したものは、元にはもどらない。いわれてみりゃ、そのとおりだ! だから、ケガや急病では死んじまうんだな」


「なぜ、逃げださない」


「あんた、質問の多い男だなあ。でも、どうせヒマだからいいか。ついてきな!」


 魔導師ロイエンは、唐突に立ちあがった。


 琉酔乱を見下ろし、こっちにこいと手まねきする。


「口でいうのは難しいから、自分の目で確かめなよ。ここが、どんだけ逃げるのが大変な場所かってことをね」


 ロイエンが先にたち、石畳になっている人工の洞窟を進んでいく。


 複雑な通路とホールが組みあわさった、巨大な地下空間である。


 光は、所々にはめ込まれている蛍水晶から放たれていて、それを天井や壁をつたわる地下水が乱反射し、燈明程度の明るさを保っている。


「なあ、あんた。本当に……その、五百年もあとの人間なのかい?」


 ロイエンが、ふりむきもせずに聞く。


「そうだ」


「五百年後って、どんな世の中なんだろうなあ。想像もつかないよ」


「そんなには変っていない。武器や政治のかたちが変わっただけで、ほかは驚くほど同じだ。人間などというものは、そう簡単には変らんものだ。ただし、ひとつだけ大きく変わったものがある」


「なんだい、それ?」


「五百年後のミリア人の魔導師は、もっと品がある」


「………」


 冗談である。

 だが、ロイエンは大いに腹をたてた。


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