第10話 準備完了!
さほど、時を移さずに……。
恋霧楼は、大勢のチンピラと捕り手たちに、ぐるりと包囲されてしまった。
いつもは対立関係にある、無法者と治安隊が、肩をならべて松明を掲げている。
その姿は滑稽さをとおりこして異様でさえある。
「カントン! おまえがそこに、犯罪人を匿まっているのはわかっている。アマルナは、聖王家の血統を偽称する大罪人なのだ。すみやかに引き渡せば、おまえの罪は問わない。しかし、あくまでかばい立てすると、おまえも同罪だぞ!」
「やい、てめえら! お上に逆らうとは、ふてえ野郎どもだ。早く出てこねえと、袋叩きにしてやるから、そう思いやがれ!」
リュトラ治安隊の隊長と、闇旋風組の幹部が、交互にまくしたてている。
「えらい言われようだな」
琉酔乱は、ちいさく苦笑いした。
「お客様……あたしは、どうすればいいんで?」
巻き添えにされた格好のカントンが、心配そうな表情で聞く。
「朱毬恩と共に、外に出てくれ。病人がいることを、くれぐれも念を押すように」
「大丈夫ですか? 営業停止だなんてことになったら、あたしゃ破産しちまう」
「アマルナが聖王家の末裔だということを、あんたまで疑ってるのか?」
「いえ、そういうわけじゃ……」
「疑っているって顔つきだぞ」
「だって、名前が神聖文字じゃないし」
「アマルナは、天琉那と書く。リュータは劉丹だ。どっちも上級祖霊を先祖にもつことを意味する、天と丹の字がついている。これだけで、立派な証明になるだろが」
「と、言われても……。良くわかりませんが」
「神聖文字には、それぞれ深い意味があるんだぜ。それを即座に見わけるのは、庶民にはちと無理というものだ。しかし今は、講義なんかしてる場合じゃない。責任は俺がとるから、早く行け」
「わかりました。では朱さま、参りましょう」
「うむ」
カントンは納得いかない表情で、朱毬恩に声をかけた。
そして、歩きだした朱毬恩のあとに続き、足早に階段をおりていく。
「大丈夫か、あの調子で?」
「そうですわね。ちょっと、心配」
蛮虎と花梨が、不満そうにつぶやきをもらす。
自分たちの運命を他人にゆだねるのが、いかにも堪えがたいといった雰囲気だ。
それを感じた琉酔乱は、慰めるつもりで声をかけた。
「大丈夫だ。首飾りが手に入らんかぎり、やつらが俺たちを殺すはずがない。そして、ここには首飾りはない」
「だから、リュータを逃がしたのか?」
「そうだ。偉いだろう」
「若にしては、めずらしく頭がまわる」
「こら、蛮虎。それじゃ俺は、いつもは間抜けみたいじゃないか」
「違うのか?」
「………」
琉酔乱は、たちまち不機嫌な表情になった。
ぶちぶちと、スネはじめる。
「あーあ。また、蛮虎が若様をいじめた」
花梨が面白がって、チャチャを入れる。
「勝手にスネていればいい。偉そうにするのは得意なくせに、根は子供でしかない」
「でもそこが、若様のかわゆいところ。もしそれがなければ、ただの偉そうな世間知らずですもの」
「おまえら……黙っていれば言いたい放題。許さんぞ!」
「許さないなら、さっさと職を解くがいい。蛮虎にとっては、王宮警備隊の隊長をしていたほうが、どれほど楽だったか」
「そ、その、隊長に任命したのは……」
「こんな所で言っていいのか?」
蛮虎が、視線だけでアマルナをさし示した。
アマルナは、目を丸くして喧嘩を見守っている。
たちまち、琉酔乱の額に血管が浮きあがった。
「うぐぐ……」
「たかが造り酒屋の主人が、なぜガリレア王宮警護隊のひとつ、紅旗分隊の元隊長を護衛につけているのか、ここで内幕をばらすつもりなら、もう勝手にするがいい」
「それに加えて、聖ガリレア魔道団の元巫女司祭……つまり、このわたくしも」
花梨が、蛮虎の味方をする。
これで琉酔乱は、完全に孤立してしまった。
「あの……」
助け船は、思わぬところから出た。
アマルナが、ベッドに上半身を起こして見つめている。
「すみません、おとりこみ中を」
「あー、いや。構わんが」
突然に声をかけられて、琉酔乱はあわてた。
なんとか体裁を繕おうと、しきりに咳払いをしている。
「胸のほうは、もう大丈夫なのか」
「ええ。お薬のおかげで痛みませぬ」
「それは良かった」
「ところで……。あなた様はなぜ、私ども親子の名前を?」
「と、いうと?」
「神聖文字による名前は、時の国王と魔道審議会が協議をおこない、無数にある組みあわせの中から、真に意味あるものを選びだすのが習わしとか。私を天琉那、息子を劉丹と言い当てただけでなく、天と丹の真の意味を見通すことは、常人には絶対に不可能なはずです」
「だから、その……俺は、青嵐王の友人で」
「神聖文字の意味は、聖王家門外不出の秘密と聞いております。たとえ、どんなに親しい友人であろうと、一般人が知っているわけがありませぬ」
「それはだな……。その……」
「一体、あなた様は――」
「………」
「琉酔乱!」
窓の外から、朱毬恩の声が聞こえてきた。
助けに船とばかりに、琉酔乱は窓縁に移動した。
「あらかたの話はついた。担架を用意するから、アマルナと一緒におりてきてくれ。これからすぐに、マクーハンの居城へとむかう」
「了解した」
返事を終えると、くるりとふりむく。
その表情には、つい先ほどまでの、困惑したようすは微塵もない。
惚れぼれするほどの、さわやかな表情だ。
アマルナは、その顔につい見入ってしまい、質問の続きをしそびれてしまった。
「花梨。やることは、もうわかっているな?」
「はい」
「では、行け」
「はいっ!」
花梨のふっくらとした手のひらが、複雑な印を結びはじめる。
透きとおった歌声のように聞こえる、神聖文字の呪文が流れはじめる。
それが終ると同時に、花梨の姿は大気に溶けた。
「さあ、蛮虎。忙しくなるぞ」
「はッ!」
蛮虎は、先ほどまでの悪口など、とっくに忘れたようだ。
てきぱきと、アマルナを移動させるための、準備をはじめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます