星屑の綻び
本編の前に⋯補填も兼ねてますので多少話が前後します。
東京の春は桜の花びらが舞い散り、翠(ミドリ)の心にほのかな温もりを与えていた。
17歳、名門私立女子校の3年生に進級した翠は、中性的な美貌で周囲の視線を集めた。
ショートカットの黒髪、透明感のある瞳、ブレザー制服のスカートが揺れる姿は、美少女の儚さと少年のような凛々しさを併せ持っていた。
だが、翠の心はアイドルグループ「Stellaris」のセンター、星奈(せいな)に捧げられていた。
19歳の星奈の歌声と笑顔は、翠の生きる理由だった。
二人の関係はファンとアイドルの境界、同性の壁を越えて共依存の色を帯びていた。
翠の首には、星奈が贈った黒いチョーカーが輝いていた。
サファイアが散りばめられたそれは星奈の独占欲を象徴し、翠を「私のもの」と囁くようだった。
星奈のマンションでの逢瀬は、二人だけの秘密の時間だった。
夜の部屋で星奈は翠に寄り添い、アイドルとしての重圧を吐露した。
「翠、ファンの前では完璧でいなきゃいけないけど…君の前だと、弱い自分が出せるよ」
翠は星奈の髪を撫で、「星奈がそばにいてくれるなら、私はどんな秘密でも守るよ」と答えた。
二人の指にはシルバーのリングが光り、約束の証だった。
だが、その秘密は愛の喜びと罪の重さを同時に背負っていた。
翠の家庭は冷え切っていた。
父と母は互いに愛を失い、別のパートナーを作っていた。
週末になると顔を合わせないよう、どちらも家に寄り付かなかった。
リビングは静まり返り、翠の部屋だけが彼女の存在を証明するように、星奈のポスターやグッズで埋め尽くされていた。
星奈と「Stellaris」に出会う前、翠の週末は孤独だった。
テレビの音を消し、窓の外の街を眺めながら誰もいない家で時間を潰した。
学校では友人と笑顔で話せても、心の奥には埋められない空虚があった。
両親の冷たい会話や、すれ違う背中を見るたび、翠は自分が必要とされていないと
感じた。
「Stellaris」との出会いは、翠の14歳の夏だった。
偶然見たライブ映像で、星奈の歌声が心に響いた。
彼女の笑顔は、翠の孤独を溶かし光を与えた。
以来、翠は推し活に没頭した。
握手会で星奈に「ミド君、いつもありがとう!」と笑顔で言われた瞬間、翠は生きる意味を見つけた。
男の子として振る舞う「ミド」として星奈に近づくことで、彼女の心に触れたいと願った。
嘘の上に築いた関係だったが、星奈の温もりに触れるたび翠の心は満たされた。
4月初旬、翠の17歳の誕生日を星奈は慎ましやかに祝った。
星奈の部屋のテーブルには、ケーキと青いリボンの箱が置かれていた。
「翠、誕生日おめでとう!」
星奈の笑顔に、翠は頬を染めた。
箱を開けると、黒いチョーカーが現れた。サファイアが星屑のように輝き、星奈の好みが色濃く反映されていた。
「翠に似合うかなって…ちょっと、私の趣味押し付けちゃった?」
星奈の照れ笑いには、翠を自分のものとしたい執着がちらついた。
翠はチョーカーを首に着け、鏡で自分を見た。
星奈の視線を感じながら、「私、星奈のものだよ」と囁いた。
二人の唇が重なり、甘い時間が流れた。
だが、翠の心には家庭の冷たさが影を落としていた。
誕生日当日、両親からのメッセージはなかった。
母は仕事と称して外泊し、父は週末の予定を理由に家を空けた。
星奈の温もりがなければ、翠はまたあの孤独な部屋で誰もいない家を見つめていただろう。
星奈との秘密の時間は翠の心を救い、同時に共依存の鎖で縛った。
星奈もまた、アイドルとしてのプレッシャーから逃れるように、翠に依存していた。
二人の関係は愛と罪の間で揺れながら、危うい均衡を保っていた。
4月中旬、翠は電車内で「Stellaris」の末っ子メンバー、珠姫(たまき)を痴漢から救った。
珠姫の感謝の笑顔と無邪気な言葉は、翠の心に波紋を広げた。
星奈のグループメンバーに、こんな形で出会うなんて。
翠は星奈にそのことを話したが、星奈の声には不安が混じっていた。
「珠姫…あの子、ほんと純粋だから。翠が助けてくれて、よかったよ。」
翠は星奈の手を握り、「星奈、珠姫ちゃんには何も言ってないよ。私たちのこと、絶対守るから」と答えた。
だが、珠姫との縁は、二人だけの秘密に綻びを生み始めていた。
翠の通う名門私立女子校では、彼女の容姿と雰囲気から「王子」と呼ばれることがあった。
生徒たちの羨望の視線や、アイドルのような熱い眼差しを感じることもあったが、温厚で一歩引いた性格の翠は、それに気づかず無関心に近い態度で過ごしていた。
友人たちも、彼女のそんな雰囲気を愛らしく思い、突っ込むことはなかった。
だが、今年、珠姫が他県から母と一緒に東京に移り、翠の学校に2年生として編入してきたことで、状況は変わった。
クラスでの委員決めで、翠は体育祭実行委員に抜擢された。
大和撫子のような風貌の友人、依子(よりこ)が「翠さん、今年は一緒に委員やりましょうよ!」と誘った結果だった。
依子は、ほんわかした雰囲気で翠を支える存在だったが、時折、鋭い一面を見せた。
数日後、委員会の準備室で翠は珠姫と再会した。
「ミドさん、この前は助けてくれてありがとうございました!」
珠姫の声は、電車内のか細さとは違い、明るく弾んでいた。
翠は微笑み、「当たり前のことしただけだよ」と答えた。
依子が興味津々に割り込んできた。
「なになに?翠さん、後輩の子のサポートでもしたの?面倒見がいいんだから!」
翠は電車での出来事を簡潔に説明した。
依子は目を丸くし、「あら、珠姫さんって言うのね。辛かったでしょう。ほんと、男子は獣ね!」と吐き捨てた。
だが、すぐに笑顔に戻り、「でも、翠さんは古典演劇部のエースだけあって、優しい雰囲気から紳士然とした雰囲気に切り替えるの、慣れてるわよね。ぴったりだったんじゃない?」とからかった。
翠は苦笑いし、「慣れっていうか、男役が不足しがちだから、先輩たちに連れて行かれた結果なんだけどね」と答えた。
珠姫は目を輝かせ、「ミドさんの声、ボイストレーニングしてるみたいで、痴漢以上にびっくりしたんですから!」と笑った。
翠は照れながら、「そんな大したことじゃないよ」と誤魔化した。
そこへ担当の教諭が現れ、委員会が始まった。
体育祭の枠組みを決め、役割分担を話し合い解散となった。
珠姫は翠に近づき、「ミドさん、体育祭、楽しみましょうね!」と無邪気に言った。
翠は頷きながら、胸の奥でざわめきを感じた。
珠姫の純粋な笑顔は、星奈との秘密を脅かす予感を漂わせていた。
週末になり、翠は星奈が企画した「Stellaris」のオフ会に、ミドとして参加した。
星奈は他のファンと笑顔で話しながら、翠にだけ特別な視線を送った。
だが、珠姫もそこにいた。
「ミドさん!やっぱりファンだったんだ!嬉しいな!」
珠姫の無垢な笑顔に、翠は微笑みで応じたが星奈の視線が一瞬鋭くなった気がした。
オフ会後、星奈の部屋で翠は彼女を抱きしめた。
「星奈、珠姫ちゃんとはただの後輩だよ。私たちのこと、絶対バレないようにするから。」
星奈は翠のチョーカーに触れ、「翠…君は私のものだよね?」と囁いた。
翠は頷き、唇を重ねたが珠姫の存在が、秘密の均衡に小さな綻びを生んでいた。
物語はここで終わる。
翠と星奈は、共依存の中で愛を重ね、翠の孤独な過去を星奈が癒した。
だが、珠姫の編入と再会は、二人だけの秘密に波紋を広げた。
星屑のような二人の時間は、いつまで輝き続けられるのか。
誰も知らない。
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