『俺達のグレートなキャンプ30 キャンプ場でなまはげ祭り』

海山純平

第30話 キャンプ場でなまはげ祭り

俺達のグレートなキャンプ30 キャンプ場でなまはげ祭り


「いっやっほーい!今回のキャンプ場はどうだ、千葉!」

石川は腰に両手を当て、目の前に広がる秋田県の山間のキャンプ場を満足げに見渡した。紅葉が始まったばかりの木々が、夕日に照らされて金色に輝いている。

「うおー!すげぇ景色だな!」千葉は荷物を下ろし、伸びをしながら感嘆の声を上げた。「でも石川、なんでこの時期に秋田なんだ?海の近くのキャンプ場のほうが暖かいんじゃないか?」

「ふっふっふ」石川は意味ありげに笑う。「それはな、今回の『グレートなキャンプ』のテーマに関係するんだよ」

後ろから疲れた様子で現れた富山が、大きなリュックを下ろしながら不安そうな表情を浮かべた。

「また始まった…石川の謎企画」

「富山、そんな顔するなよ!今回のテーマは…」石川は大きく両手を広げ、「『キャンプ場でなまはげ祭り』だー!」

「は?」千葉と富山が同時に声を上げた。

「なまはげって、あの怖い仮面被った人たちが『悪い子はいねぇがー』って言いながら家に上がり込むやつだろ?」千葉が首を傾げる。

「そうそう!でもあれって本来は地域の伝統行事で、悪いものを払って福を呼び込む意味があるんだぜ!」石川は目を輝かせながら説明する。「今回はキャンプ場でミニなまはげ祭りをやって、みんなで福を呼び込もうと思ってな!」

富山はため息をついた。「でも、なまはげは冬の行事じゃなかった?今10月だよ?」

「細かいことは気にするな!」石川はリュックから大きな包みを取り出した。「これ見ろよ!」

包みを開くと、中には三つのなまはげの面と、藁でできた蓑のような衣装が入っていた。

「全部手作りだぜ!一か月かけて作ったんだ!」

千葉は目を見開いて面を手に取った。「すげぇな、本格的じゃん!」

「石川…」富山は不安そうな声で言った。「キャンプ場で三人でなまはげの真似事をしても、誰も喜ばないんじゃ…」

「大丈夫だって!」石川は富山の肩を叩いた。「俺たちだけじゃなくて、他のキャンパーも巻き込むんだよ!みんなでなまはげ祭り!」

富山の顔が青ざめた。「他のキャンパーを…巻き込む?」

「そうだよ!俺たちがなまはげになって、他のテントを回るんだ!」

「それ絶対トラブルになるって!」富山は頭を抱えた。「なまはげ知らない人もいるだろうし、夜中に知らない人が怖い面かぶって来たら普通通報されるよ!」

「大丈夫、大丈夫!」石川は手を振った。「ちゃんと事前に管理人さんに許可取ってるし、みんなにも『なまはげ祭りやります』ってチラシ配るから!」

富山はこれ以上反論しても無駄だと悟り、テントの設営を始めた。千葉は相変わらずなまはげの面を興味深そうに眺めていた。


夕食の後、キャンプファイヤーを囲んだ三人。

「さあ、そろそろ準備するぞ!」石川が立ち上がり、なまはげの衣装を広げ始めた。

「今からなの?」富山が時計を見た。「まだ8時だよ?」

「本物のなまはげは大晦日の夜にくるけど、さすがにみんな寝るまで待てないからな!」石川はすでに藁の蓑を着始めていた。「キャンプ場のルールで10時以降は静かにしなきゃいけないし!」

千葉も興奮した様子で立ち上がり、衣装を手に取った。「俺、やってみたいわ!なまはげって何て言うんだっけ?」

「『悪い子はいねぇがー!』って言いながら、テントの前でガチャガチャするんだ!」石川が説明する。「あと『泣く子はいねぇがー!』とか『怠け者はいねぇがー!』とか言うと良いぞ!」

「うおー、テンション上がってきた!」千葉は面を被り、声を低くして「悪い子はいねぇがー!」と練習した。

富山はため息をついて、しぶしぶ最後の衣装を手に取った。「本当に大丈夫なの…?」

「大丈夫だって!ほら、チラシも配ったし、さっき管理人さんからアナウンスもしてもらったろ?」石川は既に完全ななまはげ姿になっていた。「よし、行くぞ!」

三人は、ぎこちない動きながらも、それらしくなまはげに扮して、キャンプ場を練り歩き始めた。石川が先頭に立ち、千葉と富山がその後に続く。


「わーい、なまはげだ!」

最初に訪れたテントでは、小さな子供たちが喜んで迎えてくれた。親も楽しそうに写真を撮っている。

「悪い子はいねぇがー!」石川が低い声で言うと、子供たちは半分怖がり、半分楽しそうに悲鳴を上げた。

「お菓子あげるから、悪いもの持っていってくださーい!」お母さんが袋に入ったお菓子を差し出す。

「おお、収穫があったぞ!」千葉が小声で言った。

次のテントに向かう道すがら、富山がつぶやいた。「意外といけるかも…」

次のテントでは、中年夫婦が座っていた。

「悪い子はいねぇがー!」三人が声を揃えて言った。

「あら、ハッピーハロウィン!」女性が笑顔で立ち上がった。「ちょっと早いわね。まだ10月中旬でしょう?」

「あ、いえ、これはハロウィンじゃなくて…」富山が説明しようとする。

「トリック・オア・トリート!でしょ?」男性も立ち上がった。「ちょっと待って、キャンディ持ってくるわ!」

「いや、これはなまはげという日本の—」

説明する間もなく、女性はスマホを取り出して三人の写真を撮り始めた。

「素敵な仮装ね!ホラー系のゾンビかしら?」

「まぁ…近いといえば近いかも…」千葉が苦笑いしながら言った。

ハロウィンと勘違いされたまま、キャンディをもらって次へ進む三人。

「なまはげとハロウィンって、確かに似てるかも…」石川が笑いながら言った。


次のテントでは…

「悪い子はいねぇがー!」

「うわあああ!強盗だ!」テントの中から男性の叫び声が聞こえた。

「え?いや、違います!なまはげです!」石川が慌てて説明する。

「助けてー!」テントの中の男性は完全にパニックになっていた。

「違うんです!キャンプ場のイベントで—」

説明する間もなく、テントのジッパーが開き、男性が飛び出してきた。手にはなんとフライパンを持っている!

「出ていけー!」

フライパンが石川に向かって飛んできた。石川は何とか避けたが、バランスを崩して倒れてしまう。

「待って!違うんです!」富山が必死で叫ぶ。

「ポリスを呼ぶぞ!」男性は外国人のようだ。「マスクを取れ!」

三人は慌てて面を外した。

「あ、若い人たち…?」男性は混乱した様子だ。

「すみません、びっくりさせて…」千葉が頭を下げる。「これは『なまはげ』という日本の伝統行事で…」

十分ほど説明した後、ようやく男性は落ち着いた。

「オー、カルチャー・イベント!ソーリー、ソーリー!」男性は頭を掻きながら謝った。「日本に来て初めてのキャンプで、そんな習慣知らなかった…」

三人はホッとした表情で次へ進む。

「さすがに強盗はないだろ…」石川がブツブツ言いながら、フライパンで殴られなかったことに感謝していた。


四つ目のテントでは…

「悪い子はいねぇがー!」

テントの中から悲鳴が聞こえた。続いて、泣き声。子供の泣き声だ!

「あ、まずい…」石川が小声で言った。

テントが開き、怒った父親が飛び出してきた。「何やってんだよ!子供が怖がってるじゃないか!」

「すみません!なまはげ祭りの—」

「何が祭りだ!子供が泣いてるのが聞こえないのか!」

テントの中では確かに、4歳くらいの男の子が泣き叫んでいた。母親が必死であやしている。

「悪いものを払うつもりが…本当に怖がらせちゃった…」千葉が後ずさりした。

「チラシ見てないですか…?」富山が恐る恐る聞いた。

「見てねぇよ!こんな迷惑な真似して!」父親は本気で怒っていた。

三人は深々と頭を下げて謝り、そそくさと立ち去った。

「やっぱり、言った通りでしょ?」富山が石川を責めた。「なまはげは子供を泣かすためのものなんだから、そりゃ怖がるよ!」

「でも最初のテントの子たちは喜んでたじゃん…」石川は落ち込んだ様子だ。

「親が『大丈夫だよ』って言ってたからだよ。何の前触れもなく来られたら、そりゃ泣くって!」


気を取り直して、次のテントへ。

「悪い子はいねぇがー!」

「きゃあっ!」若い女性の悲鳴。

テントのジッパーが開き、20代の女性が顔を出した。彼女は真っ青な顔で、手に持った携帯電話を見せた。「911(警察)に電話するところだったわよ!何なの、これ!?」

「あの、なまはげというイベントを—」

「何それ?キャンプ場で人を脅かして楽しいの?」女性は明らかに怒っていた。

「いえ、チラシを配ったんですが…」富山が弱々しく言った。

「見てないわよ、そんなの!ちょっと待って」女性はテントの中に戻り、スマホの画面を操作し始めた。「SNSに投稿するわ。『キャンプ場で変な仮面の人に襲われそうになった』って」

「えっ、それは困ります!」三人が慌てる。

「だって事実でしょ?怖かったんだから!」

説得に15分ほどかかったが、なんとか投稿は思いとどまってもらえた。三人は肩を落として立ち去る。

「これ、完全に失敗だな…」千葉がつぶやいた。


「すみませーん!」

背後から声がして振り返ると、若いカップルが手を振っていた。

「あの、なまはげ祭りって聞いたんですけど、参加できますか?」男性が尋ねた。

「え?」三人は驚いた顔で見つめ合った。

「チラシ見たんですよ!面白そうだなって」女性が笑顔で言った。

「あ、はい!もちろん!」石川の顔が明るくなった。「一緒にやりましょう!」

カップルは喜んで、石川たちの後ろについてきた。

次のテントでは…

「悪い子はいねぇがー!」

「うわっ!ヤバっ!」テントから若い男性が飛び出してきた。「マジびびったわ!」

「すみません!なまはげ祭りの—」石川が説明を始めようとした。

「いや、知ってる知ってる!チラシ見たよ!」男性は笑いながら言った。「ちょっと待って、友達呼んでくる!絶対面白いから!」

男性は隣のテントへ走り、「なまはげ来たぞ!」と叫んだ。

すると、次々と人が集まってきた。スマホで写真を撮る人、ビデオを撮る人、「怖い怖い!」と叫びながらも笑っている人。

「なんかノリいいな!」千葉が驚いた様子で言った。

「このサイトの人たちはチラシ見てたみたいだね」富山も少し安心した様子。


そろそろ最後のテントへ向かおうとした時、後ろから声が聞こえた。

「おい、お前ら!」

振り返ると、キャンプ場の管理人と警備員らしき人が立っていた。

「やっぱり来た…」富山が青ざめた。

「あの、これは許可もらってる企画で…」石川が説明を始めようとした。

「知ってるよ」管理人が言った。「でも何件か苦情が来てて。『怖い面を被った人が夜中に回ってきて怖い』って」

「すみません…」三人は頭を下げた。

「いや、謝るのはこっちだよ」管理人は意外なことを言った。「チラシの配布が不十分だったみたいでね。事前に放送したけど、聞いてない人も多かったみたい」

「え?」

「それでね、提案なんだけど」管理人は続けた。「中央広場でやったらどうかな?みんなに声かけて、参加したい人だけ集まる形で」

三人は顔を見合わせた。

「それいいですね!」石川が目を輝かせた。


中央広場では、既に多くのキャンパーが集まっていた。小さな焚き火も用意され、まるで本当の祭りのような雰囲気だ。

「よーし、みんな集まってくれてありがとう!」石川はなまはげの面を持ちながら、集まった人々に話しかけた。「今日は即席だけど『キャンプ場なまはげ祭り』をやろうと思います!」

拍手が起こった。

「なまはげって知ってる人ー?」石川が尋ねると、半分くらいの人が手を挙げた。

「なまはげは秋田の伝統行事で、家々を回って『悪い子はいねぇがー』って言いながら、悪いものを払って福を呼び込むんだ。今日は季節外れだけど、キャンプの無事と福を願って、みんなでミニなまはげ祭りをしたいと思います!」

石川の説明に、人々は興味津々といった様子だ。

「あ、さっき回ってきたのはあなたたちだったのね!」先ほど強盗と勘違いした外国人の男性が笑いながら言った。「本当にごめんなさい、フライパン投げちゃって!」

「いやいや、こちらこそ驚かせてすみません」石川が頭を下げる。

「私も通報しようとしちゃった…」スマホを持った女性も恥ずかしそうに手を挙げた。「説明聞いたら面白そうだなって」

「子供が泣いちゃったけど、ちゃんと説明したら『もう一回見たい』って言ってる」さっきの怒っていた父親も連れてきた子供と一緒に立っていた。子供は今度は興味津々といった表情だ。

「面は三つしかないけど、順番に体験してもらおう!あと、なまはげに何かお供え物をすると、福が倍になって返ってくるぞ!」石川が提案した。

子供たちが「やりたい!」と手を挙げる。大人たちもお酒や食べ物を持ち寄り始めた。


その後、石川、千葉、富山の三人がなまはげになり、子供たちや希望する大人も順番になまはげになって、輪になった人々の周りを「悪い子はいねぇがー!」と叫びながら回る。お酒や食べ物、お菓子が振る舞われ、いつの間にか即席の宴会が始まった。

「悪い子はいねぇがー!」外国人の男性が、なまはげの面を付けながら叫ぶ。発音はめちゃくちゃだが、周りは大笑い。

「ウォー!スリリング!」男性はハイテンションだ。「次は日本のお祭り、何を体験すべき?」

「花火大会かな?」「盆踊りとか?」周りから様々な提案が飛び交う。

「俺、秋田出身なんだ」年配のキャンパーが立ち上がった。「本場のなまはげは見たことあるぞ」

彼は地元のなまはげにまつわる昔話を披露し、みんな熱心に聞き入った。

またある若い女性が「私、民謡習ってたことあるんです」と言って、なまはげに合わせて秋田民謡を歌い始めた。みんなで手拍子をする。

「おい、さっきフライパン投げた奴に面貸してやれよ!」誰かが冗談で言うと、皆が大笑い。

さっき泣いていた子供も、今は「もっと怖くしてー!」とはしゃいでいる。

「次は私がなまはげやるー!」「いや、俺の番だろ!」

なまはげの面を着けたがる人が列を作り始めた。石川は得意げに胸を張っている。


宴会が盛り上がる中、富山は少し離れた場所に立って、笑顔でその様子を眺めていた。

「富山!何してるんだ?こっち来いよ!」石川が手招きした。

「いや、ちょっと休憩…」

「おいでよ!みんな楽しんでるぞ!」

富山は苦笑いしながらも、石川のところへ歩み寄った。

「どうだ?やっぱりグレートなキャンプになっただろ?」石川が得意げに言った。

「まあね…」富山は渋々認めた。「最初はホントに警察沙汰になるかと思ったけど」

「いや、あと少しでマジで通報されるとこだったな」千葉が笑いながら加わった。「あの女の子、指一歩手前までスマホの緊急通報ボタン押そうとしてたぞ」

「強盗と間違われてフライパン飛んできたときは笑えなかったけどな!」石川が大笑いする。

「子供泣かしたときは最悪だと思った…」富山がため息をついた。「でも今は一番なまはげに夢中になってるね」

三人は、なまはげの面を被って「悪い子はいねぇがー!」と叫びながら走り回る子供たちを見て微笑んだ。

「結局、みんな楽しんでるね」富山が認めた。「石川のグレートなキャンプ、今回も成功かな」

「俺が言ったろ?どんなキャンプも一緒にやれば楽しくなるって!」千葉が石川の背中を叩いた。

「次は何をやるんだ?」千葉が興味津々で聞いた。

「次はなー…」石川は意味深に笑った。「『キャンプ場で流しそうめん大会』だ!」

「えっ、もう冬なのに?」富山が絶叫する。

「だから言っただろ、奇抜でグレートなキャンプがモットーなんだって!」石川が豪快に笑う。「温泉流しそうめんっていう新ジャンル開拓するんだ!」

「それ絶対ヤケドするって!」

「大丈夫だって!温度調節はバッチリ!」

「前も同じこと言って魚の塩焼き作るとき網に穴空いて炎上したじゃん!」

石川と富山の言い合いを聞きながら、千葉はクスクス笑っていた。三人の頭上では秋の星空が輝き、キャンプ場には笑い声が響いていた。

なまはげのパワーが、この夜のキャンプ場に福をもたらしたようだった。

【終】

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『俺達のグレートなキャンプ30 キャンプ場でなまはげ祭り』 海山純平 @umiyama117

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