第5話

ガキの足取りは予想以上に軽かった。見た目こそ華奢で、いつ折れてもおかしくねぇ脚だったが、一歩一歩が地にしっかり根を張ってやがる。訓練生ってのは伊達じゃねぇらしい。少なくとも、ただの飾りじゃねぇ。


「おい、王都ってのは、どっちだ」


「東です。太陽が昇る方、森を抜ければ街道があります。そこから半日程度……」


「森を抜けりゃって、そう簡単に言ってくれるなよ。その間にまた魔獣でも出たら、どうすんだ?」


「……戦います」


言い切りやがったな、このガキ。目の奥が据わってやがる。ビビりのくせに、芯だけはある。ガラクタ混じりの根性でも、砕けなけりゃ上等だ。


「戦うのは俺だ。お前は隠れてろ。役割ってのは戦場じゃ命より重い」


「……あなたが、私を守るって言ったんですか?」


「いや? “守ってやる”とは言ったが、“頼られたい”とは言ってねぇ。勘違いすんなよ、レナちゃん」


そいつはムッとした顔で口を閉ざした。ま、ガキにしちゃ、上出来の反応だ。口答えのひとつもできねぇお嬢様より、よほどマシってもんだ。


歩き続けるうちに、森の景色が少しずつ変わっていく。木々の密度が減り、代わりに苔の多い岩場が増えてきた。湿った空気に、遠くで水の流れる音。どうやら川が近いらしい。


「川か……渡渉ルートは確認してあるのか?」


「はい。試験の地図に書いてありました。南側に浅瀬があるはずです」


「なら、そっちに行くぞ。俺が選ぶのは、安全と効率だ。……そして、殺しやすさだ」


レナが何も言わずに頷いた。いい子だ。わかってきたじゃねぇか。


その時、俺の脳裏にピリッと走る違和感。音でも匂いでもねぇ、空気の“圧”だ。誰かが――いや、“何か”が見てる。真後ろからじゃねぇ、上だ。


「レナ、伏せろ」


即座に命令を飛ばすと、ガキは何も聞かずにその場に飛び込んだ。迷いもなけりゃ、無駄な悲鳴もねぇ。合格。次の瞬間、俺の視界に影が飛び込んできた。


――翼。でけぇ。しかも皮膜タイプ。鳥じゃねぇ。コウモリか? それとも……


「ドラゴンの……幼体?」


レナの呟きが答え合わせだ。だがこっちは、そんな分類に興味はねぇ。知りてぇのは、“殺せるかどうか”だけだ。


「飛行タイプか……やりづれぇな」


上空を旋回していたそいつが、俺たちを視認した瞬間、口を開いた。鋭い牙と共に、口腔から光が漏れる。


「……ビームタイプかよ、ファンタジーらしくて笑えるぜ」


だが笑ってる暇はねぇ。地面に手を突いて体を反らし、同時にレナを引き寄せる。空中から吐き出された熱線が、俺たちのいた場所を真横に薙ぎ払った。


草が焦げ、地面が抉れる。音は遅れて響いた。一歩遅れてたら、今ごろ肉片だったな。


「クソが……ガトリングでも持ってきゃよかった」


だが、現実には俺の手元にあるのはジャッジメントだけ。空飛ぶ奴にハンドガンじゃ無理がある? いや、逆に“やってみる価値”がある。


「レナ、左に展開して囮になれ。5秒だけでいい」


「え、わ、わかりました!」


驚きながらも、奴は即座に動いた。地面を蹴って左に走り出す。偉いな。ああいう判断の早さは一番評価されるんだぜ。


飛竜がレナに意識を向けたその瞬間、俺は地面から身を起こし、両手でジャッジメントを構えた。


狙うのは、翼の付け根。動きの支点を撃ち抜けば、空はただの重力地獄だ。


「一発目は牽制……二発目で翼を砕く……三発目でとどめ、やってやるよ」


引き金を絞った。パンッ。一発目、かすめた。奴が飛翔軌道を乱す。二発目、翼に命中。ヒュウ、と音を立ててバランスを崩し、旋回角度が鈍る。


「落ちろ、地獄まで一直線にな」


三発目。狙い澄ました弾が、ちょうど喉元に刺さるように突き刺さった。


ギャアアアアッという耳障りな悲鳴とともに、奴は木々の間に墜落した。爆音が響き、鳥が飛び立つ。


「……三発で十分だ。効率は裏切らねぇ」


煙の立ち上る墜落現場に近づくと、レナが呆然と立ってた。


「あなた……ほんとに、ただの傭兵なんですか……?」


「ただの、じゃねぇ。傭兵の“プロ”ってやつだ」


そのまま近づいて、飛竜の死体を確認。完全に絶命してやがる。なら、次はやることは一つだ。


「スキル発動、“弾薬精製”」


手を翳すと、死体の一部が白い光に包まれ、次の瞬間、掌に新たな弾丸が数発出現する。黒曜石のような輝き、明らかに通常弾とは違う。


『ドラゴン弾(希少)』──効果:貫通力上昇+耐熱付与+一部破壊属性


「ほぉ……いい素材じゃねぇか。ドラゴンってのは、死んでも役に立つんだな」


即座にジャッジメントのマガジンに装填。銃がいつもよりほんの僅かに重く感じた。これが、力ってやつか。


「行くぞ、レナ。ここで休んでる暇はねぇ。次に何が出てくるか、試してみたくて仕方ねぇ」


「……あなた、やっぱりおかしいです」


「知ってるさ。けどな、俺の常識じゃ、異世界が非常識なんだよ」


笑ってやると、レナはわずかに口元を歪めてついてきた。


この世界はまだ、俺の“正義”を知らねぇ。だがいずれ、世界中に知れ渡るだろう。


――引き金が正義だ。異議がある奴は、地面とキスしてな。

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