第4話
「これは、笑うところか?」
呻くように吐き出した声が、冷たい森の空気に溶けた。
目の前に転がる死体ども――そいつらから精製されたばかりの弾丸を、俺はジャッジメントに詰め込みながら、改めてこの世界の狂いっぷりを噛みしめてた。まさか死体がリロードの材料になるとはな。リユースにも程があるぜ。
「環境に優しい戦場ってか……エコロジーもここまでくりゃ笑えねぇ」
マガジンをしっかり挿入、スライドを引いて装填完了。金属音がやけに気持ち良く耳に残る。
「さーて、次はどんな歓迎パーティが来てくれるんだか……」
静寂が戻った森の中、俺は鼻先にかすかに漂う血の匂いと焼けた硝煙を楽しむように深呼吸した。
……んで、気付いた。
「おい、誰だ。隠れてるなら、今のうちに出てきな」
声は冷たく、だが確信を持っていた。俺の勘は戦場じゃ百発百中ってヤツでな。数え切れねぇ数の死線を潜ってきた直感が、右前方の木陰に微かな違和感を感じ取ってた。
「……!」
一瞬の沈黙、そしてガサリと茂みが揺れた。
出てきたのは少女だった。年の頃は十代半ばってとこか。金色の髪をツインテールに結い、目はルビーみてぇな赤。背丈は俺の胸元にも届かねぇが、その目付きはただの子供じゃなかった。
「へぇ……珍しいな。こっちじゃ、ガキまで修羅の目をしてんのか」
「……あなた、何者?」
少女は腰の短剣に手をかけたまま、警戒を崩さねぇ。当然だな。見知らぬ男が魔獣やオークを一人で始末して、その死体から弾丸作って悦に浸ってるんだ。常識的に考えりゃ、敵だ。
「俺の名前か? リック・ヴァーノン。地獄帰りの傭兵だ」
「地獄帰り……? それはどこの国の称号?」
「地獄ってのは、場所じゃねぇ。記憶だ。焼けた肉の匂い、飛び散った内臓、吹き飛んだ四肢と泣き叫ぶガキの声。それが染み付いてんだよ、俺の魂に、な」
少女の喉がかすかに鳴った。恐怖じゃねぇ、混乱だ。理屈じゃ理解できない現実と対峙してる目だな。
「それで? お前はなんだ? こんなところで何してやがる。お姫様の散歩にしちゃ、物騒な場所だぜ」
「私はレナ。……王都の騎士予備訓練生。……魔獣討伐の試験中」
「ああん? 子供を試験で森に放り込むのが、この世界の教育方針ってか。どこのクソ軍隊よりもブラックだな」
「あなたには関係ない」
言い切る声に芯はあるが、揺らぎもある。心のどこかで、もうこの状況が試験の範囲を逸脱してることを理解してんだろうな。
「ふーん……ま、どっちにしろ、お前は生き延びたってことだ。感謝しろよ。俺の銃がなかったら、今頃お前の脳ミソも木の装飾になってた」
「……っ!」
レナが一瞬、唇を噛んだ。感謝と屈辱、その両方が渦巻いてる表情。わかるぜ、その気持ち。俺も昔、無様に生かされたことがある。
「安心しろ。礼なんか要らねぇ。けどな――一つだけ、教えてくれ」
俺は視線を鋭くし、彼女の目を見据えた。
「この世界には“神”がいるらしいが、そいつに会う方法を知ってるか?」
「神……ですか? それは……」
一瞬の躊躇。けど、わずかに視線が逸れた。隠してやがるな。こういうとき、口より先に撃つのが俺の流儀だったが、ガキ相手にやる趣味はねぇ。
「……知らないならいい。けど、知ってるなら黙ってる理由は一つだけだ。“怖い”んだろ?」
「……あなたみたいな人に、神を教えていいとは思えない」
「よく言った。けどな、“いい”かどうかじゃねぇ。俺が“知りたい”と思ったら、それがルールになる。今ここには、俺とお前しかいねぇんだぜ?」
「脅すんですか?」
「いや、助言だ。生き延びたければ、情報を持ってる奴とは上手く付き合うんだな」
レナは小さく溜息をつき、目を伏せた。
「……神殿に行けば、会えるかもしれません。“神託を受けた者”がたまに現れる。それが本当の神かはわからない。でも、彼らは“選ばれた存在”として特別な扱いを受ける」
「ふぅん、“選ばれし者”か。俺の辞書にはねぇ単語だな」
「じゃあ、あなたは……?」
「俺は、“選んだ者”だ。殺す相手を、自分のルールでな」
言い終えると、俺はジャッジメントを腰に戻した。
「その神殿ってのは、王都にあるんだろ? だったら、案内してもらおうか、レナちゃんよ」
「……え?」
「選択肢はねぇ。俺は今、お前を“生かしておいてやった”。次は、“同行させてやる”。その次は……そうだな、“お前を守ってやる”くらい言ってもいいぜ?」
「っ……勝手な人……」
「傭兵なんてのは、勝手じゃなきゃ務まらねぇよ」
俺は片手を突き出した。握手じゃねぇ、命令の合図だ。
レナは少しだけ躊躇ってから、拳を軽く合わせた。小さいが、震えてない。根性だけは気に入った。
「いい子だ。よし、んじゃ行こうか。――この世界の中心へ、“引き金を引きに”よ」
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