第2話

「……で、ここ、どこだ?」


声に出したところで誰も答えねぇ。森の奥に返事をするバカがいるはずもなく、響くのは鳥の声と風の音、それに俺の足音だけだ。踏みしめるたびに腐葉土がふかふかと沈む感触。緊張感のない空気が妙に気に食わねぇ。


「どこかのファンタジー設定かよ、ったく。誰が考えたんだ、このセンスのねぇ世界観は」


見上げれば赤い月がこっちを睨み返してくる。冗談抜きでサバイバルホラーにでも出てきそうな景色だ。なんかが出てくるのを待ってんのか?だったらご苦労さん。出てきた瞬間、脳天に鉛弾のお土産をぶち込んでやる。


「で、次は何だ? ステータスか? メニューか? それとも……ああ、出たよ」


視界にまたホログラム。今度は別の表示。『クエスト受信』って、なんだそりゃ。勝手に指令出してくるな。上司でも女でもねぇ他人からの命令なんざ、聞く気は一切ねぇ。


「クエスト内容:周辺の脅威を排除せよ……?」


「クソ喰らえだ、俺は俺のやりたいようにやる」


言った瞬間、森の奥から動物とも人間ともつかねぇ唸り声が響いてきた。低く、濁ってて、まるで腹の底から引きずるような声。まるで言ってるみてぇだ。


『無視はさせねぇぞ』ってな。


「いいぜ、上等。そっちがその気なら、歓迎してやるよ。……弾薬の無駄になんなきゃいいがな」


足音が増えた。ザッ、ザッと草を分ける音。右から、左から、そして正面からも。三方囲まれてやがる。ちっ、奇襲の基本だな。俺の得意分野じゃねぇか。


「出てこい、カスども。手加減はしねぇぞ」


茂みが揺れて、毛むくじゃらの何かが飛び出してきた。四足、長い爪、濁った黄色い目。獣……いや、違ぇな。目つきに知性が宿ってる。こいつら、ただの動物じゃねぇ。


「魔獣ってやつか? どっちにしろ、獲物には変わりねぇ」


素早くしゃがみ、片膝を地面につけて狙いを定める。呼吸は自然に整ってる。引き金を引くまでの数秒、それは俺にとってはただの儀式みたいなもんだ。


「行ってこい、ジャッジメント」


パンッ、という乾いた破裂音が森に響いた。銃声のあとに訪れる一瞬の静寂。次の瞬間、先頭の魔獣が派手に吹き飛んだ。頭部が赤黒い霧になって飛散し、残った胴体が木の根元に激突する。


「一撃で昇天か。お祈りは済ませておけって、言っときゃよかったな」


だが、残りはまだ二体。吠える声が近づく。飛びかかってくるタイミングは予想済み。身体を半身にして、斜め後ろへ転がるように退避しながら発砲。


「はい、一発、二発、命中。おやすみ、くそったれ」


二体目の魔獣が胴体に弾を食らってよろける。その隙に近づいて、ジャッジメントのグリップで顎をフルスイング。骨が砕ける感触が伝わってきた。


「銃ってのは、殴っても強ぇんだぜ?」


三体目が俺の背後を取ったつもりらしい。だが残念。俺は戦場で背後を取らせることに関して、世界一厳しい教官にしごかれてんだよ。


「背後は取らせるもんじゃねぇ、利用するもんだ」


あえて後ろを向かず、腰だめから撃つ。火薬の匂い、反動、脳髄に響く轟音。そして沈黙。三体目はのたうちもせず、その場で倒れた。


「ふう……3発で3キル。今夜はツイてるな」


スライドを引いて薬莢を吐き出す。新しいマガジンを挿して再装填。ガシャリという音が妙に心地いい。人殺しってのは慣れるもんじゃねぇが、こういう音だけは妙に癖になる。


「さて、これでお勤め完了ってか? ……あ?」


視界に再びホログラム。『報酬獲得:経験値+300/スキルポイント+1』。勝手にレベル制導入してんじゃねぇよ。しかも『レベルアップ可能です』って、ポップアップがしつこく点滅してる。


「うるせぇな。やるよ、やりゃあいいんだろ?」


指先で選択すると、体内に何かが流れ込んでくる感覚。血流が逆流するような、脳が膨張するような、変な感覚。けど悪くない。


「……これがこの世界の成長ってやつか。なるほどな」


新しいスキルが開放されたらしい。名前は『弾道視覚』。説明によれば、弾丸の軌道を視認し、予測補正できるってさ。


「ふっ……まるでチートのバーゲンセールだな。だが、こっちは最初から全部持ってる」


ベルトのポーチに手を伸ばして、残弾数を確認。残りマガジンはあと一本。グレネードは……健在だ。最悪、こいつで一帯を吹き飛ばせばいい。


「ん? ……おいおい、またかよ」


森の奥に気配。さっきより数が多い。音も重い。四足じゃねぇ、二足歩行の足音だ。しかも鉄の鎧が擦れるような音が混じってる。


「今度は人型ってわけか。ようやくファンタジーらしくなってきたな」


だが、出てきたのは人間じゃなかった。背丈は二メートル超え、皮膚は灰色、牙の並んだ口からは唾液が滴ってやがる。オークか、ゴブリンの亜種ってところか?


「悪いが俺、こういう顔ぶれには過去にいい思い出がなくてな」


相手も俺を見つけた瞬間、武器を構えた。斧、剣、棍棒。どれも血の跡がこびりついた本気のブツだ。なるほど、これがこの世界の洗礼ってわけだ。


「来いよ、クソ野郎ども。引き金ってのはな、撃つためにあるんだぜ」

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