サラリーマンと月夜の蛍
藤泉都理
サラリーマンと月夜の蛍
「教会の鐘のような形をした花だ。白色かもしくは紫色だ。分かったか?」
「はい」
頼りない返事をする男性、
(何故私がこんなお荷物を背負わなければならないんだ)
異世界から聖女を召喚する事に成功したかと思いきや、オマケも一緒についてきてしまったのである。
そのオマケが、井出清。
年齢は四十歳。
サラリーマンという職業に就いているそうだ。
聖女と違い聖なる力は使えず、身体能力も戦闘能力も一般市民並み。
特技はなし。
すぐにでも異世界に送り戻したいが、その為には莫大な聖なる力が必要だった。
聖女に異世界転移装置に聖なる力を注ぎ込んでもらえばいいとの意見も出たが極々少数。希少な聖女の聖なる力をこんなくだらない事に使うなどもったいないとの意見が大多数噴出した結果、自然と異世界転生装置に聖なる力が注ぎ込まれるまで、何故か琴葉に押し付けられたわけである。
(結局、私は騎士団長として認められたわけではないのか。男だの女だの関係ない能力で選んでいると言われたが、ただのポーズか………いかんいかん。女の私が騎士団長として選ばれた理由が何であれ、騎士団長として認められるべく日々誇りを持って邁進するだけだ)
「清。見つけたか?」
「はい」
琴葉が夕焼けに目を眇めつつ振り返れば、両腕から溢れんばかりの蛍袋を抱えている清の姿が目に入った。
「やるな。清」
「はい」
「貴様は本当に覇気がないな」
「はい。力まずに生きて行こうをモットーに生きていますので。よく元気がないやる気を出せだの叱られたり、病気ですか病院に行った方がいいですよだの心配されたりしますが、この覇気のなさが俺なんで変えるつもりはありません」
「そうか。それが貴様か」
「はい」
「私は好かんがいいのではないか」
「はい」
「琴葉騎士団長。予定数の蛍袋を確保しました」
「そうか」
別行動を取っていた青年騎士団員、
(まさかこっちでは蛍袋から蛍が生まれるだけじゃなくて、その蛍が揃って月に帰って行くなんてなあ。ロマンチックだよなあ)
よく家族や近所のみんなと歩いて川に向かっては、蛍を眺めていた幼い頃の思い出を振り返っていた清が眺める中。琴葉の号令の下、横に六人、縦に三人と綺麗に整列した計十八人が、一斉に大量の蛍袋を夜空に向かってぶん投げたその瞬間。静寂ののち、川のせせらぎの音が微かに響いたかと思えば。
「よし。今年も無事に生まれたな」
緑、黄緑、黄、青、紫、白の色の光を三秒間隔で点滅させる蛍が夜空に生まれては、暫くの間各々自由に浮遊したかと思えば、一斉に月に向かって飛翔し始めたのである。
「美しい光景だろう?」
「はい。はは。何だか焼き鳥とサイダーが恋しくなりました」
「ほう。貴様の世界にも焼き鳥とサイダーがあるのか?」
「えっ? こちらの世界にもあるのですか?」
「ああ。そうだな。遅くなったが、貴様の騎士団入隊の歓迎会をするか。私が奢ってやる。いいな、貴様ら!」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「へいへいへい!!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」
「うわあ。なんてノリのいい返事。うわあ。焼き鳥とサイダー楽しみです。ありがとうございます」
「蛍がすべて月に到着するまでは見守らなければならないので、歓迎会はその後だ。いいな」
「はい」
「おい。おまえ」
「叶翔さん」
琴葉が他の団員に指示をする傍ら、話しかけて来た叶翔は調子に乗るなよと言いながら、清を睨みつけた。
「団長は仕方なく足手まといのおまえの世話をしているという事を忘れるなよな」
「はい。異世界に帰る事ができるその日まで、なるべく団長を始め騎士団の皆さんに迷惑をかけないように努めます」
「ふん………いいか。団長に優しくされたからと言って、団長がおまえに惚れていると勘違いするなよな」
「………おやまあ」
「………何だよ?」
「いえいえ。もちろんです」
「っふん。そこでおとなしく立っておけ。いいな」
「はい」
(焦がれる恋ですねえ)
キビキビと指示をする琴葉を一途に見つめる叶翔から、一直線に月へと飛翔する蛍の大群を見上げた清。サラリーマンらしく、サラリー分は働いてみせましょうかと思ったのであった。
(こんなにわくわくする仕事は久しぶりですよ)
(2025.5.14)
サラリーマンと月夜の蛍 藤泉都理 @fujitori
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