第35話 9次元ログ、ニャーに埋もれる


「お、第1課から調査依頼だ。」


セイガさんは空中上に表示された依頼内容を確認しながら言った。


「9次元観測網で異常信号を確認、調査の為現地世界線へ出動願う、だってさ。」


俺は1課から届いたその詳細を確認しながら不思議に思う。

「異常信号って、トラベラー関連じゃないですよね。何が起こってるんでしょうか。」


セイガさんは「んー、こればっかりは行ってみないと分からんな。」と手を上げた。



俺はリストバンド型の越境装置に、座標を入力した。

そこはコード:N-WRP.β52

第1課によると「観測粒子偏移特異点」と呼ばれる微小歪み領域らしい。


「じゃあ、飛びますね。」

セイガさんにアイコンタクトをして転送装置を起動した。




たどり着いた先は、予想を反する世界線だった。

事前に情報は開示されるが、中身がここまでカオスな世界線だとはまるで思いもしなかった。


ここは世界線全体が「ネコ視点で進行している」世界だった。


人間は存在せず、社会の構造がすべてネコの本能・思考基準で構築されている。


そして、建物はすべてダンボール素材。

耐久性が全くないので、所々建物が壊れていた。

もし雨でも降ったら、全部ぐしゃぐしゃになるのではないだろうか。


「セイガさん、あのモニター見てください。」


俺は遠くに見える画面にセイガさんの視線を誘導する。


そこにはこう示されていた。

「日向ぼっこ省、政策「昼寝時間の拡大」と「マタタビ供給強化」に対し全面的に合意を示す。」


どうやら日向ぼっこ省と言うのは、政府機関の様だ。

ここの世界線の人…いや猫にとっては重要な議題なのだろうが、どうも力が抜ける話題だ。



「……アマギリ。これは……現地補正、強すぎないか」


そう言ったセイガさんを確認して、ハッとする。


「え、ちょっと!セイガさん、猫になっちゃってますよ!」


セイガさんは白と黒の毛並みをした猫だった。

しかも超短足のミヌエットになっている。


「いや、お前もな。」


改めて自分を見直すと、茶色の毛並みの猫になっていた。

俺は短足ではなく、普通の猫の様で自然とセイガさんを見下す形になる。


手首を確認するも、転送装置は外れてしまっており地面に落ちていた。


急いでここの世界線の情報を解析する。


「観測粒子の偏りで、認識形態が強制変換されているようです」


つまりこの世界に合わせて自分達の姿形まで変化すると言う事だ。

こんな事例は滅多にないが、

やはり猫が主体の世界線では今までの常識は通用しないらしい。


観測ログの99.9999%が“猫の行動記録”で埋め尽くされている。



だが猫は高次元の生物なので、恐らくこの世界線でもAUPDの存在は知っている筈だ。



取り敢えず街中で1番豪華なダンボールの建物を目指し歩き始める。

リストバンド型の転送装置は伸縮性があるので、セイガさんと協力してお互いの首につけた。


「…あの、何かすごく眠くなってきました。」


俺は歩いている最中に、抗えない眠気が襲っていた。


「うーん、俺もすごい眠いけどーーーー。がんばれー。」


セイガさんが大きなあくびをしながらトコトコ歩く。

彼の方が短足なので、俺の視点から見ると彼が地面をスーッと滑っている様に見える。


「あなた、足短いですねえ…。」

単純な俺の発言にセイガさんはムッとして俺を置いて走り出した。




そしてようやくたどり着いたのは、

豪華なダンボールで作られた【猫厚労省】だった。


かなり広い空間の中、様々な種類の猫達が忙しなく歩いていた。


受付で我々がAUPDである事、

認識形態が人間ではなく猫に変換されていると言った事情を話すと、

受付の猫は少々お待ちください、と告げた。



その間、またもや眠気に襲われセイガさんと俺はその場で丸くなって寝た。



暫くすると、少し遠くからこちらに向かってくる足音が聞こえ2人共目を覚ます。


凛々しい黒猫が、俺らの前に現れた。

「AUPDの方ですね。」


そう言って鼻を近づけられ、クンクンと匂いを嗅がれた。

「え!何です!?」

そう言ってびっくりしていたら、その黒猫はセイガさんにも近づき

鼻と鼻がくっつく位の距離で匂いを嗅いでいる。


「アマギリよ。これが猫の挨拶だよ。」


セイガさんが冷静にそう言った。


その黒猫は官僚らしく、やはりAUPDの存在は認識されていた。

だが、その猫から衝撃的な言葉が発せられた。


「貴方達は、観測ログを提出しないとこの世界線から出られません。」


黒猫が言うには、

この世界線は「現地での観測ログ」がある程度ないと越境は出来ないシステムになっているらしい。

普通では考えられないシステム構文だ。

だがここのルール上、暫くこの猫社会に滞在し留まる必要がある。




我々は黒猫にお礼を言って、一旦外に出た。


「やっぱり猫は別格だわ。こんなルールがある世界線初めて。」

セイガさんが眠たげな目でそう話した。


「観測ログって言っても、普通にこの世界線で過ごしていればいいんですよね。」


セイガさんはコクリと頷いた。

「そーね。俺取り敢えず、あそこの場所で昼寝でもしてるわ…。」


そう言って建物の陰になっている場所に歩き出した。


「アマギリも、猫っぽい事してログ溜めな〜。」

彼はそう言ったきり、眠ってしまった。


俺はセイガさんの近くにあった少し高い位置にあるダンボールハウスの上に登った。

下を見るとセイガさんが眠っている様子が確認できる。


一応念のため見張っとこうと思ったが、

日差しの気持ち良さについうとうとしてしまう。


ただ日にあたっているだけなのに、何故か信じられない程幸福感を感じていた。




「おーい、アマギリ。」


気がつくと目の前にセイガさんがいた。

俺はいつの間にか眠ってしまっていた様だった。


「どの位寝てました?」


「多分、もう3時間位は経ってる。」

そう言ってセイガさんはあっちにも行ってみようと俺を誘った。



歩いている途中、突然他の猫が話しかけてきた。


「あっちにマタタビあるよ。」


白い太った猫が「こっちこっち。」と呼びかける。

セイガさんと俺はお互い顔を見合わせた後、その白い猫に着いていった。



途中白い猫が話をするに、

過去にマタタビの供給が一時的に途絶えた時期があったらしい。

天候悪化による不作で、供給が間に合わなかったそうだ。


皆怒り狂い街中では喧嘩が絶えず、常に「シャー」と言う威嚇音が街全体に響いていたそうだ。



「セイガさん、マタタビって何ですか?」


俺の世界線では動物との文化が発展していないので、猫の挨拶もマタタビと言う物が何かも知らない。


そんな様子に、セイガさんは不敵に笑みを浮かべた後、

「まあやってみりゃ分かるさ。」と歩き出した。



白い猫によって案内された場所は、どうも猫達の様子がおかしい。

地面にゴロゴロと体をなすり付けていたり、目が真っ黒になり瞳孔が開いている。


「アマギリ、これこれ。」

セイガさんが何か木の様な物を加えてこちらに持ってきた。


匂いを嗅いでみると、何だか急に頭がふわふわしてきた。

でも、その匂いを嗅ぐのを止められない。


その内耐えきれなくなってその場からダッシュで駆け出した。

何だかとてつもなく興奮して、色んな所に登ったり他の猫の様に地面に体を擦り付けたくなった。


セイガさんはそんな俺の様子を見て爆笑していたが、

そんな事気にもならない位、俺は興奮していた。




「あー、もう。あれ違法じゃないんですか。」

一通り暴れ、落ち着いてきた俺はセイガさんに問いかける。


「いや、マタタビは依存性も中毒性もないよ。」

セイガさんはまだ半笑いで俺を見ていた。


「規制されていないのが不思議な位です…。」

マタタビを嗅いだ後、時間が経てば冷静になり逆に頭がスッキリしてきた。


「もうログ溜まってませんかね。」


俺がセイガさんにそう聞くと、多分もう大丈夫だと思うと言った。


「じゃあ、転送やってみっか。次元補正を解除して帰還だ。」

そう言って、セイガさんは首に付けていた装置を器用に操作した。





気がつくと、AUPD第2課内に戻ってきていた。

数時間過ごしただけだが、あの世界でログもちゃんと溜まっていた様だ。


「おー、人間に戻ったわ。」

セイガさんが自分の手を握ったり開いたりしている。


「調査依頼だった異常信号も、正直意味のない信号ですよね。」

俺は当初の目的だった調査依頼を思い返す。


「うん。猫は高次元生物だから、歪みも信号も勝手に出ちゃうんだろうな。上に報告しなきゃな。」

セイガさんもちゃんと考えていた様で、報告書を書き始めた。




「あの、セイガさん。次からは事前世界線スキャンをもう少し慎重に行いましょう。」

俺は今回の様にならない様に再発防止策を提案した。


だがセイガさんは気にしていない様で、

「まあ、こう言う経験たまには良いだろう。」と笑い飛ばした。

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