第21話 レンアマギリの静かなる日常


午前06:00

柔らかな電子音が部屋中に鳴り響く。


俺はその音を聞いて目を覚ました。

まだ薄明かりの差す静かな部屋の中、起き上がり「起きた。」と呟く。

すると電子音は止み、柔らかな女性の声で

「おはようございます。本日のスケジュールはありません。」と返答がくる。


本日はAUPD非番の日だ。


最近はトラベラーが増えている事や、この間の様なORAXとの遭遇もあり正直かなり疲れていた。

もう少し寝ていても問題はないのだが、それは出来ない。

何故なら、俺は決まったルーティーンの中で過ごしているからだ。


先ず、朝起きた後には必ず直ぐに歯磨きをする。

その後、短髪とは言えどついてしまった寝癖を直し、櫛で数回整える。


そして水を汲み、サプリメントを飲む。


この世界、俺のオリジナルラインでは食事の概念はない。


セイガさんは何かと食べ物を与えてくるが、最初は本当に食べ物が怖かった。

摂取する事で体に不調が起きるのでは、何か科学反応が起きるのでは、と心配だったのだ。


まあ、彼のお陰で食事と言う概念は、俺の中で受け入れられる様になった。



ソファに腰を下ろし、リストバンド状の機械をつける。

これはAUPDより緊急連絡があったり、所内のメッセージも受信し確認出来るので

基本的に非番の日でも必ずつけている。


その中に記録されている自分のスケジュールを確認する。

所内のメッセージをひとしきり見たが、今日は緊急性が高い案件がない様で安心する。


今日は、セイガさんも休みだ。

第2課はバディ制なので、相方が休みならば自分も休みだ。

もし緊急的にどちらかが出勤出来ない場合は、基本的に他のバディが対応するが、

稀に即席のバディで出動する事もある。


セイガさんも俺も今まで一度も欠勤した事はない。

だが、もしも他の人とバディを組むとなると、なんだか気まずいだろうなと思う。

2課の人たちは基本的にトラベラーと接触する機会も多いので、朗らかで活発な人が多い。

だが、俺はどちらかと言うとそこまで喋らないし、冗談もあまり言えない。

人見知りな部分もあるので、出来ればセイガさんには今後も欠勤して頂きたくない。



俺は着替えをして、そのまま外に出かけた。


今日も相変わらず人工的な青色の空だ。

この世界線に天気と言う概念はない。


今までここしか知らなかったのだが、AUPDに入りトラベラーと共に色々な世界線を見ていると、

ここの青空は毎日同じ色過ぎて、奇妙で不自然だ。

「あ、これが本当の空なんだ」と別の世界線でしみじみ思った記憶がある。


道端に木々が植えられているが、こちらも本物ではない。

この木々は立体視されており、触っても質感を感じられる。

ここで育てばこれが「木」だ。と認識するが、これは作り上げられた偽物だ。


俺は、いつも通り決まったルートを散歩する。


全てをルーティーンで当てはめてしまうと、生活はかなり楽になる。


何時に何をする、それさえ決めてしまえば何かに悩む必要はない。

単純に、生きる事が簡単になるのだ。

だが、ごく稀にそのルーティーン中に、AUPDによって緊急招集がかかる事もある。


その時の俺は、リズムを崩される事となり、ちょっとだけ不機嫌になる。



散歩からの帰宅後、自分の趣味である論文解読に取り掛かる。

今取り組んでいるのは、物理法則と観測構文の交差領域に関する最新のデータ論文だ。

特に観測構文の解読が好きで、AUPD内で暇な時も時間がある限り取り組んでいる。


たまにセイガさんが俺が読んでいる論文を横取りして、解答を話してしまう時がある。

何でこうなったかまで全て解説してくれるので有難いが、

古い時代の世界線の人なのに、何故そこまで知識があるのか本当に謎だ。


俺は集中してその論文を読み進める。

読むスピードはかなり早い。その読んだ内容もちゃんと頭に直ぐに入ってくる。

そこからは頭の中で論文の構築や様々な仮定を楽しむ。



午後13:00

この時間になると、母親から定期通信が入る。

目の前に通知音と共に表示されたメッセージを空中上でスワイプする。

『ちゃんと休んでる?』

そこにはいつもそう書いてある。

スケジュール登録して送信していないかと疑う位、いつも同じ文だ。


『はい。今日はライン帰還日ですので。』

まあ、俺も俺で毎回同じ返答をするので、相手を責められないのだが。



その後、俺は読書を始める。


リストバンド端末から、読みかけの小説を目の前に表示させる。

AUPDに所属すると、保管されているありとあらゆる時代の小説が閲覧可能だ。


俺はその中でも、かなり古典的な小説が好きだ。

ブラックホールとか、ダークマターの謎が解けていないだとか、

そう言った時代に生きた人の考察は非常に面白い。


全てが「謎」。

それを想像豊かに創作するサイエンス小説。

たまに「それ合ってますよ」と思える小説に出会うと、とてつもなく幸せを感じる。


ここまで多くの電子書籍は、AUPDにしか保管されていないだろう。

AUPDに入って1番の役得は、本が読める事だなと思う。



そのまま読書に熱中してしまい、気がつけば日が落ちてくる頃だった。

この風景もこの世界線では人工的に夕方を再現しているだけに過ぎないが、

これはこれで懐かしさを感じる。


ふと端末を確認すると、セイガさんから個人宛のメッセージがあった。


『たまにはなんか食えよ〜。』


俺はそのメッセージを見て、小さく笑う。

食事の概念がないと何回伝えてもこれだ。


まあ、彼の世界線には敬意は抱いているので否定はしない。

それに、食べる事はまだ少し苦手ではあるが、最近彼の影響で【飲み物】を飲む習慣が出来ていた。



俺は外に出て、この世界線にある唯一の【アナログカフェ】に向かった。


ここでは飲み食いをする文化はないので、

誰の為にオープンしたのかは分からないが、一定数お客さんはいる様だ。

以前伺った時に聞いてみたら、その店の歴史は古く今の店主で4代目だそうだ。


カフェに入ると店主の人に窓際の席に案内される。

ここでは、メニューも空中上に表示されない。

全くもってアナログな方法だが、メニュー表が紙で印刷されファイリングされてある。


以前来た時に、

「コーヒー」「紅茶」「りんごジュース」「みかんジュース」「炭酸水」は飲んだ。


炭酸水は、いつも飲んでる水の味なのに口の中でパチパチ弾けて非常に困惑した。


あと、コーヒーはとてつもなく苦くて自然と「うっ」と声が出た。

こんなもの絶対に飲んではいけない飲み物だと思った。


その様子を見ていた店主が、コーヒーの隣に置いてあるカップと白い塊を指差して、入れてみてと言った。

ミルクと砂糖と言うらしい。

恐る恐るそれを入れたら、先ほどまで死ぬほど苦かったコーヒーが急に甘くなった。


それを、ゆっくりと時間をかけて飲んだ。

苦味と甘味が交互に行き来して面白かったし、ちょっと美味しいなと思った。



さて、今日は何を飲んでみようか。


色取り取りの飲み物の中、今日も新たな挑戦に挑む。


前にも気になっていた、ハーブティーとやらを頼んだ。

温かいか冷たいか聞かれたので、コーヒーと一緒で選べるんだと思い温かい方にした。


暫くして、店主がハーブティーを出してくれた。

ハーブティーが注いであるコップと共に、透明なガラスの容器が目の前に出された。

その中は、色々な葉っぱや花の様なものが入っていて美しかった。


「コップのを飲み終わったら、その容器から注いでね。」と言って店主は去っていった。


今回はどんな味だろうか。

まず香りを楽しんでみた。

なんだか、嗅いだ事もないとてつもなくいい匂いだ。


ゆっくりとカップを口に近づけ、飲んでみる。

飲み終わった後、鼻からスーッと抜ける独特の匂いがかなり癖になる。


今回の挑戦は大当たりだ。


こうして「飲む」と言う行為もそれに費やす時間も、自分にとって大切な行為に感じる。

飲むと、何だか凄くリラックス出来る様な気がするのだ。


ふと、窓の外を見つめる。

すっかりと暗くなっている様子を見つめる。


「今も、誰かが俺の事を観測してくれている。」

そう思うと、心が凄く安心した。



夜のメンテナンスを終え、AUPD端末に休日のレポート報告を記録する。

「本日、予定通り遂行。観測構文安定。」


ベッドに入り、就寝の準備をする。


ふと目を閉じた瞬間、昼過ぎにセイガさんからメッセージがあった事を思い出した。

俺は慌ててセイガさんへメッセージを送った。


『ハーブティーとても美味しかったです。』

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