僕の髪、家族の笑顔
「どうぞ」母は優しく、料理を置く。食卓の料理は出揃い、食べる前の余韻を噛みしめる。海老みたいな魚介と野菜の炒めものや、トーストを思わせる焼きたてのパン。溢れ出てくる旨味の空気が、朝から部屋を明るくしているようだ。匂いだけで、ご飯が食べれると思う。
「頂きます」四人の食卓は、合唱からはじまる。それぞれが食べたい分を取り分け、食べ始める。僕は少し前から置かれていた、じゃがいものサラダを食べる。ほんのり下味がついたじゃがいもは絶品で、トーストがすぐに減っていく。アンもそれは同じようで、食べる分を注いでは直ぐに平らげる。
「おいしー」気持ちが良いくらいの食べっぷりを、アンは見せつける。既に僕の二倍は食べているのに、まだ止まらない。父は僕よりも食べていて、母は僕と同じくらい。食べている量で言うと、僕と父と母を合わせてやっとアンと同じくらい。アンだけ胃が別世界にあるのかと思うくらい、不思議だ。たくさん食べたくなる気持ちはよくわかるけれど、アンほどは食べられない。
「もうっ」母は目を細めて、アンの口元を拭う。アンも母も楽しそうに、戯れている。アンは相変わらずもごもごと口を動かしていて、表情はわからない。アンの桃色の髪が少し揺れて、母の茶髪と少し重なる。映える景色だと思い、僕はカメラを取る素振りをしてみる。もちろん何も起きないけれど、それが良い。
「おいしい」何度もうなずきながら、ほおばる。口の中で何度も旨味が溢れて、溶けていく。父はそんな僕らを眺めて、微笑む。空がひたすらに済んでいるように、父の瞳も澄んでいる。
「よかった」父はいきなり、思い出したかのように僕の頭を撫でる。前よりも少しだけ長いような、短いような。落ち着いていて、横顔がどこまでも滑らかな父。しかしそんな表情の中に、僕は悲しさを感じる。僕のことを深く知れば知る程、その悲しみは増えていってしまう。それはある意味必然で、ある種の運命。
「うん」全部を飲み込んで、僕は父の方を見る。家族を悲しませないために、強くなろうと思う。人として、家族を守れる人間として。父は僕の髪の毛を、くしゃくしゃにする。父の癖なのだろうか?母もアンもそれを見て面白がり、僕は僕で髪の毛を治そうともしない。この髪型は面白いし、しばらくこのままでも良いかもしれない。
「いいね!」大きく顔をほころばせて、アンは言う。さっきまで食べていたパンくずが、ちょこんと顔についている。
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